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和樹以外、入ってきた新任の教師に目を奪われる。
ざわざわと教室が騒ぎ出し、女子生徒の中には即効一目惚れする人もいたほどに。
そんなことはお構いなしに、周りを見渡し人数を確認する。
起立をさせてから人数確認と言うのもおかしいが、彼なりの教育だろう。
しかし、おかげで皆落ち着かずそわそわと動く。

それもそのはず。
入ってきた新任の教師は、とても端整な顔立ちをしていた。キリ、と釣り上った目は黒縁のメガネをかけていてもよく目立っている。
整えられた配置にある鼻と口も不器用なところがなく、髪も真っ黒でダサくもなく整っていた。

スラリ、と伸びた背は高く180センチ前後。
体格も細身の筋肉質が、スーツ越しからでも分かった。まさに、男前。
これが担任なのかと、クラス中困惑した。

「うら、てめぇら動くな」

口悪く注意する担任教師は、それこそ悪人顔になり、そわそわしていた連中は途端に大人しくなった。
このクラスに不良は、いない。
そしてこの男前の性格の悪さが伺え、脅えたのだ。

「んー、大体揃って…あ?」

ふと、彼の目に机に伏せている人が見えた。
一瞬倒れたか、気分が悪いか疑うが、伏せている人物の前に居るもう1人が慌てて起こそうと声をかけているため、寝ているに違いないと確信する。

静かに笑みを浮かべたその男は、ゆっくりと寝ている人物に近寄った。

まさに鬼!
稔は脅え、和樹を起こすのをやめたその時。


「何、朝っぱらから寝てんだてめぇ!」

「ひぎゃあ!」

痛快な音を立て、和樹の頭に痛みが走った。
寝ていたためか、普通に叩かれるより数倍驚いている。
頭を抑え、痛みに悶えていると、机を小突かれた。

「起立」

「…はい?」

「…お前以外立ってるぞ」

そう言われ、焦って周りを見回すと、確かに自分以外立って、更に此方に大注目。
窓際の席でまだよかった、と思いながら和樹は慌てて立ち上がった。

そして、目の前に居る先ほど自分を思い切り叩いた人物を見上げた。

「…うっわ、性格悪そうな男前…」

「和樹!」

「うぐっ、」

寝ぼけ半分のため、思わず本音を漏らしてしまった。
稔のフォローはなんら意味が無く、和樹はまたもや蛇に睨まれたカエル状態に。

しかし、和樹は何だかその目に不思議な感じを覚えた。
なんだか自分を見る目が、悲しそうだと。

「…お前が、松本和樹か」

「え…?はい…そうです、けど」

なんで、分かるんですかと問うと、その男は意地悪な笑みを浮かべ、悲しそうな瞳の色を消した。
直ぐには答えず、喉で笑いながら踵を返し、教卓へと戻っていく。そして一言。

「名簿見て覚えてたンだよ、珍しいぐれぇの女顔」

「な…」

彼のコンプレックスを、ズバリと当て、笑った。
その笑みも、ムカつくほど男前で和樹は思わず男を睨みあげた。
その様子に、少し申し訳なさを覚えたかどうかはわからないが、男は黒板に何か書きながらまた言う。

「気にすんな、女に間違えるほどじゃねぇよ」

書きおえたチョークを落とすように置き、同時に皆を着席させた。相変わらず順番がよく分からない。
しかし、席に着いた全員がその字に困惑した。

魚往 匠

なんと読むか分からない、苗字が。

「…読めねぇ?」

皆、ばらばらだがほとんど全員頷く。
その様子にやっぱりか、とため息を吐きながら男はその横にひらがなをつけたした。

うおゆき

「俺の名前は魚往匠、…苗字はうおゆきって読むンだがな…まぁ覚えとけ。担当教科は世界史な、これから2年間よろしく」

翠ヶ丘高校では、2年からA〜D組はクラス編成及び担任入れ替えが無い。

「とりあえず、まずは清掃…めんどくせぇなぁ」

この、明らかに見た目も中身もギャップがある教師と2年間。
と、思うと和樹はほんの少し絶望を覚えた。
いきなりの第一印象が最悪すぎて。

そして更に彼は追い込みをかけられる。

「おい、そこの寝ぼけた松本。お前歴史は何とった」

寝ぼけたという形容詞は何なんだ!
と心の中で思うも、必死に留める。

「…に 日本史 ですけど」

「え、お前世界史じゃん」

「な、ちょ、稔!」

そして嘘を吐いて逃れようと、思っていた。
あっさり前の席に居て、尚且つ和樹の選択した授業を知っている。これほどまで、彼が同じクラスであったことを恨んだ事は無いだろう。と、言っても今日が初めてなのだが。

「俺に嘘吐くとはいい度胸だな」

またもや意地悪に笑みを浮かべる魚往。
嫌な予感が、和樹を思い切り突き上げた。
因みに、周りは予想通りのことが起きないかとわくわくしている最中である。

魚往は、楽しそうにペンを回しながら 言いつけた。

「授業が進む再来週、お前居残りな」

「ひ…!?か、勘弁してくださ…俺、バイトが…」

「1日ぐれぇ、シフト交換できンだろ。はい決定、寝ぼけた罪、嘘吐いた罰」

どっと周りが笑うも、和樹には何のBGMにすらならなかった。
呆然と口を開ける間抜けな顔を見て、魚往も笑う。
まるで、何かに安堵したかのように。


(ちくしょう、最悪な始まりだ!)


和樹の最悪なB組生活が幕を開けた。

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