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「あー、ちくしょう最悪極まりねぇよ…」

始業式を終え、昼休みを迎えた。
今朝、母がこしらえた弁当をゆっくり口に運びながら和樹はひとりごちる。
惣菜のからあげが美味しいのか、不満を言いながらも薄っすら笑みを浮かべていた。

「いいじゃん、世界史で1位とれるかも」

対して、稔は人事のためか楽観的に返事を返した。
野菜ジュースを飲み終え、遠くのゴミ箱に投げ入れる。
弧を描いて入るそれを見て、満足そうにガッツポーズをした。

「…無理無理、俺 歴史苦手だし…ついでにあの先生も苦手」

おげ、と舌を出して心底嫌そうな顔をする。
普段整っているはずの顔面が、悲しいくらい歪む。
これが無ければな、と稔は苦笑した。

「いいじゃん、男前だし付き合えば」

「待て、俺は男です」

「公務員だから収入は安定」

「人の話を聞け!」

冗談が頭に来たのか、つり目がちな目をキッと上げ実を睨む。冗談だってば、と謝るとようやく落ち着きを取り戻した。
終わりそうな弁当を、よりゆっくりと食べながら和樹は申し訳無さそうに稔をちらちらと見る。
これは、謝る前兆。
小学校高学年から共に居るため、分かりきっていた。

「…言いすぎた、ごめん」

「いいって、それより早く食わないと昼休み終わる…」

ちらり、と時計を見ようと顔を起こすと、稔の目の前…正確には和樹の前に美華が立っていた。
頬を若干染め、もじもじと何かを差し出そうと躊躇っている。その後ろ手には何かの包み。
すると、由夏の早くしろな鋭い目線。
思わず関係の無い稔もゾッとした。当人はもちろん、何度も頷いている。

それも知らず、和樹はようやく昼食を終えた。

「ま、松本君」

「ん?どったの、南さん」

弁当箱を手際よく包みながら、美華の方を向く。
案の定より頬が染まる様子に、稔は青春だねぇとせせら笑った。

意を決して美華は後ろ手に隠していたものを差し出した。可愛らしい紙のバックに入ったそれは、恐らく。

「こ、これ昨日作ったクッキーなんだけど、よかったら2人で食べて」

「え?いいの、ありがと!やったラッキィ」

嬉しそうにそれを受け取り、零れそうな笑みを浮かべた。
その様子に、美華は思わず卒倒しそうになるが何とか持ちこたえ、味はあんま保障できないけど、と謙遜して席に戻っていった。

和樹が箱に入ったそれを取り出す。
可愛らしい形をしたそれは、とても美味しそうだった。思わず、2人とも笑みが綻ぶ。

「南さんの手作りクッキー、俺って超ラッキィ」

「幸不幸は順番だな、ほんと」

星型のそれをひとつ口に運ぶ。
広がる甘く香ばしい味に、和樹は担任のことなどすっかり忘れて楽しそうに稔と談笑し始めた。


一方、手渡した美華とその親友由夏はというと。

「わ、渡せた…!よかった!やった!私めっちゃ頑張った!」

「それはよかったけど…核ばくだ…じゃなかった失敗作はいれてない?」

大丈夫、ばっちりばっちり!とテンションが最高潮の美華は机を軽く叩きながら笑顔を振りまいた。
正反対に、由夏は心配そうにそんな彼女を見つめる。

「アンタさあ…料理の腕壊滅的なんだから…料理部入ってるくせに」

「うるさいなあ、成功もするんだからいいじゃない」

「…成功も、ね」

思い切りため息を吐く。
由夏の言うとおり、実は美華の料理の腕は壊滅的である。そのため、料理部に入ってせっせと腕を上げていたのだ。
因みに2ヶ月かかってようやくクッキーをまともなものに仕上げられたという。

そんなことはお構いなしに、可愛らしい和樹の笑顔を拝めたことに美華はそれこそ幸せ絶好調。
恋する乙女は、ポジティブだった。

因みに、そんな淡い恋心に和樹は全く気付いていない。
なんということか、と由夏はまたひとつため息を吐く。



「そういや、次の時間ってなんだっけ」

クッキーを一通り食べ終え、昼休み終了まで残り5分をきった。今日の予定をたいして確認していない和樹は、稔に聞いた。
すると、稔は心底面白そうな笑みを浮かべて和樹のぴょんと跳ねたアホ毛を緩く引っ張りながら告げた。

「せ か い し」

途端、青ざめていく顔。
その四文字が今はいかに恐ろしいか、よく分かる表情だった。
思わず稔が噴出すと、もう怒る気力も無いのか悲しそうに机に伏せた。
確かに、授業一発目は大抵担任の教科だが、それがひどく憎く感じる。
今度こそ寝ないようにしようと、和樹は購買で買ったミントガムを口に放り込んだ。
脳がすっと冷めてゆく。そのまま息を吸うと、体全てが冷たい氷に包まれたような気がした。






授業は、案外分かりやすかった。
歴史特有の眠気も襲わず、時たま話を脱線させるなどして生徒の気持ちを掴んでいる。
若くして、意外とやり手な魚往に、和樹を含め世界史選択者はほっと息を吐いた。
いきなりの第一印象は不良なイケメンだったがために、安心が大きい。

ふと、授業も終盤になり、魚往は教科書を捲りながら眉間に皺を寄せ不機嫌な表情になった。

「あー…お前らは興味津々かもしれねぇが、来週からの範囲はRGの歴史だからちゃんと勉強しろよ」

興味津々、と魚往は言ったが実際生徒達はその逆。
昨年現代社会で習ったことをもう一度復習となると、ただうっとうしいだけである。
しかし、RGという問題はそれほどまで大きかった。

(…やだなぁ、何かあれ習うと、嫌な気分になる)

和樹は頬杖をつきながら、もやもやと蠢く何かを抑えるかのように胸を押さえた。
何か思い出したくないことを思い出しそうな、そんな気がしたのだ。

そんな和樹を、ちらりと魚往は見やる。
頑なとして此方を見ず、教科書にばかり視線をやる姿に、安堵した。

彼は、あの顔を 見たくなかった。

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