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修学旅行まであと半月。
その前にまずは!と言わんばかりに、学生の本分である勉強の節目がやってきた。
中間テスト、2日目。
1日目は現代文や古文など、文系の科目だったが本日は数学や物理など理系の分野だ。

英語や現代文が得意な葵にとって、2日目は地獄。
拓也からこづかいアップの条件を飲んで、なんとか嫌いな数学も勉強したがやはり難しい。
口から魂が出そうなほど、力尽きた葵はぼんやりと窓の外を見つめていた。


「終わった終わったー、葵帰ろうぜー」

肩関節をゴキゴキと鳴らしながら、竜一が声をかける。
その言葉に「賛成」とだるそうに呟きながら、葵もペラペラのカバンを持って席を立った。
中間テストが終われば、冬休み前の期末テストまで大きな勉強イベントはない。
葵にとっては、重たい教科書を持っていく必要がないのですべてロッカーに置いていくのだ。

軽くなった荷物と気持ちを一緒にして、「本屋寄って帰ろう」と竜一に話しかけながら教室を出る。
廊下は帰宅する生徒と、部活に向かう生徒とでごった返している。
テスト終了で浮かれている彼らは、いつもより少々騒がしい。

狭い廊下をなんとかくぐり抜けようともがいていると、目の前が少しだけ開けた。


「テスト終わったからって浮かれてないで、早く帰れ!」


それもそのはずで、葵の目先1メートル程前には生徒に注意する鷹島がいた。
いつもと変わらない、眉を潜めて声を荒げる鷹島の姿。
一瞬、心臓が跳ねた葵は思わず立ち止まってしまう。


「あっぶね、いきなり止まンなよ葵…」

葵が突然立ち止まったせいで、彼の背中にぶつかる竜一。
ただでさえ混み合っていてイライラしているのか、いつもより苦い声をあげる。
だが、葵の視線の先には、違うクラスの担任教師。

葵の気持ちを、竜一は知っている。



「葵、帰ろう」


葵にだけ聞こえるように、竜一は囁いた。
その言葉に、ハッと気づいた葵は慌てて方向転換し、鷹島の横を通り過ぎた。
早足で、彼の声も聞こえないように。

竜一も後を追うように、早足で人ごみを通り過ぎる。
しかし、通り過ぎる際に、少しだけ鷹島の様子を伺った。
別になにかある訳ではないが、なんとなく気になって180センチを超える身長を見上げる。


(…あれ、鷹島ちゃん、葵のコト見てる?)


鷹島は、いつものように葵に「テメェ、また服装が!」と注意することはなかった。
けれどその整った形をした瞳は、静かに葵の姿に向けられていたのだ。
葵がそそくさと逃げるように通り過ぎた為、それは、一瞬だったけれども。




混み合う学校から抜け出し、葵と竜一はのんびりとショッピングモールを歩く。
学校から近い場所にあり、大きな本屋もあるので時たま2人はここに来ているのだ。
お目当ての本屋を見つけると、2人が向かうのは旅行雑誌売り場。


「どれがいいかなー、京都…奈良も一緒になってるやつがいいよな」

「一番分厚いのがいいんじゃね…うわ、高い」

「2人で割り勘すれば、いけるって」


楽しそうに、修学旅行先である関西方面の旅行雑誌を吟味する2人。
大手会社が出しているものから、おしゃれな小冊子風まで様々あり、迷う。
葵にとっては、服や雑貨なんかより食が充実している雑誌がいい。
竜一は観光スポットが詳しく載っているものがいい。

なかなか選ぶのに手間取ったが、結局は大手会社の京都・大阪・奈良が複合した雑誌を購入した。
お小遣い程度しか持っていない2人にとって、割り勘でちょうどいいくらい。


「あー、来週は自由行動の場所決めだな!部屋って決まってンだっけ?」

「それも一緒に決めるっぽい」


4人1部屋という、できる限り広い部屋を望む。
最終日近くの宿は大阪の為、2人1部屋のホテルである事はとても幸いなのだが。


「ホテルの時、竜一俺のコト蹴るなよ」

「ダブルな訳ねえだろ!」

ケラケラと冗談を言い合いながら、本屋を出ようとした。
すると、入口から見覚えのある女性が葵と竜一に近づいてくる。
こちらの方向に用事があるのだろう、と思っていたが真っ直ぐに向かってくる女性に、さすがの2人も視線を向けた。
そこには、いつものようにニコニコと優しい笑顔を浮かべている神城がいた。


「やあ、放課後に本屋って…参考書は買ってないようだけど」

テストが終わって油断しまくっている葵と竜一は、驚いて肩を跳ねさせた。
神城の言うとおり、2人とも校則違反のカーディガン(ベージュ)とパーカーを着ているのだ。
作り笑いをして、見逃してくださいよと頼み込む2人。

別に神城は、指導するつもりは毛頭ない。


「大丈夫大丈夫。言わないから、私もプライベートだし…何買ったの?」


葵の持っている紙袋を覗き込む神城。
流れるような綺麗な黒髪から、コロンの香りが広がり葵の心臓が高鳴る。
やっぱり、綺麗な人だ。
鷹島と昔に付き合ったことのある…人だと、うっかり鷹島に結びつけてしまった。


「えと、京都とかの旅行本っス」

「ああ!もうすぐだしねー。わざわざ本まで買うなんて…」


楽しみなんだね、と2人に目線を合わせて笑う神城。
なんとなく気恥ずかしくて、葵と竜一は「まあ…」と言葉を濁しながら目を逸した。


「神城先生も行くンですか?」

話題を変えようと、葵はカバンに旅行雑誌をしまいながら尋ねる。

「うん、保健医として行くよ。よろしくね。
2人ともはしゃぎすぎて熱出しちゃダメだよ」


「子どもか!」


高校2年生にもなって、はしゃぎすぎて身体を壊すなんてことは滅多にない。
即座に否定する竜一とは違い、葵はちょっとだけ口を噤んだが、すぐに同じように否定した。
自分の身体がいまいち丈夫ではないことは、わかっているから。


少々談笑をした後、神城は目当ての本を買いに本屋の奥へ去っていった。
葵と竜一も、段々とバスの時間が近づいているため、本屋を出て駅へ向かう。

駅までの道中も、2人の話題は修学旅行で持ちきり。
メインの京都・奈良・兵庫周辺はもちろんのこと、最終日前日の大阪にあるテーマパークがとても楽しみなのだ。
滅多に関西地方へと行くことができない2人は、事前調査をバッチリして存分に楽しみたいところ。


目の先にある、楽しい楽しい旅行のことだけ考えれば、時は一気に進むはず。
竜一と話をしながら、葵は薄らと頭の片隅でそんな事を考えていた。




今か今かと楽しみにしていれば、あっという間に月日は流れるもの。
中間テストの返却やら、日々の授業やらが休む暇もなく押し寄せる。
修学旅行で使うお小遣いをこっそり増やすために、葵は土日にアルバイトもした。
せっかくなので、贅沢に色々と使いたいのだ。

そのおかげか、鷹島の事を考えることが少なくなっていた。
家に帰れば、課題と友人とのメール応対に追われ、風呂もなるべく無心で入る。
それでもやっぱり、時折は鷹島との会話や彼のぬくもりを思い出してしまう。

いつか、きっとこの日々に慣れて忘れることができるだろう。
そう、何度思ってきたことか分からないけれど。
葵は、きゅっと目を瞑ってやり場のない気持ちを押さえ込んだ。





早朝、6時少し前。
秋になった今は、夏の頃と違い日が昇る時刻も遅くなった。
若干の薄暗さはありつつも、本日は快晴であることを物語っているのか、少々明るい。
気温もそれほど寒くなく、車通りの少ない道路では壮年男性が気持ちよくジョギングをしていた。

そんな静かな早朝の中、葵はいそいそと旅行鞄を何度もチェックする。
昨日の夜に、必要なものは全て用意してすぐにでも出発できるようにはしてあるが、つい確認してしまう。

下着等着替えのものに、新幹線の中で食べるオヤツ。
アメニティ関連に、携帯の充電器・・・と、修学旅行のしおりを見ながら指差し確認。


(楽しみだなー!チョコ味の八つ橋ぜってぇ食べよ!)


修学旅行実行委員会が作成したしおりの表紙は、八つ橋や鹿の絵が書かれている。
色々な味の八つ橋があることは、最近京都に出張に行った父から聞いていたのでリサーチ済みだ。


(ちょっと早いけど、駅に向かって歩こうかな)


集合場所は直接駅ナカである。
一番早い新幹線に乗って行くため、学校集合にすると少々遅れてしまうからだ。
いち早く京都へ行きたい生徒たちにとっては都合のいい集合場所。


駅に着いたら、早速竜一達と今日の計画を練ろう。
わくわくと心を躍らせながら、葵自身も小躍りして階段を駆け下りる。
そのやかましい音に、拓也は唸りながら自分の部屋から出てきた。


「・・・なンだよ葵、もう行くのか?」


訝しげな顔をして、拓也は葵の朝食を準備しようと台所へ向かう。
すると、葵はキャリーバッグをごろごろと転がしながら、


「あ!俺、歩きながら食うからサンドイッチでいいや!」


「は!?歩きながら?つーか、家の中でキャリーバッグ転がすなよ」


拓也の後をついて台所へスキップをしながら向かった。
まだまだ時間はあるので、拓也がサンドイッチを作り終えるまでのんびりとテレビを見る。
テレビのチャンネルを何度も変えて、天気予報が映るとそれを凝視。
全国の天気で、近畿地方の週間予報を確認した。

今日は快晴だが、2日目が少々ぐずつく模様だ。
2日目といえば、グループでの自由行動。
できれば曇り程度で終わって欲しい・・・と葵はお天気お姉さんに心の中で願った。


「ほら、サンドイッチ。あと、むせるとツラいだろうから紙パックの飲み物も」

駅についたらゴミ箱に捨てな、と拓也は葵に朝食を持たせた。
気の利く兄に感謝しながら、葵はそれを受け取ると早速玄関に向かう。


「じゃあ、行ってくるー。お土産楽しみにしてて」

「おー、気をつけろよー」


拓也の見送りを受けて、葵は重たいキャリーバッグをひきながら外へ飛び出す。
まだ静かな道なりを、のんびりとサンドイッチを頬張りながら歩いた。


今日から、4泊5日の楽しい修学旅行が始まる。
その先に待っている、出来事など知らずに、葵はただただ思い出作りへと歩き出した。

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