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昼に近づくにつれ、軽食や屋台形式で食べ物を提供しているクラスはどっと込み始める。
葵のクラスも例外ではなく、目が回るほどの忙しさにみんな追われていた。
次から次へと飛び交う注文の声、今にも倒れるんじゃないかって位に料理に追われる調理班。
葵はウェイター係なので、たくさんの客から注文を受け取り、食事を運んでいた。

それはもう、今が何時だとかどんな人が来ているだとかを、
把握できないほど。
そんなときに限って、来てほしい人が訪れていたりするのだ。


「うお…すっげぇな」


溢れかえりそうな人々を見て、入り口でたじろぐ鷹島が、その代表だ。
鷹島自身も、クラスの手伝いや見回りなどで忙しいので時間は選べない。
なので、純粋に手薄になった時に訪れたのだ。
まさかこれほどまで、混むとは彼も予想だにしなかったのだが。

とりあえず葵にだけ声をかけて、さっさと出直そうと足を踏み入れた。
だが、文化祭という浮かれに浮かれまくっている日に、仮装の鷹島の威力は絶大である。
1歩踏み入れた瞬間、鷹島に気づいた女子がわらっと一気に群がってきた。
皆々目を輝かせて、ここぞとばかりにベタベタと触りながら、

「きゃあ、鷹島先生来てくれたんですね!」

「フランケンの格好、似合うー!かっこいい!」

「何食べます?あ、席はあそこが空いてますよ!!」

とてつもない勢いで話しかける。
女子に群がられることは多少慣れているとはいえ、唐突過ぎる突撃には耐えられない。
口元を引きつらせながら、鷹島は後ずさりし、逃げ出した。
鷹島を引き止める女子の声さえ振り切って、駆け足で自分のクラスへと戻る。

本当は、チラっと見えた葵に声をかけたかったのだが仕方が無い。
がんばっているようだし、邪魔は出来ないと心の中で言い訳をした。


(…あー…、また俺は…)


だが、直後にその言い訳を思いつく自分に寒気を走らせる鷹島。
わざわざさほど交流の無い他のクラスに、生徒1人のために出向くことがまずおかしいのだ。
更に、混んでいて会えないことをなぜか必死に言い訳してしまう。
それがなぜか、なんてことは少しばかり知っているのに、鷹島はまだ知らないふりをする。

喉まで出掛かっている答えを、ため息と一緒に飲み込んだ。



一方、その頃の葵はというと、目まぐるしい忙しさの合間に少し休憩を入れてもらっていた所だった。
休憩と言っても、ほんの5分だけ椅子に腰掛ける程度の休憩。
それが終われば、またすぐに駆り出され、1時間もしないうちにステージに立たなければならない。

忙しいことは苦ではないが、葵はあまり体力が無い。
少しだけ気持ち悪くなってきたので、体力温存のためにと兄に差し入れて貰ったカツサンドをほお張る。
拓也特製のカツサンドは、適度にソースが染み渡っていてとても美味しい。
パンも柔らかいものを使っているので、飽きることなく食べられるのだ。
しかも、差し入れたのは先ほどなので、ベストな状態で持ってきたのだろう。


(さすが兄ちゃんだな、料理だけは…)


拓也のことを内心褒めつつも、先ほどウザったい位に写真を撮られたので料理だけを褒める。
そう、運がいいのか悪いのか、鷹島が出て行った直後に拓也が入れ違いで訪れたのだ。
拓也は葵を早々に見つけ、

「葵!兄ちゃん来たぞ!…ちょ、ちょっとそこに立って、写真撮らないと」

鼻息荒く興奮しながら、デジカメのシャッターボタンを押しまくり。
周りからクスクスと笑われ、葵の恥ずかしさは頂点に達する。
家族に興奮され、似合っているぞ可愛いぞと言われれば、恥ずかしさどころか嫌気も増した。

その上、周りの女子から小声で、


「齋藤くんのお兄さんって…ブラコンなの?」


と、究極に痛い所を突かれてしまったのだ。
葵は「違くって!これは知らない人!」と無理に言い張って、兄に帰れと促す。
拓也は邪険に扱われたことに悲しくなったが、葵が必死に言うので泣く泣く退散した。
最後に差し入れだと、カツサンドを渡して。


(…ちっとかわいそうなコトしたかな…何か持って帰ってあげるかぁ)


先ほどの出来事を思い出して、さすがに拓也に悪いことをしてしまったと反省する葵。
なんだかんだ言って、拓也のことは兄として好きなのだ。
ただ少し、拓也からのベクトルが強すぎるだけであって、嫌いなわけではない。
しかし、帰ったらまたベタベタしてくるのかと思うと、内心めんどくさがる葵だった。


カツサンドを1つ食べ終えると、葵に向かって足音を立てて走ってくる生徒が1人。
不思議の国のアリスの中に出てくるトランプの兵隊(少々かっこよくしてある)をモチーフにした衣装の竜一が、
きょろきょろと辺りを見渡しながら来たのだ。


「お、竜一お疲れー。もうそろそろ体育館行く?」

「あ、うん…つーか、あれ…」

「うん?」

もじもじと何か言いたげな竜一に、葵は首を傾ける。
頬が桜色に染まり、視線が全く定まらず、唇をもごもごと動かしている竜一が不思議で仕方が無いのだ。
まるで恋する乙女かのような動きに、葵は疑問を浮かべながら、

「どしたの」

と聞けば、竜一は幾度か咳払いした後、消え入りそうな声で葵に聞く。


「…葵の兄ちゃん、帰ったのか?」


竜一は、拓也に会いたかったのだ。
学校でなんてめったに会えないから、どうせならばほんの少しでも話したかった。
以前、メールで自分も仮装をすると言ったら「絶対見に行くから!」なんて返信してきたのに。
葵の姿を必死に写真に残すだけ残して、いなくなってしまった。

だが、竜一のそんな心情など1ミリも知らない葵は、


「あー、うん。帰ったかも」

あっさりと返答。


「そ、っか…」


明らかにしゅんと落ち込む竜一。
視線を床に落とし、薄い唇をきゅっと噛んでしまう。
そんな竜一を見て、さすがに鈍感の葵でもうっすら気づいてしまう。
だが葵はあまり恋愛相談には向いていない人間なので、あっけらかんと疑問をぶつけた。


「そんなに兄ちゃんに会いたかったの?」


純粋な質問に、思わず竜一は唾液を飲み込んでしまう。
しかも飲み込んだ先が気道だったためか、ごほごほと思い切り咽てしまった。
止まらない咳に葵は心配して、竜一の背中を擦ってやる。

「おいおーい、竜一大丈夫かよー」

「だ、ごほ、だいじょぶ…、つか、挨拶したかっただけだから…!」

「ふーん」


別にいいのに、と葵は呟きながらそっと竜一から離れた。
そして、ごそごそと自分のカバンからある物を取り出し、彼に渡す。
それは拓也から差し入れで貰ったカツサンドだった。


「兄ちゃんから貰ったの1コやるよ。
 結構うまいんだーこれ」

「あ…サンキュ…」


ラップで包んである1切れのカツサンドを、竜一は恐る恐る受け取る。
葵が気づいていないのは分かっているが、まるで知られているみたいで少し怖かったのだ。
けれども、自分を気遣ってくれる優しさに竜一の顔は綻ぶ。

ライブの本番前に、気合を入れられるな、なんて思いながら竜一はさっそくそれをほお張った。
拓也の料理を食べるのは初めてではないが、カツサンドは初めてだ。
きっと葵にあげたものだろうけれども、何だか嬉しくて思わずがっついてしまう。
それを見た葵は、相変わらずヘラヘラと笑いながら体育館へ行く準備をする。


「な?うまいっしょ、ソレ」

「…そだな、葵とはホント真逆だよな」

「ンだよそれ!」


確かに俺は料理できねぇけど!とツッコミを入れる葵がおかしくて、竜一は声をあげて笑った。
いつか、葵に拓也との関係を素直に伝えようと、彼はぼんやりと思う。
なんだかんだで優しい葵は、きっと許してくれると信じているから。


「じゃ、行きますか、体育館」

カツサンドを食べ終えると、もう体育館へ行かねばならない時間。

けらけらと2人で笑いながら、クラスのみんなに行って来ると伝えた。
みんなも「がんばれ」なんて、声をかけながらハイタッチをしてくる。
葵も竜一もそれに答えながら「会場を沸かせてやる!」だなんて冗談めかしく騒ぐ。
教室を出て、2人仲良く体育館への道のりを駆け足で向かった。

まるで通勤ラッシュのような人ごみを掻き分けて、音が入り混じりよく聞こえない中で竜一と話す。
けれども、ただ1箇所だけ葵の中で音も人ごみも見えなくなる瞬間があった。
それは数時間前に訪れた、鷹島のクラスの前。

一瞬だったけれども、ちらりとそこを見れば相変わらずクラスの前で女子に囲まれる鷹島が見えた。
あの調子だと、もしかしたらライブになんか来れないかもしれない。
昨日は聞きに行くと言ってくれたけれども、そんな保障は無いのだ。
恋人でも、無いのに。

ツキリ、と音を立てて胸の真ん中が痛くなる。


(…来てくれると、いいな…)


葵は、ぎゅっと拳を握って駆け足のスピードを速めた。
鷹島が来てくれて、ライブが成功して、「よかった」と一言貰えたらそれだけでいい。
それを願い、葵は体育館のステージ横へと飛び込むように駆け込んだ。

楽しい文化祭も、半分を過ぎた。
そしてこれから、葵の中での本番が始まる。

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