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(俺、そんなに変な顔してたかな)

自分の顔を幾度が擦りながら、化学室の扉の窓で自らの顔を確認する。
中は黒い遮光カーテンがかかっているため、よく見えたのだ。
しかし、擦れども見れども悲しくなるほど変な顔ではない。

(確かに先生に比べればあんまし…)

因みに和樹は自分の容姿に自信があまり無かった。

すると、いきなり扉が開く。
がらりと音を立て、中から長身の男がため息を吐きながら出てきた。
と、言っても165センチ前後の和樹にとってほとんどの年上の男は長身になってしまうのだが。

「…お、和樹じゃねえか!なんだぁ?俺に会いに来たのかよ?」

驚いている間もなく、男は嬉しそうに和樹に抱きついた。煙草の香りと薬品臭い白衣に埋もれ、思わず変な呻き声をあげる。
実際、こうされることは経験済み。
しかし慣れているわけではないので、慌てて体を男から離した。

「な、いきなり抱きつくなよ!教育委員会に怒られるぞ!」

「や、怒られるって不思議な表現だなァ」

けけ、と意地悪に笑う。
四角フレームのメガネの奥の瞳は、馬鹿にしたように和樹を見下ろしていた。

ああ、俺ってメガネで先生で男前な人と何かあるのかな、と和樹は落ち込む。
そう、この男も教師であり、魚往と若干部類は違うが男前だった。
そんな和樹を知る由もなく、男はさりげなく和樹の手を引き化学室へ引き入れようとする。

「ちょ… 永野センセ、また!」

「いいだろ?ちょっとぐれぇ…バイト無ぇんだろ、付き合えよ…」

「う、」

不敵な笑みを浮かべる、彼 永野悠は力強く和樹を化学室へ引き込み、重たいドアをぴしゃりと閉じた。
遮光カーテンのせいで若干薄暗い、そこに。




「…う、う…」

呻き声が、化学室に響く。
薬品の香りが漂うそこは、酷く静かだった。

「おら、頑張れ」

「む、無理、無理ぃ…」

荒い息が、やけに響いた。
その声に永野はサディスティックな笑みを浮かべ、和樹を見やる。
すると、とうとう痺れを切らした和樹が、大声をあげた。


「こんな重いもの持てるか!っつーか何で毎度毎度俺にパシらせンだよ、この不良教師!」

がたん、と大きい音を立て、床にダンボールを落とす。中には不要なワークや教科書やらが詰まっていた。
それを横目で見ながら、永野は喉で笑ってくるくるとペンを回しながら答える。

「だって俺、ペンより重いもの持てないンだもん」

「だもんじゃねーよ!可愛くねぇよちくしょー…筋肉質のくせして」

筋肉の無い俺を労わってくれ、とぶつくさ言いながら和樹は仕方なくもう一度ダンボールを抱える。
永野が指定した場所まであと少しなのだ。
歯を食いしばり、重たいそれを持ち上げ机の上に投げ入れるように置いた。
ぜぇぜぇと肩で息をし、永野に恨みの念を送り込む。
対する永野は全く気付いていないのだが。

ふと、何か書類を書く永野の後ろ姿を見る。
白衣を背負うように着る広い背中。
真っ白で清潔なそれはとても綺麗なのに、わざと袖を肘まで捲くり、裾も同様に捲くっていた。
そのため、お前はどこの不良生徒だと皆に思わせている。

そんな彼は、そんな風貌とふざけた性格のくせに、国公立進学コースA組担任。

全く変な人だ相変わらず、とため息を吐いた。

「…てかさぁ、A組の人にやらせばいいじゃん…女子とか喜ぶンじゃねぇの」

自分はB組で尚且つ文系なので化学はもう必要が無い。それなのに、なぜと問うと。

「えー?たまたま居たし…女子に重いもん持たす訳にはいかねぇだろぉ?あと、A組はガリベン君とかもっさりクンしかいねぇんだもん、お前可愛いし」

「…あのさ、突っ込み所満載なンだけども」

どんな理不尽だ、と思いながら和樹は昨年からの付き合いで分かっている不真面目さをより理解した。

ふと、いいことを思いついたかのように和樹はにやりと笑みを浮かべた。
未だ何か書類を眺めている永野。
彼の机に、思いきり横ばいになりながら圧し掛かり、邪魔をした。

「うお!何やってンだお前は…何、構って欲しいの」

可愛い奴だなぁ、とにやけながら和樹の頬を触ろうとするがぴしゃりと払われる。
いけず、と呟くと、代わりににたにたした笑みと、何かをくれと言わんばかりの手が伸びてきた。

「なんかちょーだい、あ、金でいいよ!」

「お前…バカのくせに学びやがったな…」

「な、バカって何だ!いいからなんかくれ!」

「へいへい」

仕方ねぇな、とわざとらしいため息を吐きながら、永野はごそごそとポケットを漁る。
それを訝しげに見ながら、和樹はゆっくりと机から降りた。貰った飴だとか、何か紙切れだったらぶん投げてやろうと思っているからである。

しかし、出してきたのは鈍く光る硬貨。

「これでジュースでもお菓子でも買いなさイ、全く困った子だねぇ」

ふざけながら喋る永野とは裏腹に、和樹はそのの硬貨以上に目を輝かせて嬉しそうに受け取った。

「ご、500円っ!」

こんなにいいの?とそれこそ幸せそうに500円硬貨を握り締めながら永野を見つめる。

(バカで可愛いやつだな、)

そんな和樹の頭をくしゃり、と撫でながらいいからいいからと軽く言うと、和樹は小躍りしそうなくらい跳ねた。
普段から小遣いを貰えていない身、嬉しくて仕方ないのだ。彼は。

ふと、その喜びに任せて、呟く。
それは彼にとって愚痴でしかないが、永野にとってはそうではなかった。

「今日さ、担任の…魚往先生に居残りさせられてさあ」

「お前 バカだしな、お疲れ魚往先生」

「うっせ、そうじゃなくて、帰り際色々聞かれてさー…美浜ってのと知り合いじゃないかとか聞かれて」

ふうん、と適当に返す。
大方元カノと似てたからバレたらやべえとか思ってンじゃねえの、とそれこそ適当に返した。
気が合いそうだが、他人にあまり興味が無い永野は、そんな話はどうでもよかった。しかし、

「あと、秋って人…珍しいよね、そんな名字…名前かな?」

「…え?」

「だから、秋って人 知ってるか って」

誰だろうね、と和樹はため息を吐きながら荷物を肩にかける。黒く、大きなそれを重たそうに。

それをぼんやりと見ながら、永野は何度か瞬きをした。それはまるで、驚きすぎて放心状態かのように。
返答をしない永野に不審がり、和樹は眉間に皺を寄せて「どうしたの」と問う。

その問いにようやく我に返り、永野は無理やり笑みを作りながら「なんでもねえよ」と返した。
不自然な行動に、和樹はきょと、と目を丸くしたが特に気にせず、手を振りながら化学室を出た。


彼が出て、数分後。
どっと肩の力が抜けた永野は、煙草に火を点けた。
化学室の奥にあるこの部屋に、薬品の類は無いので、安心を持っての行動である。(因みに校舎内は禁煙だが無視)

苦味の広がる口内で、もう一度ため息を吐いて。
呟く、ふと。

「…まさか、な」

彼の脳内に過ぎるは。

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