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(何買おうかな)
先ほど、永野から貰った500円をしっかり手に取り、2年用玄関を出てすぐ近くにある自販機で数分悩む。
今日はちょっと寒いから温かいココアか、それともちょっと贅沢してペットボトルにしようか。
500円もあるのだからどちらも買えばいいのに、和樹は永野から言われた「飲み物でもお菓子でも」という言葉をしっかり実行しようとしている。
よって、ここはおやつフルコースといこう!という決定打なのだ。
だが、なかなか飲み物が決まらない。
「…何してんだ」
「ぎゃ」
すると、後ろからいきなり低い声が耳元で。
思わず悲鳴をあげると、俺は化け物か何かかとため息のような返事。
恐る恐る振り返ると、そこには不機嫌そうな顔をした担任が居た。
「なに、飲み物買うのか」
「あ、うん、あのな 永野先生がバイト代に500円くれたンだっけ」
「バイト…?」
「荷物運び。だからおやつフルコースを買おうかと…で、どっちにしよっかなって」
「へえ」
ンなことさせてんのか、と呆れながら魚往はさっきから悩みまくっている和樹を見下ろす。
首を傾げるため、傾くつむじを見ながら、ポケットを漁った。
すると、ちょうどよく出てくる100円玉。
校内全体の自動販売機の飲み物は(ペットボトル以外)100円である。
魚往はそれを和樹の後ろからコイン入れに入れた。
「あったかいもんでも、飲んどけ」
そう言ってココアのボタンを押し、奢りと呟いて職員室に戻ろうと足を進めた。
自分でもなぜそんなことをしようとしたのか、魚往も分からない。ただ、なんだかそうしたくなった。
自分に戸惑いながら進むと、更に戸惑った声が魚往を呼び止める。
ふと振り向くと、今まで見たことの無かった、嬉しそうにはにかむ顔。
どき、と胸が鳴った。
違う、ちがう と。
それは期待に、似ていた。
「あの、ありがと。先生意外といい人だな」
「意外とって何だお前…」
いちいち一言多い和樹に呆れながら、500円でたくさん菓子でも買えと吐き捨ててまた足を進めると。
「あ、待って、あのさ さっき言ってたこと」
「なに」
「信じられないかもしンねぇけど、」
少し申し訳無さそうに言う彼の目はふざけてはいない。一体何を言うのだろう、と不思議に思う中自分が彼に聞いた質問を思い出した。苦く、
「…俺、小学校5年くらい?より前は、記憶無いから」
「…え、?」
「だから、それより前に会ったかもしンないから、親に聞いてみる」
それまで待ってて、とはにかみながら言う姿に思わず苦笑で返す。
無理はするな、勘違いかもしれないから。
そう告げるも、魚往はなんとなく期待をする。
しかしそれ以上に、彼が記憶を失っているという真実か嘘かわからないがその事実に口をあんぐりと開けるばかりである。
「じゃ、さよなら」
「…おう、気ィつけて帰れ」
ひらひら、と手を振って帰る後姿。
ゆらゆら揺れる色素の薄い髪の毛。
ぼんやりと魚往は見ながら、ふと笑みを浮かべた。
何だか面白い奴だな、と。
結局、和樹は菓子を買うのにも散々悩み、結局ポテチ一袋だけ買ってお茶を濁したとか。