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みんなの前で呼び出すとか、意味わかんないんだけど。


と、言える勇気も冷静さもなく、葵は金魚のようにただ口をぱくぱくさせた。
自分自身のことを指差して目を見開くばかり。
驚きと緊張のためか、若干体も震え始めた。

そんな葵を見て、周りは「恐怖で震えている」と思い込み、どっと笑いが起こる。
齋藤クンどんまい、なんてちゃかす男子の声や、「ずるい」なんてわざとらしくふざける女子の声ばかり。
冗談で済まされるならばなんとイイ事だろう・・・と周りの反応に若干うんざりする葵。

だが、そんな周りの反応など気にしていない鷹島は、


「まあ、別に大した用事ねぇからいいけど」


なんて、意味深なセリフを呟いた。

途端、葵の顔に全身の血が集合する。
かっかと頬が火照り、指先が痺れ始めた。
甘い痺れに、思わず体がぶるりと大きく揺れる。


(ほんと、どういう意味なんだよ!)


と、叫びたいけれどそんなことは大勢の前で出来るわけがない。
現に辺りは「どういうこと?」と疑問を持つものもチラチラ出てきたのだ。
怪しまれてはいけない、気づかれてはもっといけない。
焦る頭で考えた結果、生み出したのは


「て、敵前逃亡!」


この場所から、逃げ出すことだった。
くるりと背を向けて、無駄に腕を振り走り出す。
そのおかしな様子に、周りは鷹島の意味深なセリフなど忘れて爆笑し合う。
笑いの中には鷹島の声も混じっていたが、他の生徒の声が多すぎて聞こえなかった。

宛もなく、ただただ校内を軽く走り回る葵。
動いていないと落ち着かない。
尿意に似たむずむず感で溢れてどうにかなりそうなのだ。

鷹島が呼び出した理由とか、周りからの視線だとか。
プラスとマイナスが混じり合って、自分でも訳のわからない感情で押しつぶされる。


(意味分かんねぇよ、ほんと、まじで、・・・いやだ!)


好きという感情が、またどんどん嫌になっていく。
つらい気持ちばかりが広がって、胸が狭くなって痛くなる。
その感情をどう表していいか、まだ17歳の葵には、わからない。


わからないまま、たどり着いたのは誰もいない自分の教室だった。
ここからなら、フォークダンスをしているみんなが見える。
ちょっとお粗末な花火も見えるだろう。

本来ならば、皆グラウンドへでないとならない。
というよりも、グラウンドに出たほうが数倍も楽しい。
葵は特にたくさん人がいて、わいわいするところが大好きだ。
窓から見える風景には、友達が楽しそうにはしゃいでいる姿ばかり見える。


(・・・俺も行こ、鷹島ちゃんに振り回されすぎ・・・)


ひとつ、大きなため息を吐いて出口に向かって歩き出す。
薄暗い教室に、ひとり。
自分の長く伸びた影の先をゆっくりと見つめる。
夕日の灯りでオレンジ色の教室の先にある廊下は、
時間に似合わずとても暗かった。

なぜだか、真っ暗なソコに一歩踏み出すのことが、葵は怖くなる。
確証のない思いつきだったけれど、まるでこの先が自分のようで。

唇をやわく噛んで、踏みとどまる。



結局、鷹島のことを好きなものは変わらない。
この先、卒業して、離れたら終わるかもしれないけれど。
残り1年を、どうしようもない片思いで終わるのかと思うと、
澱んだ気持ちになった。



(なんか、曲作ってちょっと満足するかなって思ったけどなあ)


その澱みを吐き出すように、思い切り呼吸をする。
落ち込んでいることを忘れて、文化祭を最後まで楽しもう。
いち早く、みんなのいる明るいところへ行く為、葵は走り出そうとした。
教室と廊下の繋ぎ目を踏んだ瞬間、


「あ!齋藤クン…」

目の前に見覚えのある、女子2人がいた。
葵は自分が呼ばれたことに驚いて立ち止まる。
誰だっけ…と一生懸命記憶をフル回転させていると、
ボブカットのほんわかした女子がパタパタと手を動かしながら、


「海のとき以来だよね?久しぶり〜演奏聞いたよ〜」

「あ!優子ちゃんだ、来てたんだ」


海、というキーワードでやっと思い出す。
夏休み中に、友人達と共に遊んだ他校の女の子だ。
髪を少し切って、他校の制服を着た姿はまた違った魅力でかわいらしい。
なにより、自分を覚えてくれていたことに、葵は嬉しさを感じた。

(あの時、鷹島ちゃんの1件で気持ちがごちゃついたからなあ)


せっかく女子と遊んだというのに、鷹島の結婚疑惑でそれどころでは無くなったのだ。
…それよりも、今、優子を目の前にして鷹島のことを思い出す自分が嫌になる。
彼と過ごした夏を思い出さないように、葵は必死に取り繕った。


「ありがと、後夜祭参加する?」


どうせならば、優子とその友人と共に過ごしたい。
女子と仲良く話すことで、もし万が一彼女と上手くいけば自分は忘れることが出来る。
いずれ忘れると願っているのならば、時期は早くともいい。
だがしかし、優子と友人は困ったように顔を見合わせて、


「ごめんね、そうしたいンだけど帰らなきゃ」

あっさりと葵の誘いをフってしまった。
どうやら訳を聞くと、この後カラオケに行く約束を友人としているらしい。
そっか残念だー、と肩をがっくり落としながら葵は手を振った。

せめて校門まで送る、と踏ん張る葵。
2人も「いいよ」と承諾してくれて、なんとも花のある状態で外に出られる事となった。


のんびりと、かつ最短ルートで校庭への廊下を歩く。
大したことのない、あのクラスの模擬店がどうだったとかそういう話をしながら。
もちろん、鷹島のクラスの催し物であるお化け屋敷の話も出た。
相変わらず2人とも、鷹島の男前ぶりにきゃあきゃあと黄色い悲鳴をあげたらしい。

「フランケンかっこよかったー!あ、齋藤クンは拉致されてたね」

「見てたの!?うわ、超ハズいんですけど!」


しかも、葵が鷹島に抱き抱えられたところもバッチリ拝見済み。
見られたことと、鷹島の体温や匂いを思い出して、頬が火照る。
かっかと熱くなる頬を片手で押さえながら、

「マジでさ、鷹島センセは俺のことバカにしてっから…」

早くこの話題が終わるようにと、急いで扉を開けた。
扉を開ければ、もう校門は目の前。
みんなが集まっているグラウンドは、葵たちの右手数十メートル先にある。
優子たちは「ここでいいよ」と葵に告げると、まっすぐ校門の外へと笑いながら歩いて行った。


(あー…俺も、校庭行かないと…)


1人ぽつん、と玄関前に残された葵。
外はもうすっかり暗く、一番星が見えるほど。
だんだんとダンスも終えて、ラストの花火が上がる頃だ。
せめて、キャンプファイヤーが消える前に見ておこうと、校庭方面へ足を進める。

わいわいと盛り上がっている声を目標に、1人近道の狭い道を行こうとした。
そのとき、一番会いたくなかった人物がひょっこりと葵の死角から現れたのも気づかずに。



「…おい、1人でなにしてンだ」


どくん、と血液が塊で心臓を飛び出したかのように、葵の胸が跳ねる。
その声は少しだけ不機嫌そうにしていたけれど、いつもと同じトーンだった。
周りが騒がしくなっているというのに、ハッキリ聞こえた声の方を振り向くと、


「た、鷹島ちゃん…こそ、なにしてンの?」


いつものジャージに身を包んだ鷹島が、気怠そうに葵の斜め後ろに立っていた。
どうやら、あまり人のいないゴミ箱のあるエリアから出てきたらしい。
玄関から来た葵より、断然不審な行動をしている。

しかし、鷹島のため息と気怠そうな雰囲気である程度察しがついた。


「ったく…どこの学校も訳分からねえ伝説とか作るもんだな」


更に遠まわしな言い方だが、今の時間と合わせるとハッキリ分かる。
大方、3年生辺りの女子生徒に告白されていたのであろう。
あいかわらず、期待を裏切らないほどにモテモテだ。
鷹島の反応を見れば、断ったに違いないが、葵の胸の奥はキリキリと痛み出す。


(なんだって、こう、鷹島ちゃんは俺と会うんだよ!)


会いたくない、でも離れたくもない。
むず痒いような痛みに顔をしかめながら、葵は


「あの伝説は、最後の花火が上がった時だし。
つーか、鷹島ちゃんは踊らねぇの?」


ごまかすように別の話題を振った。
今は2人きりだから、胸が痛いけれど皆と一緒ならその痛みは薄れる。
校庭にと誘導しようとしたが、


「いい、めんどくせぇし…お祭り気分のヤツらの所に行ったらヤバいからな」


鷹島の方が大人で、バカ騒ぎしている生徒に近づくと大変なことになることを恐れていた。
葵も「確かに…」と肩を落として同意する。
普段は滅多にないであろう、生徒から教師への告白を今さっき受けてきたばかりだ。
こういったイベントに便乗して、アプローチを受けるのは目に見えている。

「俺は向こうのベンチで休んでるから、他の先生に言うなよ」


すると、鷹島は疲れたのか人目には見えないベンチを指差し葵から離れようとした。
見回りをしつつ、告白をかわし、花火の準備までしたからだろう。
肩をゴキゴキと鳴らしながら、目的地へ向かおうとした。


「あ、…鷹島ちゃん!…」


その背中を見た瞬間、葵の口から思いとは裏腹に言葉が出る。
途切れそうになる息を堪えて、早足で近づきながら、


「俺も、行く」


鷹島を見上げて、伝えた。
心の中では、なんで俺はこんなことを言っているんだろうと思っているのに。

その言葉に、鷹島は目を見開きながら彼のことを見下ろす。
数秒ほど沈黙になったが、鷹島の目線はすぐに目的地を見据えた。
ただ、目線はそのままにして唇を動かす。


「大騒ぎはするなよ、見つかるからな」


あっさりと、葵がついてくることを承諾したのだった。


葵のことを振り返らずに、長い足でスタスタと行ってしまう鷹島。
必死に、且つ周りに気づかれないように早足でついて行く。
歩くのに夢中で、葵は自分が一体なにをしたいのかもわからなかった。


忘れたい、好き、忘れたくない、怖い、離れたい。

色々な感情が混ざっているはずなのに、今はそれらすべてを忘れて鷹島の背中を見つめる。
さくさく、と柔らかい草むらを踏み歩きながら。


花火があがるまで、あと5分。




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