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「ちょっと、准さん…洗濯物畳んでくれるのはいいンだけどさ…私の下着まで畳まないでくンない?」
骨ばった男の手から、美華は剥ぎ取るように自分の下着を奪った。それもそのはず、それを畳もうとしていた男は、父でも無ければ兄でもない。
それなのに、当の本人は全く悪びれず、にこやかに大丈夫だと述べるばかり。
何が大丈夫かと、美華はため息を吐きながら自分の下着類のみをひょいひょいと取りあげてゆく。
可愛らしいレースのついたピンクばかりの下着。
我ながら可愛らしい趣味だと、呆れながら。
「美華ちゃん、大丈夫だって。それ畳むときは、別の人のって思ってるから」
「や、余計性質悪いからソレ」
「だって美華ちゃんのって考えたらそれだけで…いえ、何でもないです」
「…大体の予測がつくんだけど、キモイ」
顔を赤らめたと思えば、美華の「キモイ」の一言で一気に青ざめる男。
しくしくと泣くふりをしながら、仕方なく美華の父である篤の下着類を畳み始めた。
下着が溜まっていたらしかった。
そんな彼の名は、三上 准。
色素の薄い髪がくせの付いた髪質のせいで、若干外ハネ傾向。因みに顔は柔らかな中の上。
訳あって、南家に居候をしている身である。
「そういえば、今日帰ってくるの早いね」
ふと、美華は窓の外を見やる。
いつも仕事の帰りで遅い三上にしては早いのだ。
まだ、夕焼けが降りきっていない。
しかし、同じような仕事をしている父はまだ帰ってこない。ということは、リストラかと美華はほんのり同情の眼差しで見つめた。
するとその視線に気付いた三上は、首を振って「クビじゃないよ」と訂正する。
そして、やんわりと優しそうな笑顔を浮かべ、告げた。
「明日から職場が変わるンだ」
「へえ、どこ?」
美華は適当に返事しながら、冷蔵庫に向かい牛乳を取り出す。冷えたそれを、適当なカップに移し口に含んだ。
「…ふふ、美華ちゃんのガッコで保健室の先生!」
「ぐごほっ!?」
口に含んだ牛乳が全て床と美華の服に飛び散る。
ぼたぼたと口の端から牛乳を垂れ流しながら、信じられないと言わんばかりに釣り目を見開いた。
わなわなと震えながら、一応訳を聞く。
三上はそれこそ嬉しそうに、
「何かねー、元々居た先生が産休みたいでね、そういや昔養護教諭免許取ったなーと思って試験受けたら受かっちゃいました」
「来なくていい!」
「なんで!?」
一喝すると、三上は慌てて美華の元にすっ飛んでくる。どうしてだと聞こうとするが、その気迫は異常で、だらしなく牛乳まみれなのに怖かった。
そしてその気迫のまま、
「研究所は辞めたの?」
「…い、イエ、土日にやりますってことで…」
「また西条さんとか斉藤さんに迷惑かけるの!?」
西条と斉藤というのは、彼の勤めている研究所の教授と助教授である。
そう、三上はある研究所の教授の一員だったのだ。
その研究所は今まさに研究の真っ只中だというのに、なぜか養護教諭。
いくら頭脳明晰だと言えども、彼がありえないことをしているのには色々と理由があった。
「大丈夫だって!ね?保健室の先生の仕事終わったらすぐ研究所行くし!」
両手を合わせて必死に願う。
彼の瞳を見て、ただ美華と学校に通いたいというだけではないらしい。(その願いもあったが)
その意思を、しぶしぶ美華は認め、仕方ないなと言った。実際、自分が止めても決まったものは仕方が無いのだ。
直後、美華はまた目をカッと開き
三上に釘を刺す。
「学校では私への私語禁止、ベタベタするのなんてもっとダメ!特に松本君の前では他人ぶること」
「はい!了解しました…って…松本君って…」
「…知ってるでしょ」
「うん、まぁ…」
ぼそり、と彼は「適合者だし、」と呟いた。
申し訳なそうに眉を顰め、美華を見るが本人はあまり気にしていないように「見えた」。
それよりも三上は、美華が松本を気にかけているという事実が気に食わなくて仕方ない。
とりあえず台所の床が牛乳まみれになったので拭かなければ、と思いつつ三上は床拭きを取りに向かった。
悲しそうに猫背になりながら、三上は美華に隠れて決意を固めるかのように拳を握る。
(打倒、松本和樹!)
美華は三上からの好意を、ただのライクが過剰になったものだと受け取っているが、三上が向けているのはまごうことなき恋心で あった。
悲しき男の教師生活が、明日始まろうとしていた。
そんな三上をよそに、美華は腹いせに牛乳パックから直接ラッパ飲みをし、その日のうちに牛乳全てを空にしてしまった。
もちろん、腹痛。