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慣れない1週間はあっという間に過ぎた。

初めのうちは、授業がほとんどオリエーテーションとあり楽だった。
が、しかし授業が始まると進学・公務員コースならでは早急なペース。
特に数学に至っては、1年間で教科書2冊を終わらせるらしく1時間で10ページという有様だった。

和樹は数学が得意な方なので何ら問題が無かったが、問題は稔。
日々進む訳のわからない(本人曰く)数字や公式に頭を抱えた。

今日も今日とて、近づく中間テストのために和樹に泣きついていた。

「赤点取ったら部活に出れねぇよー」

「なんとかなるって」

うう、とその慰めを受け止めながら稔は力無く和樹に抱きついた。
細腰をぎゅうと抱えると、抱き心地がよいのか少し落ち着く。

そうこうしている間に放課後。
今日は和樹のバイトは休みである。
つまり、あの日がとうとう来たというわけだ。

稔はため息を吐きながら体を離す。
大きな鞄を持ちながら、和樹の額を指で弾いた。
案の定少し痛かったのか目を瞑る、その瞼に軽くキスをした。

「まった、お前はそうやって…」

「英国風、スキンシップだよ」

「どこが」

恋愛感情ではなく、ただの親愛のキス。
それを時たましてくる稔に慣れている和樹は、呆れながら手を振った。
彼なりの励ましと知っているから。

「じゃあな、和樹。2人っきりの個人授業頑張ってねん」

「…やめろその言い方!やらしー」

うける、と笑いながら稔はさっさと部活へ行ってしまった。因みに彼は卓球部に所属している。
そんな彼を見送りながら、和樹はまた大きなため息を吐いた。

そして約束の時間が来ることを望まないかのように、時計を見る。
時間は午後5時3分前。
…始業式の日に約束された、居残りと言う名の楯突いた罰だった。

「あー…やだなあ、殺されたらどうしよう」

ギロリと此方を射抜くような目線を思い出し、ぞっとすると、想像していた本人の声が彼の背後から。

「でっけぇ独り言だな、おい。殺すかアホ」

思わず、ひぎゃあ!と間抜けな声を出すと、面白かったのかカラカラと笑われた。
その笑顔は間違いなく男前で、思わず嫉妬する。
和樹は、俺もこんな風に生まれていればなあ、と自らの母似の顔を疎ましく思った。

「ま、いいや。とりあえずこれやれ」

そう適当に渡されるは、昨日やった小テスト。
魚往は授業終わりに復習のために、その日の範囲を軽く小テストするのだ。
小学校のようなその制度が、意外によく効く。
と、魚往は思っていたし実感していた。が。

数分立って、出来上がったそれを丸つける。
丸は、殆ど無い。

「…お前、なに。頭の配線こんにゃくなのか?」

「こ、こんにゃくじゃありませ…、その、」

すみません…と細々と謝る和樹。
それもそのはず、和樹は歴史関係が本気で苦手だった。漢字もあまり得意ではないため、世界史を選択したのだがそれがあだとなる。
長ったらしい人物名はなかなか頭に入らなかったらしい。

「ったく、このコンニャク頭が…とりあえずもう一回やれば覚えるだろ」

多分、と言いながら魚往は新しい紙を手渡した。
ここまで暗記力が無いのは珍しいな、と思うが去年の成績を見る限り頭が悪いわけではないらしい。
…英語を除いて。
和樹は、英語と歴史関係が苦手極まりなかった。



カツ、カツ。
シャーペンを走らせる音だけが響く。
先ほどよりは覚えたのだろう、書ける数は増し、正確性も増した。
しかし、魚往はその回答を見るより、和樹の顔をじっと眺めていた。

伏せる睫毛は長く、色素の薄い肌にその影が伸びる。
顔立ちのよさがはっきりとする真面目な顔つきに、感嘆の息を漏らした。
おとなしくしとけば可愛らしい顔をしているのに。と、彼女が居ないとクラスメイトにからかわれていた和樹に同情を覚えた。

しかし、それ以上に彼はその顔に悲しみを重ねる。

「…あの、終わった ンですけど…」

はっとする。

和樹は恐る恐る、魚往の顔を覗き込んだ。
ぼんやりとして、暇ならさっさと終わらせてくれまいかと願った。

「ああ、」

分かった、と呟きながら赤ペンを走らせる。
丸の数は増え、これならば補習は終わるだろうと和樹は安堵のため息を漏らした。
遠くで聞こえる野球部の声に、何となく校庭を見やる。
色づいた朱の光が、柔らかく教室を包み始めていた。



「終わり、…帰っていいぞ」

「やった!」

やっと終わった地獄の補習に、思わず感極まって和樹は両手をあげた。
わざわざ万歳をするのか、と魚往は微笑みながら、ふと呟く。まるで、ひとりごとのように。

「おまえさ、」

伏せる瞼を見ながら、和樹は首をかしげた。

「はい、?」

「…美浜ってのと知り合い?」

美浜、と言う名字に和樹は全く覚えが無い。
そもそも親戚周辺とは縁が遠くよく分からないが、今までそういった名字に出会ってないのでわからないのだろう。
すると、魚往はそうかと安心したように頷いた。
そして次に、必死に何かを思い出す。
和樹が帰る仕度を終えた頃、また質問をした。

「お前さ、秋って知り合い居た?」

「え、いない…ですけど」

さっきから頻繁に知り合いを聞くな、と不思議に思いながら鞄を肩にかける。
肩に伸びた髪がひっかかり、少し痛みに顔を歪めながら、知り合いあんま居ないですと返した。

「そうか、って何だその敬語。使わないなら使うな」

「あ、すみません…って使わなくていいの?」

意外な返答に驚くと、魚往は軽く頷いた。
どこまでめんどくさがりなんだ、と思うが、何だか距離が縮まったようで笑みが浮かぶ。
その笑みを見て、やっぱり魚往は悲しそうな顔をした。

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