4,
-------------
集合場所である駅に着くと、ちらほらと同じように早めに来たであろう生徒がいた。
その中に竜一は見えないので、葵はトイレの近くにあるベンチに腰をかける。
携帯を取り出して、竜一と双子へメールを送る。
『俺はもう着いたぞー早く来いよ!』
集合時刻まで、あと1時間もあるのだが、早く来ることを要求。
どうせまだ来ないだろうとは分かっていつつも、さすがに1人では暇なのだ。
誰か適当な人に話しかけようか、と辺りをきょろきょろと見渡す。
ふと、学年主任である教師を見つけた。
それほど親しい訳でもないが、何となく会話でもするかとベンチから腰をあげる。
今日の日程は、全体で清水寺を見学するので、その事でも聞こうと思ったのだ。
「せんせ・・・、」
おはようございます、と声をかけようとしたその時。
「おはようございます、奥田先生」
「ああ、おはようございます、鷹島先生」
いつもの黒ジャージとは一変、濃いグレーのスーツに身を包んだ鷹島がいた。
当たり前だが、鷹島も引率として修学旅行に参加する。
初日ともあってお堅いスーツ姿なのだが、スラっとした体型には似合いすぎて教師には見えない。
その姿に、葵は思わずぼんやりと口を開けて見入ってしまった。
「鷹島先生が上着着ていると、教師に見えませんね」
葵が思っていたことと同じようなことを口にする奥田に、鷹島は苦笑した。
自分でも顔立ちとスタイルのおかげか、大きなカバンを持っていると出張に出かけるサラリーマンのようなのだ。
しかし、初日から早速Yシャツのみという訳にはいかない。
と、真面目な鷹島はしっかと決めていた。
「でもまぁ、明日からはYシャツだけで大丈夫そうですね」
「そうですね、京都は少し雨は降るけれど、それほど寒くはならないようですし」
のんびりと世間話を始める2人。
葵は踏み出していた足を引っ込め、下唇を少し噛みながら、元いた場所へ踵を返した。
鷹島に、話しかけられることが、できないから。
適当に携帯を弄って、暇をつぶす。
鷹島に見えない位置に移動して、何度も見た京都や大阪の観光案内のホームページをぼんやりと見た。
頭には、あまり入ってこない。
それでも、なにも見ていないよりはマシだと言い聞かせて読み続ける。
徐々にざわついてくる駅構内。
葵達と同様に、修学旅行に向かう他のクラスの生徒達や教師達の声が響く。
「お、葵早いなー!おはよー」
「・・・!はよ、渚、彰人ー」
しばらくして、(葵にとっては)ようやく高平兄弟がやって来た。
彼らが来た時刻は、至って普通の時間なのだが、葵にとってはとても長く感じた。
2人の声を聴いて、葵は飛びかかるように彼らの間に駆け寄る。
その姿に、2人は驚きつつも喜んで迎えいる。
「なんだよ葵、1人で寂しかったンでちゅか?」
「るせっ、1人の時間もまたいいじゃん?」
「竜一まだ来てねぇの?」
「あー、バスの時間的にギリギリかな」
へらへら笑いながら、楽しそうに談笑する3人。
そこへ、徐々に同じクラスの友人や、別クラスの友人たちが集まってくる。
これからの旅行について、予定やら願望やらの話題で持ち切りとなり、葵の中でくすぶっていたモヤモヤが消えていく。
そんな一際チャラさ目立つ彼らを、少し遠くで見ている男が1人。
(…元気そうだな、)
自分のクラスの集合場所に立って待つ、鷹島。
葵とクラスは違うので、これからの修学旅行で関わるポイントはない。
それでも、やっぱり気がかりで、つい目で追ってしまう。
文化祭の1件以来、言葉などまだ一度も介していないというのに。
(アイツに言った通り、このまま過ぎ去るだろ・・・)
神代に告げた、このまま自然と終えること。
想いを確証しないまま、燻らせて、火が起たないうちに消し去ること。
この忙しい修学旅行を終えれば、同じように終わる。
鷹島は、昇りそうな想いを葵と同様に忘れようとしていた。
「えーと・・・Dは・・・あったあった!」
「葵ー、急がなくても席は逃げねぇぞー」
「いーから、竜一早く来いよ」
学年主任の簡単な挨拶と心得が終わった直後、生徒達は一斉に新幹線へと乗り込む。
2〜3両ほど貸し切っているため、当たり前だが高校生でいっぱいだ。
がやがやといつもよりやかましい車内に、葵達の担任はため息を吐く。
もう高校生であるし、何より他の客はいないのでほうっておくことにしたのだ。
そんなことも露知らず、葵ははしゃぎながら自分の席に飛び込んだ。
たくさん持ってきた菓子を食べながら、友人たちのはしゃぐ為に。
新幹線が発車して、1時間と少しが経過したころ。
最初は楽しかった会話も、同じ車内にいると段々と飽きてくる。
京都に着いたときの計画も、そう長くは話せない。
「葵、俺トイレ行ってくるわ」
そう言って竜一は携帯を片手に席を立つ。
いってらー、と軽く手を振りながら見送ると、葵は息をひとつ吐いて車外を見つめる。
窓際の席を選んでよかった、と普段とはまた違った景色を楽しんだ。
関西に近づくにつれ、空気もきっと変わってきているのだろう。
楽しみだなあ、とニヤけながらチョコ菓子を食べようと1つ摘むと、
「それ、ちょーだい」
指も食べそうな勢いで、形のいい唇がチョコ菓子を攫った。
突然のことに、葵は「ぎゃっ」と間抜けな声をだして、身を跳ねさせる。
その姿に、チョコ泥棒はケラケラ笑いながら、竜一の座っていた席に勝手に座りだした。
「よっ、なんか久しぶりじゃないかい?」
爽やかな笑顔で挨拶をするのは、高木遼平だった。
「・・・高木〜・・・俺のチョコ、獲ったろ」
「いいじゃん、チョコの1つや2つ」
チョコを獲られて膨れる葵をよそに、高木はもう1つ口に入れた。
美味しいねコレ、と言われたら言い返すことができず、葵は渋々もう2つ程あげた。
「つか、なンだよ高木…何で俺のトコ?」
「女子と話すの飽きてさァ」
「イヤミ!?」
相変わらずモテモテな高木は、旅行初日の新幹線移動から狙われているらしい。
なんて羨ましいんだ、と葵は心の中で妬みながらお茶を飲む。
自分なんて、友人たちとしか会話をしていないというのに。
…今は、他の誰かを積極的に好きになることは、ないけれども。
「…齋藤クンは、自由行動どこ行くの?」
すると、高木が自分の持っていたガムを差し出しながら静かに尋ねる。
ブルーベリー味のそれを受け取りながら、葵は首をかしげた。
「銀閣寺の周辺と、時間があれば大阪にちょっと行く位だけど・・・」
「そうなんだ。意外」
葵の情報を聞くと、高木は「じゃあね」と告げて、自分の席へと戻っていってしまった。
いったい何がしたかったんだ、と葵は不思議に思いながら貰ったガムを食べ始める。
爽やかな味のそれは、高木が好むのも何となく分かる。
相変わらず、葵に対して不思議な距離感で近づいて来るため、葵は少し苦手なまま。
夏合宿で多少距離は縮んだものの、未だに警戒が解けない。
何を考えているのか、というよりは自分に近づく目的が分からなかった。
ただ、仲良くしたいだけならまだしも、別の何かを、感じて。
しばらくして戻ってきた竜一と、忘れるように葵は話し始めた。
数時間後、ようやく京都駅に新幹線が到着した。
それぞれクラスごとにバスへと乗り込むと、窓の外からは「京都駅」の赤い文字がよく見える。
改めて、京都に来たのだという実感が沸いてきて、葵の胸は高鳴った。
「美人な舞子サンに声かけられたらどうする?」
「アレって大体観光客らしいぞ。舞子遊びは・・・できねぇだろうし」
新幹線の中でも話したというのに、上がったテンションのおかげでまだまだ喋る2人。
周りの生徒たちは、この調子だと着いた途端どうなるのだろうと、少し怪訝に思ってしまった。
今日の天気は、快晴。
透き通るような空の色に、壮大な建築物がとても映える。
秋の青空に、朱色に輝く仁王門はとても綺麗で、集合写真にぴったりだ。
クラスごとに並んで撮影をし、クラスごとに清水寺まで団体行動となった。
30代後半ほどの女性ガイドが、ゆるい京都弁でガイドをする。
清水の舞台について話していたが、それほど真面目な生徒がいない高校なので皆あまり聞いていない。
葵もまた例外でなく、歴史云々よりも景観や他の場所などが気になって仕方なかった。
清水の舞台である、メインの場所は驚く程に人で満ちていた。
秋なので観光客のみならず、同様に修学旅行で来ているであろう学生たちや海外の方々まで。
ありとあらゆる人がごった返し、なかなか景色が望めない。
「マジ、すっげぇ混んでンね」
「さすが京都だよな。葵、迷子になるなよ」
「ならねぇよ!」
しかし、竜一の言うとおり小さい子どもならば一瞬で迷子になってしまうであろう。
葵はなるべくみんなとはぐれないように、竜一に無駄にピッタリとくっつきながら他の場所へ向かった。
清水寺で、団体行動は一旦終わりとなり、昼食は自由にとっていいとのこと。
時間になったら仁王門の前で集合という、当たり障りのないスケジュールである。
しかし、まだまだワビサビなど理解できない高校生らは、立派な建築物には目もくれない。
その中でも、女子高生がわらわらと集まる場所へ葵たちもコッソリと向かう。
中には男子高校生もいるのだから、なにもコソコソする必要はないのだが、何となく気恥ずかしい。
「…葵、おみくじ買う?」
「おみくじ…そうだな!せっかくだしな!」
買うものないし!と、わざとらしく笑いながら目当てのおみくじ売り場へと突き進んだ。
大きく「恋愛」と書いてある看板が、これまた目立つ。
それでも、お守りを巫女さんから買うよりはマシだ!と自分に言い聞かせながら、葵はお金を払った。
どうせおみくじだし、と心の中で言い聞かせながらも、奥の方の紙を掴み取る。
「竜一もひけよ!一緒に見よう」
「怖いのかよ…いいけどさぁ」
顔を真っ赤にしながら、そわそわする葵に竜一は少し可愛いなと思ってしまった。
「いっせーので開けよう」
見ることを恐れる葵に、買っといて何言ってるんだと竜一は吐き捨てて、さっさと自分のおみくじを開いた。
あまりこういうものは信じない竜一。
適当に見ておこう、と一気に広げた。
「…末吉…」
竜一のひいたおみくじは「末吉」なんとも言えない、リアクションに困るものをひいてしまった。
その文面を横から見た葵は、「ビミョーだな」と思っていたことをそのまま口に出す。
うるせえ、と言いながらも竜一は念のため「恋愛」の部分を読んでみた。
『年後半に向けて互いの気持ちがすれ違う。
同じ気持ちではあるものの、離れることでお互いに良い道が拓けるだろう』
(…なんだこれ、怖ぇ…)
現在、拓也と付き合っている竜一にとって信じたくない言葉ばかり。
胸の奥がチリチリと焼ける音がする。
その音をかき消すように、竜一は「結んでくる」と言い捨てた。
こんなものは、さっさと木に結んでなかったことにしてもらいたい。
そんな竜一を見送りつつ、葵もそっと自分のおみくじを開く。
カサカサと乾いた音を立てて、奥の方から取ったが故にホコリっぽい紙に書いてあったのは、
(…俺も末吉かよ!)
竜一と同じなんともビミョーな結果であった。
何はともあれ、書いてあることが重要だ。恋愛の部分に目を向ければ、
『相手は気持ちが出来ていない。不完全な物に触れれば逃げてしまうだろう。
それでも耐え忍べば、結果はよきものになる事もある』
「…なにこの何か…曖昧だな…」
あまりの曖昧な言葉に、思わず口に出してしまった。
神の戯言にもほどがある言い分に、葵もイライラする。
くしゃくしゃに丸めたい衝動を抑えて、結べるように綺麗に折り畳みながら、竜一と同じ木へ向かう。
懸命に高い所へ結ぼうとしている彼の隣に立ち、同様に背伸びをした。
「どうだった、葵は」
「俺も同じ。どうせ末吉ばっか入ってンだよ」
口を尖らせながらも、葵は細い枝にそれをしっかと結びつけた。
葵にはよく意味のわからなかった言葉だが、それがあまりいい物ではない事が何となく分かる。
どうかそうはならないように、と心の奥で願いながら、そっと手を離した。