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まだ、胸の真ん中と頭の奥がドクドクと脈打っている。
これを興奮冷めやらぬ、といえばその通りなのだろう。
じんわりと滲んだ汗を手の甲で拭いながら、葵はゆっくり息を吐く。

肺の奥底から、まるですべての空気が抜けるような感覚だ。
けれどもそれが不思議と嫌ではなくて、むしろ開放感を覚える。
きっとそれは、葵が満足感に満たされているから。

それに、


(・・・鷹島ちゃん、来てくれた・・・あー、よかった・・・)


鷹島が、あんな些細な約束を守って来てくれたからである。
自分の演奏を聴かれるのは少し恥ずかしいけれど、それ以上に嬉しいのだ。
胸の奥がこそばゆく、思わずその場で足踏みをしてしまうほどに。
そんなおかしな行動をとる葵に、竜一や渚が不思議な視線を向けた。

だけど、そんなことすら今は気にしない。

心の奥底から沸き起こる、今までにない充実感。
好きなことを、目一杯して、好きな人に応援してもらう。
こんなにも充実した数分間は、初めてだった。

にやけて、仕方がない。


「なに、ふにゃふにゃしてんだよ葵」


そんな葵を見て、さすがに竜一は声をかける。
文字通り、ふにゃふにゃ破顔した葵の表情は、とても幸せそうで。
少しだけ胸がときめいたが、その笑顔はきっと鷹島がもたらしたものだと気づくと静まった。
こんなにも鷹島のことが好きなんだな、と一目見てわかる笑顔。

(鷹島ちゃんにも、そんな顔向けてんのかな・・・)

だとしたら、バレバレだろう。
なんて思いながら、竜一もつられて笑う。

そんなおかしな2人を、少し離れたところで不思議な視線を送る高平兄弟は


「・・・2人して何なんだろうな」

「そんなにハイになっちったのかなー」

と、珍しく見当違いな予想を立てていたのだった。




体育館での発表も終わり、あとは後夜祭までのんびりする・・・という訳にもいかない。
後夜祭の準備を始める者もいれば、クラス別模擬店を最後まで全うしようとする者と様々だ。
葵たちはクラスの手伝いに追われつつ、後夜祭の「とあるコト」について噂を立てていた。

こそこそと教室の後ろで待機するふりをしながら、


「後夜祭といえば、やっぱしアレだよな」

「そら、もちろんそうだろ。女子もそわそわしてるし」


女子のひそひそ話を盗み聞きする。
もちろん内容は、葵たちの通うこの高校特有の・・・と、いうよりは
大きめの共学高校にはよくある伝説のことだ。

後夜祭の最後の花火が上がったとき、とある樹の下でキスをすると永遠に結ばれる。

なんて、誰かがとってつけて噂したのではないかという位ありふれた伝説だ。
確実性なんてゼロなのに、そこは思春期高校生。
恋愛に結びつくものなんて、気になるに決まっている。
もちろん、葵もこの伝説はとっても気になっているのだ。
だがしかし、1年前の「絶対カノジョとキスするぞ!」と意気込んでいた状況とは全く違う今。


(鷹島ちゃんを誘える訳ねぇよ・・・!)


鷹島は数年この高校に勤めている。
この時期になると、決まって女子を中心に噂が広まっているのだ。
女子に人気な鷹島。きっと毎年誘われているのだろう。
その樹の下に誘われたとなれば、目的は丸見え。

そんな状態で、自分が鷹島を誘えるわけが無い。


思わず頭を抱えて、うんうんと唸ってしまった。
ワックスで固めた髪が、くしゃくしゃと乱れてゆく。

そんな葵を見て、同じ思いに浸る竜一。
横から手を伸ばして、葵と同じように葵の髪をくしゃくしゃと撫でた。

分かるぞ、と無言での同情だ。


そんなまったりした状況も束の間、突然に1人の黄色い声が透き通るように聞こえた。


「・・・鷹島センセ、誘ってみようかなあ」


ずきん、と
ひどい音を立てて葵の胸が熱いような冷たいような尖った柱に刺される。

頭をくしゃくしゃするのも止め、声の方向に全力で集中した。
一言一句聞き逃さないように。
それでも聞こえてくるのは、顔を顰めたくなるような内容。


「えー、先生倍率高すぎ。
ていうか、前の文化祭でも先輩たち全員フラれたんでしょ」

「俺そういうの興味ないからとか」

「知ってる、生徒とそういうコトする気はないからとか・・・」

「つーか、鷹島ちゃんって保健室の先生とできてんじゃん」


鷹島が数々の生徒をふってきたことだとか、神城のことだとか。
耳に入れたくない言葉ばかりが入ってくる。
思わず耳を塞ぎたくなるが、葵はなんとか情報を聞くために唇を噛んで聴き続けた。


「でもさ、今年は鷹島ちゃん特に警備とかしないんでしょ?
 その辺ふらふらしてそうだし、チャンスじゃん」


この情報を待ってましたと言わんばかりに、バッと頭をあげて時計を見る葵。
その突然の動きに、周りにいた竜一や双子はぎょっと目を丸くさせた。


「なんだよ葵!?突然!」

「今何時かなって思っただけだ!」

「いやそれにしても・・・」


不審な動き丸出しな葵に、双子はもちろん竜一もため息を漏らす。
いくら文化祭だとはいえ、そわそわしすぎである。
もう後は後夜祭だけなのだから、そんなに頑張る必要はないのに・・・と3人とも同じことを思ったのだった。



そんなことをしている間にも、あっという間に日は落ちてゆく。
気がつけば教室もいつも通りの、面白みのない風景に変わり。
ただ机が並んだ、殺風景としたものになっていた。
文化祭が終わってしまった、なんてしんみりと浸っていると、

「生徒の皆さん、後夜祭が始まりますのでグラウンドに集合してください・・・」

生徒会副会長の、少し緊張したアナウンスが響き渡る。
夕方特有のオレンジと紫が混じった、薄暗い世界に不思議とマッチングしていた。
生徒たちは「もう終わりだね」なんて話しながら皆グラウンドへと、向かっていく。



因みに、後夜祭と言ってもたいしたことはしない。
校長及び教頭先生からの、長々としたお言葉やクラス単位での表彰など形式張ったもの。
後はせめてもの楽しみである、花火とフォークダンス位だ。
葵はあまりダンスが得意ではないため、もちろんサボる気満々である。


「なんかもー帰りてぇなあ。たるい」

竜一も同じなのか、細い目を更に細めてぐだぐだと携帯をいじり始める始末だ。
葵も真似をして目を細めながら、「マジたるい」と上の空で呟く。

本当は、花火のことばかりを、考えているのに。



ふと、目線が鷹島を探す。
見つけた先には、教師の列で神城と軽く話している姿。

思わず目をそらして、呼吸を止めた。


想いに正直にいこうと思っていたけれども、
この胸を冷たい氷で刺されるような痛みからは、どうしても逃れたい。
こんな思いをするならば、やっぱり忘れたい。このどうしようもない恋なんて。


ぎゅ、と目を閉じて、適当に焼肉のことなんて考えながら、
葵はひたすら時が経つのを待った。



「えー・・・、それでは皆さん、早速フォークダンスと花火を始めましょう」


数十分後、ようやく話も表彰も終わり、メインイベントが始まる。
因みに表彰されたのはもちろん3年生。
年功序列は学生の頃から根付いているものだ。

そんなものには興味がない葵。
早速、ダメ元で鷹島の元へとゆっくり駆け寄ってみた。
だがしかし、現実はやっぱり現実。


「鷹島先生!一緒に花火見ようよ!」
「私たちとー!」
「少しだけでいいからー」


数多くの女子生徒に腕やら服やら、様々なところを引っ張られていたのだった。
わちゃわちゃ、という単語がまだ可愛く思える程の群がりように、女子大好きな葵もどんびき。
こういった場合の女子の団結力は、凄まじいものだ。

しかし、鷹島もここで流される男ではない。


「あー!うるせえ!俺がここに何年いると思ってんだ、
お前らの考えてることなんてお見通しなんだよ!」


散れ、離れろ、俺は1人でここで見てるからいい!と、一掃し始めた。
その言葉と、必死な顔に思わず笑みがこぼれる葵。
へらへらと笑いながら、「ウケる・・・」と呟いていると、


「おい・・・なにヘラヘラしてンだ齋藤
 ・・・お前、ちょっと来い」



いつの間に葵を見つけたのか、
鷹島が突然に指名してきたのだった。

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