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本日のスケジュールは、基本的に大半が移動時間となっている。
朝早くから新幹線に乗ったのだが、如何せん京都までは遠い。
世界から見れば小さな日本だが、人間から見れば十分に広いのだ。

1日目は移動と、清水寺のみ。
宿泊施設に移動して、荷物の整理をし、夕食を食べたら自由時間だ。

目的である清水寺を後にして、葵たちはまたバスの中で揺られる。
先ほど歩き回ったとはいえ、ほとんどが座っている移動。
なかなかにお尻が痛くなってくる。
早く旅館に着いて、ごろごろしてお風呂に入りたい。

しかし、周囲から聞こえる声はというと、

「旅館の近くにゲーセンないかな」
「コンビニ行こうぜ」

早速自由時間を楽しみにしている者ばかり。
確かに、夜のゲーセンで皆で楽しむのもありだな、と葵は少し目を輝かせた。
あわよくば、他のクラスの可愛い女子とプリクラなんて撮れちゃったりするかもしれない。
相変わらずの女好きの心が、にょきにょきと湧き出てくる。
しかし、


「でもさー、先生達が交代で巡回するんだってさ」

「マジかー、鷹島ちゃんとかだったらマジ怖い」


巡回、という言葉にその気持ちは一瞬にして萎えてしまった。
目立つ頭をしている自分など、一瞬にして見つかってしまうだろう。
自由行動はあまり遠くに行かなければ、20時までは本当に自由だ。
咎められる事もないだろうが、先生の中には必ずいる彼の姿。


「葵はどうする?自由時間」


隣でデジカメを弄りながら、竜一が気だるそうに聞いてくる。
何となく勘づいているのだろう。
葵も同様に、持ってきたデジカメを弄りだす。
小さな画面の中には、適当に撮った景色が写っている。


「・・・コンビニだけ行って、京都のお菓子食う」

京都ならではの限定菓子に思いを馳せつつ、
今日は変に自由に動かないことを決めた。
珍しいと竜一に驚かれながらも、彼が気づいていることは分かっている。

せっかくの修学旅行だけど、ひたすら避けている自分に。



一方、旅行とはいえ仕事のためか、もう割と疲れている鷹島はというと。


「鷹島ちゃん写真撮ろ、写真ー」

「ずるーい、私が先だってばあ」


鷹島との思い出写真を残そうと、躍起になる女子たちの餌食となっていた。
げんなりした表情で、最早ピースサインすら出さない。
ノリが悪いと、ブーイングを受けながらも鷹島は可憐な女子生徒相手に、


「うるせぇな・・・、新幹線の中でも清水寺でも散々撮っただろうが!」


もういい加減にしろと、軽く怒鳴る。
生涯の中で一番輝いているであろう女子高生に、そんな怒鳴りは聞かないのだが。

鷹島の言うとおり、新幹線に乗り込んでから今の時点まで、
捕まっては写真を撮られ、解放されればまた別のグループに捕まり撮られ…を延々と繰り返されたのだ。
さすがにいい加減にしてほしい、と整った顔を歪ませる。

ましてや、


「えー、だって先生人気でぇ…他校の生徒からも写真撮られてたからアタシら撮れてないの」

「嫌なこと思い出させるな…」


自分の学校プラス、他校の修学旅行生にまで写真を撮られる始末だった。
それもそのはずで、スーツ姿の若い男性教諭、ましてや男前ともなると、その結果は目に見えている。
浮き足立った高校生達の格好の餌食だ。


(早く終わンねぇかな、修学旅行…)

始まったばかりだというのに、鷹島は既に帰路への思いを募らせていた。
早く夕食の時間が来て、さっさと巡回して、さっさと風呂に入って寝たい。
それだけを悶々と考えながら、自分の部屋へと逃げ込んだ。



鷹島が願っていたとおりなのか、楽しい時間がそうさせるのか。
秋も深まってきたこの季節のおかげか。
あっという間に旅館の時間は過ぎていった。

翌日、2日目となる修学旅行の予定は「班別行動」。
因みに3日目は「クラス別行動」で、4日目は「完全自由行動」。
最終日は少しだけ大阪観光をした後に帰宅、という流れだ。

今日も修学旅行に相応しい晴れ模様――・・・とはいかず。


「げー、なんかドンヨリしてる」

旅館の外に出た葵は、青空の隙間も見えない曇り空を見上げた。
これでは楽しさも半減してしまうと、がっくり肩を落とす。
因みに京都のお寺等を巡る班はというと、
葵、竜一、彰人、そして他の5人グループから1人外れてしまった高梨の4人編成である。

「まー、天気なんかいんじゃね?
それよか、後でレポートよろしくね!」

少しチャラけた高梨が、両手を合わせて軽く謝りながら葵にウインクをする。
高梨と、他3人にはちょっとした契約があるのだ。


「分かってるって、その代わり例のものよろしくな」

「オッケー、旅行終わったら女子高とのカラオケセッテイングね」

よっしゃ、と葵達はぐっと拳を握る。
そう、高梨は元々組みたかった5人組で行動する予定なのだ。
その代わり班別レポートを3人に頼み、報酬として女子高の子達とカラオケの場を設ける。
教師にバレたら、当然だが叱られる為秘密の契約だ。

念のために、最初の目的地は2班とも銀閣寺にしてある。
2班とも銀閣寺行きのバスに乗り、少々悪戦苦闘しながらも無事に合流した。


「じゃ、帰りにまたここでー」

「了解ー、お土産もよろしく」

「そんなん契約外だし!」

なんだかんだ文句を言いながらも、高梨は仲のいい友人たちと別の場所へと消えていった。


「じゃ、俺らもちゃっちゃと銀閣寺見ますか」

そう言って、小柄な彰人がなだらかな坂道を登ろうとすると、


「あー!彰人!ねえ、田中クンあっち行っていい・・・」

聞き知った声が、少し遠くから響いてきた。
双子の片割れである渚が、自分のクラスで組んだであろう人々と行動している。
行動、というかそれはまさしく、小さい子をお守りしているような有様だった。


「だめです、僕たちはこれから法然院に行かなくてはなりません。
そうしなければ日没までに終わりません」

「だから!いいってそんなに沢山回らなくてー!」

「これは勉強なんですよ、ご友人とは卒業旅行にでも来てください」

「お前は大学の教授か!もーやだー」

いかにも真面目の塊、とも言える生徒たちに引きずられていく。


「あー、渚ドンマイだな。気に入られてるから…」


竜一が肩をすくめつつ、涙目になって連れて行かれる渚に、手を振った。
渚のいるクラスは、比較的頭のいい、いわゆる進学クラスなので真面目な生徒が多いのだ。
そのなかでも、分け隔てなく仲良くしているであろう渚は、トップ集団のお気に入り。
これから真面目すぎるお寺ツアーが始まる彼に、葵は合掌した。


「まぁいいや、明後日のU○Jで沢山遊べば」

渚には申し訳ないが、明後日の完全自由行動までお預けである。



「とにかく、さっさと終わらせて飯食いに行こう…って…」

ふと、竜一が葵の方を振り返ると、早速客引きの女性に捕まっていた。
銀閣寺へ向かう通りには、沢山のお土産屋が賑わい、学生に次々と声をかける。
葵もその1人で、ヘラヘラしていたから余計に声をかけられてしまったのだ。
試食の八つ橋を美味しそうに頬張りながら、

「竜一、八つ橋って色んな味あるンだな!チョコめっちゃうまい」

早速買っていこうとしている。
単純な葵に、呆れながら竜一は無理やり手をひいた。

「荷物になっから!帰りな!」

帰りに寄らない事は確実だが(京都土産は既にカタログで注文済)
店員に悪い気を持たせない嘘を吐き、慌ててその場を去る。
こんなのではいつまで経っても終わらない。


「スイーツ好き、マジいい加減にしろ」

「いや、ご当地名物好きと言って!」


少し揉めつつも、早足で銀閣寺へと向かい、半ば適当に持ってきたデジカメで写真を収めたのだった。
とにかく写真さえ取っていれば様になるだろう、という計画である。
銀閣寺が終われば、とりあえず哲学の道へ行くため早歩きで道なりを進む。
しかし、またもや葵が捕まるは捕まるは、でなかなか進まない。

その上、今は修学旅行並びに観光のシーズン真っ只中。
予想以上の人だかりに、避けつつぶつかりつつで、必死に抜け出た竜一と彰人だったが、


「…あれ?葵いなくね?」


どこを見ても、葵がいない。
2人きりになってしまい、葵を迷子にさせてしまう事態に陥っていた。
最悪の事態だ、と2人声を合わせて呟くと、更に最悪なことに、

「…げ!とうとう雨降ってきた!」

ここまで懸命に耐えていました、と言わんばかりに灰色の雲から沢山の雨が降ってくる。
それによって人々も慌てて雨宿りに移動したり、傘を広げたりで、ますます葵を見つけることは困難になった。
2人は引きつった顔を見合わせて、とりあえず移動して電話することに落ち着いたのだった。


一方その頃、はぐれた葵はというと。


「…竜一ー?彰人ー?…おーい?」


人に流され、自分なりに目的地へ行こうとウロウロしていたが、ようやくはぐれたことに気づく。
どこを見ても2人はいないどころか、ここがどこだか分からない。
携帯を持っているのことも忘れて、慌てて道中を右往左往した。

(どうしよう、マジやべえ、これから抹茶パフェ食ったり、うどん食ったりしたいのに!)

俺の京都グルメ…と涙目になりながらも、雨の冷たさに震える。
さすがにこのままではずぶ濡れになってしまうので、近くの寺院で雨宿りをする事にした。
地図は彰人が持っているし、自分がどこにいるか分からないままでは、ますます混乱する。
持っていたハンカチで髪を拭きながら、ぼんやりと遠くを見つめた。


(あーあ…1人はさすがに寂しい…)


携帯で、連絡しようとポケットを探っていると、ふと少し遠くから視線を感じた。
前髪から垂れた水滴が、瞼に付く。
それを拭いながら、人通りの少なくなった目の前を見ると、


「…齋藤、お前1人で何してンだ?」


必死に避けていたというのに、運命のイタズラか、葵の運がとことん悪いのか。
そちらこそなぜ1人で行動しているんですか、と葵は心の中で叫ぶ。
実際に出た言葉は、


「…はぐれた…」


消え入りそうな、助けを求める声だった。
ビニール傘を差して、スーツをラフに着こなし、
しとしとと柔らかい雨の降る京都の街を佇む鷹島が、ひどく輝いて見えたのだ。

葵の言葉を聞いた鷹島は、間抜けな状況に思わず笑う。
意地悪な笑みをニヤニヤと浮かべながら近づき、


「バカだな、お前は」


呆れたようにため息を吐いて、傘の中に入れた。

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