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昼も過ぎると、校内は緩やかに午後の部に入っていく。
午後の部と言っても、体育館で文化部(合唱部以外)が催されたり、コンテストのようなものが開かれる程度だ。
夕方に開かれる、後夜祭までのツナギのようなもの。
体育館に行く生徒もいれば、校内でのんびりとクラスを巡るものとそれぞれいるなか、


「2時から第二体育館で、軽音同好会のライブやりまーす!
 工大のメンバーもいてとても豪華なライブになるので来てください!」


1年の軽音部男子が必死にボードを持って、アピールしていた。
廊下で、他の担任教師と談笑していた鷹島はハッとしたように振り返る。
あの1年生がアピールしているものこそ、葵が出るライブなのだ。
鷹島はそそくさとその生徒へ向かうと、「1部くれ」とだけ言ってパンフレットを貰う。

工大と共に活動しているので、中々上出来なパンフレットである。
メンバー達の写真もちらほら載っており、鷹島はほぼ無意識に葵を探した。
3年生がメインなので、葵たち2年生がなかなか見つからない。
何枚かめくれば、やっと2年生のページに葵たちが写っていた。

いつもの4人で、楽しそうな笑顔全開の写真。
写真の奥から4人のはしゃぐ声が聞こえてきそうな気がした。


(・・・少し抜けて見に行ってみるか)


薄らと笑みを浮かべながら、鷹島はきちんとタイムテーブルを確認して教室へ戻る。
葵たちの出番は最後の方だ。
ギリギリまで教室や職員室を往復して、葵たちの時だけ聴きに行こう。
そう決めていた鷹島、だったのだが。


「鷹島センセ!午後空いてますよね!」

「うおっ!?い、いや・・・」

いつの間にか、クラスの大半の女子生徒に囲まれてしまった。
彼女たちのわくわくきらきらした瞳の奥から、嫌な予感が勢いよく伝わってくる。
肌が栗立つ感覚を覚えながら、鷹島はそっと逃げ出そうとする。
だがしかし、数名の力の強い女子に両腕を掴まれてしまい、逃亡不可能。


「これに・・・出てくれますよね!クラス代表として!」


恐る恐る、パンフレットを開きながら主張する女子生徒の1人を見れば、そこには。


「・・・イケメンコンテスト」


美少女コンテストならぬ、イケメンコンテストのお知らせがデカデカと広告してあった。
嫌な予感は的中し、鷹島は慌てて逃げようと試みる。
だが、こういうときの女子のゴリ押し力は半端ではない。


「我がクラスのイケメンといえば、やっぱり鷹島ちゃんっしょ!」

「俺は生徒じゃねぇよ!」

「うちのクラス、男子いまいちなんだもん!」

「お前らひどいな・・・」


教室の隅で項垂れている男子たちに、哀れみを感じた鷹島。
彼らに視線を向ければ、悲しげな瞳で鷹島にアイコンタクトを送っている。
俺らのためにも出てくれ、と。

その瞳に、申し訳無さと同情を覚え、揺らぐ鷹島の心。
葵のライブ演奏が観たい、けれどもそれはコンテストを出ないという理由にはできない。
ぐるぐると考え込んだ末に、パンフレットを見れば、急げば葵のライブ演奏に間に合いそうな時間帯だった。
男は根性だ、と嫌々ながらも鷹島は「わかった」と頷いてしまうのだった。



一方その頃、自分たちの番になるまでステージ裏で待つ葵はというと。

「あー!マジ緊張してきた。ヤバい、小便行きたい」

「葵、さっき行ったじゃん」

緊張からくる尿意に襲われて、何度もトイレとステージ裏を行き来していた。
本当は少しの時間でも、確認をしていたいのだが如何せん緊張してしまう。
出番まで今少しあるので、葵はそそくさともう一度トイレに走り去ってしまった。
そんな葵を見て、彰人と渚は「困ったちゃんだなー」と声を合わせて呆れる。
双子ならではのシンクロぶりに、竜一は思わず「おお」と声をあげた。

葵とは正反対に、緊張感のまるでないのんびりとした3人。
特に竜一に至っては、楽譜を見つつ携帯もチェックするという余裕っぷりだ。
友人たちからの「がんばれよ!」と言った応援メールが多々あるなか、1つ別フォルダに未受信メール。
それは、竜一にとって特別なフォルダで。
踊る心を抑えながら、件名もないメールを開いた。

宛先人は拓也、内容は「結構前の方とれたぞ!応援してるから、がんばれ」というシンプルもの。
竜一の心臓が鼓動を早める。
来てくれてるんだ、と思えば思うほど、止まらない速度。


(・・・がんばるぞ)

ぎゅ、と携帯を握りしめて、竜一はすっくと立ち上がる。
その様子を不思議に思う双子の視線を交わしつつ、竜一は


「ちょっと・・・トイレ行ってくるわ」

「え!?お前までー!?」


葵と同じように、トイレへと向かったのだった。
そのあと、葵とトイレで鉢合わせをして不思議な空気になったのは言うまでもない。

葵たちの出番まで、あと30分。


そんな中、第一体育館で同時進行に行われているイケメンコンテストはというと、盛り上がりを見せていた。
みんなライブに行くのかと思いきや、軽音楽に興味の無い人はほぼコチラに来てしまったらしい。
総人口が多いので、半々だろうと思っていても多いのには変わりない。
大盛り上がりの体育館。そのステージ上で、1人げんなりしている男前がいた。

「鷹島先生!がんばってー」

「なにを頑張るんだよ俺は・・・」

無理やり仮装のまま出場(というよりは最早出品)させられた鷹島だった。
周りが生徒や、大学生だというのに1人だけ三十路手前の教師なのが、より恥ずかしさを際立たせる。
周囲に負けないくらい男前だと言えばそうなのだが、如何せん鷹島は己の容姿にさほど興味がない。
それをちやほやとされるほど、酷なものは無い。
他のエントリー者に「なんで鷹島先生が・・・」と白い目で見られるのも、また同様に。

早く妥当な順位に着いて、第二体育館に行きたい。
そわそわと何度も何度も腕時計を見て、鷹島は切に願った。
早く終わらないか、早く終わらないかと。
だがしかし、無情なことに時は早く過ぎ、コンテストはだらだらと進んでゆくのであった。

(頼む、早く終わってくれ・・・!)


しばらくして、鷹島が思っていた以上の時間で幕を閉じるコンテスト。
結局優勝は逃したものの(教師という事も配慮して審査員が決めた)準優勝を獲得した。
クラスのみんなからは「鷹島ちゃんさすが焼肉おごって」だの言われたが、それを適当に交わして第二体育館へ向かう。
葵たちの演奏は、もう始まっていて、ラスト1曲の状態になっているだろう。

様々な人、主に鷹島に惚れてしまった女性たちに囲まれたが、それもなんとか回避した。
人の多い廊下を走るわけにはいかないので、第二体育館へグラウンド横のアスファルトを駆けていく。


せめて、1曲。
葵が演奏している姿を見て、「まあまあだな」なんてことを言いたい。
そして、葵がむくれながらも照れる姿を見たい。
彼に会いたい。


その一心で、鷹島は第二体育館へ勢い良く駆け込んだ。
荒れる息をなんとか堪えて、ステージの上を見る。
一番後ろだけれども、彼は目が良いのでハッキリとその姿が見えた。

葵が、センターでギターを弾きながら歌っているのを。



“本当はすぐにだって忘れたい
 片思いなんてしたくない
それでも好きでいるのは
君が誰よりも優しいから”


葵のことだから、バカらしい曲か、若くて青い恥ずかしくなるようなものだと思っていた。
確かに、まだ「曲の詞」としては拙くて、インパクトも少し薄い。
高校生なのだから仕方のないけれども、どこか切ないそのポップ調の曲はすとんと耳に響く。

ギターとボーカルは葵。
ドラムが竜一で、ベースは彰人。
そこに、渚がシンセサイザーでピアノ調に差し色を入れていた。



“あと1秒だけでいい
 君から離れたくないんだ
 手を繋いでいたいんだ
一緒にいたい一緒にいたいんだ
 あと2回季節がまわったら
 僕は君とお別れだから”


叫ぶような声で、歌われる思い。
一緒にいたい、というフレーズに鷹島の胸がどきりと跳ねる。
葵の自宅の玄関で、彼に微笑みながら言われた言葉と同じだから。


“忘れたい忘れたくない
 君との思い出が綺麗すぎて
 消えそうにない この想いは
 心の中で溢れて 言葉にできない”


遠くから見る、葵の歌う姿はなぜか美しいと思えた。
煌びやかな王子様の衣装で、マントがひらひらと舞う。
金茶の髪が、スポットライトによってきらきらと輝いていた。

恋の歌、それが更に拍車をかけている。


“ああ この片恋を
 たすけてくれるのが
 君でありますように”


聞き入っていると、いつの間にか終を迎えていた曲。
4人の友人達が、彼らの名前を呼び手を振っている声が聞こえる。
鷹島は、ぼんやりと口を半開きにしてステージ上の葵をただただ見つめていた。

すると、葵がこちらに気づいた。
大分遠く離れているのだけれども、葵は歌っている最中もずっと鷹島を探していたから。
3曲目に入るために、渚とボーカルを代わった時は特にきょろきょろしたのだが、居なかったのだ。

来ないだろうな、と思っていたので鷹島を見つけた瞬間、笑顔が弾ける。
自然と破顔してしまい、彼に気づかれるようにと必死に片手を振った。


(来てくれたんだ!鷹島ちゃん!)


嬉しくて仕方がなくて、でも声をあげて鷹島の名前を呼ぶことができない。
それがもどかしくて、葵はせめて口パクでも、と鷹島の名前をぱくぱくと口で表す。

鷹島は、目がいい。
更に、葵のことだけをじっと見ていた。

なので気づき、鷹島は少し照れくさそうに手を振る。
40メートルの距離が、ひどく遠く感じた。

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