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いつもと同じ学校のはずなのに、今日だけはまるでテーマパーク。
校門には美術部が一生懸命作った風船と花とダンボールで構成されたモニュメントが聳え立つ。
そこを潜れば、お祭り騒ぎ状態の生徒と教師たちがお出迎え。


来校してくれた子ども達には、風船と料理部が作ったデコレーションべっこう飴をプレゼント。
葵たちが通うこの高校の文化祭は、大学との連携のためか部活動単位での出し物が多いのだ。
もちろん、クラスの教室はクラスでの出し物と決まっている。
しかし、空き教室や部室、体育館などは全て部活動での出展である。


交代でクラスと部活動とを回ったり、帰宅部やアルバイトのみの生徒はクラスの方に専念したりと大変だ。
それでも充実しているのだろう。
生徒は皆笑顔で、普段話さないような関係でも楽しそうに話したり、協力していた。

その様子を少し距離を置いて、眺める鷹島。
…は、生徒たちに無理やり着せられたフランケンシュタインの様な出で立ちであった。

最初は「俺がやる必要は無い」と拒否していたのだが、
当日になっても女子生徒が騒ぐので仕方なく仮装したのだ。
おかげで、自分の間抜けな格好にほんの少し落ち込み気味である。

だが、そう思っているのは本人ただ1人だけであり、


「鷹島先生!写メ一緒に撮ってください!」

「あの人が有名なイケメン先生…!」

「めっちゃ足長くない!?いいなぁ、このクラス…」


周りの女子生徒や遊びに来た女子大学生、一般の女性などなどは皆釘付けであった。
それもそのはずで、鷹島の容姿はもちろんのこと、衣装が凝りに凝っているのだ。
フランケンシュタインと言えば角刈りのような頭に、ネジやボルトが刺さっている。
だが、鷹島にはあえて角刈りのカツラは被せず、そのままの頭にネジやボルトを模したもので飾った。
顔には縫い目のような線を少しだけ描き、素材そのものを活かす。

衣装はスーツのような細身のパンツと、特徴のあるブルーのジャケット。
背の高い鷹島には、似合いすぎるほどにピッタリだった。

おかげで、鷹島のクラスの出し物であるお化け屋敷には若い女性を中心に、客入り上々だ。
鷹島は生徒達が遅くまで残った努力の証だと思っているのだけれども。


「先生のおかげでうちのお化け屋敷が、クラス賞とれそうです!」

「いや?お前らが残って頑張ったからだと思うが…」


首を傾げて、さりげなく生徒を褒める鷹島。
すると、彼の背後からニヤニヤとバカにしたような笑顔とオーラを放つ存在が現れた。
そのオーラをいち早く察知した鷹島は、強烈に嫌そうな表情を浮かべて振り返る。
やはりそこには、


「大人気だねぇ」


今にも噴出しそうな笑顔で、神城が立っていた。
文化祭で病人や怪我人が出たら困るので、本来なら保健室に居るはずの人物。
鷹島は「この不真面目女…」と内心悪態吐きながら、


「お前は保健室に戻ってろ」

と、内心よりひどい言葉を突きつけた。
だが、そんな鷹島の扱いには慣れているのか、


「大丈夫!学内用PHS持ってるし。
 何かあれば保健室で私の代わりに待機してる中野先生が…」

「また中野先生使ったのか!?戻ってやれよ…」


ケロリと笑顔ひとつ無くさずに、いつも通りの会話を始めた。
そんな2人の姿を見て、鷹島の担任クラスの生徒達以外はざわめき出す。
旗から見れば、夫婦のような落ち着いている雰囲気だ。
恋人もしくは夫婦と勘違いをしていてもおかしくはない。

他校の女子生徒が鷹島のクラスの女子生徒に「あの2人って恋人?」と聞き始めた。
すると、聞かれた女子生徒はケラケラと笑いながら、


「違うよ、大学時代の友達みたいだよ。
 神城先生から鷹島ちゃんの大学時代聞いてさ、マジ爆笑」

クラスには、鷹島と神城が友人同士だったことが浸透してあることを暴露した。
さすがに、元恋人同士とは言えないので、苦しいかもしれないが友人同士と言うことで落ち着いたのだ。
彼らがまだ高校生だったので、納得してくれたのがとてもありがたい。

おかげで、暴露した彼女の周りに居たほかの人々も、納得。
察しのいい大人は、関係があっただろうと感じるも、大体が大人なので何も言わない。
高校教師のラッキーなところは、自分たちの過去に干渉してくるのは同業の教師くらいだという所だ。

だがしかし、干渉だけでは済まされない関係を持ち、感情をも持ってしまった人が1人。


(…あ、鷹島ちゃん、仮装してる!)


以前よりも煌びやかに進化(ステージに立つため)した王子の仮装をした葵が鷹島のことを覗き見していた。
本当は駆け寄って、鷹島ちゃんなにそれウケる!などと言いたいのだが、行くに行けない。
それもそのはず、鷹島は今、神城と楽しそうに話しているのだ。

葵の胸の真ん中にあるもやもやしたものが、彼の心をひどく痛く締め付ける。
嫉妬だと分かっていつつも、止められない気持ち。
唇を噛み締めて俯き、後で出直そうと踵を返そうとした、そのとき。


「おい、齋藤!」


鷹島の呼び止める声が、それを阻止した。
葵はびっくりして肩を跳ねさせつつ振り返ると、鷹島はニヤニヤしながら手招きした。
また意地悪をする気なのだろうと、鷹島と葵の日常を知っている生徒は半ば呆れる。

だが、当の葵は「なんだろう」と内心ドキドキする。
そわそわと辺りを見ながら、鷹島に近づいていった。


「お前、クラスの方は大丈夫なのか」


「あ、うん、喫茶店はしばらくしたら混むからって…
 早い時間に休憩貰った」


鷹島に聞かれ答えたことは、事実。
葵は午後になったら、ライブの為クラスから離れなければならない。
だが、そうなると休憩時間も他のクラスを回る時間も無いため、友人たちが配慮してくれたのだ。
ただし、この休憩時間が終われば、ライブ準備時間まで出ずっぱりである。

なので葵は、最初に仲の良い友達のクラスを一通り回ってきた後、鷹島のところに来たのだ。
意外にも、鷹島のクラスに葵の友達はいない。
鷹島のクラスは真面目な人が多いので、それもあるのだろう。

だから、葵が最後に鷹島のクラスに訪れたのは、鷹島に会いに来た。
ただそれだけの理由だ。


こんな自分が恥ずかしくて、気づかれたらどうしようと不安にもなる。
もじもじとヒラヒラしたマントを弄りながら、葵はチラチラとお化け屋敷の方向を見た。
それには特に何の意図も無いのだが、鷹島は無駄に直感を働かせる。
そして、葵の手首を脈絡なくガッと掴むと、


「時間無さそうだから、コイツと一緒に入れ。
 俺が脅かしてやるよ!
 並んでる人たちには俺から謝っとくから」


神城と一緒に入れ、とおかしな気遣いをし始めた。
ただ単に、鷹島は葵を驚かせたいだけなのだが、今の葵には複雑すぎる心境。
神城のことは教師として好いているけれど、それ以上に好きな鷹島の元恋人という認識なのだ。

好きな人の元恋人と、一緒に嫌いなお化け屋敷に入るなんて。
葵は思わず、我をも忘れて鷹島の手を振り払おうとした。


「いや、嫌だぁあ!!俺、もう時間ねぇし!
 つか、鷹島ちゃんもう外に出ちゃってるから意味無いじゃんか!」

「暴れんな!脅かし方ってのは色々あンだよ」


だが、力の差は歴然だし、鷹島が腕を掴んでいるというだけで葵の力は抜ける。
楽しそうに自分を連れて行く鷹島の表情にも、逆らえない。


(くっそ…!鷹島ちゃんめ…ずるいンだよ…!)


もし、このまま鷹島がどこかに連れて行ってくれるならば、なんて。
女々しいことすら考えてしまうほどに、好きになっている。


「いやいや、ごめんね齋藤クン。
 コイツがさ、齋藤クンのこと大好きすぎて優先してるのさ」


だが、葵にとっては複雑なのが一緒に回るのが神城というところ。
神城はケタケタ笑いながら、そんなことを言ってみせた。
なんとなくだが、葵は神城の本来の性格がわかってきた。

普段はおっとりとした話し方なのだが、鷹島と時々葵の前では話し方が少し違う。
男っぽい話し方というか、変わった話し方をするのだ。
それも年配っぽい、強いて上げるならば国民的ネコ型ロボットアニメキャラクターのような。



「神城先生、冗談キツいっすよー」

「何を言ってるんだい、まんざらでもないだろ?」

「…それより、俺たちマジでお化け屋敷入っちゃってるンすけど…」


鋭いのか、からかっているのか。
どちらか分からないが、葵は神城の言葉を逸らして、自分達の状況を恐れた。
鷹島が並んでいる人々に誠意を持って謝り、葵と神城を先に入れたのだ。
彼の姿と、性格が成せる技だ。

あっという間に、葵と神城は足元だけが微かに照らされているものの、真っ暗な教室へと入らされたのだった。

外とはうって変わって、シンとした教室。
所々うっすら明かりが漏れていて、それがまた恐怖をそそる。

葵はゴクリとひとつ生唾を飲むと、神城の前でかっこ悪い所を見せないよう背筋を伸ばした。
なんだかんだ言いつつも、相変わらず綺麗な女性には弱いのだ。


「か、神城先生、俺がリードしますから!」「だいじょうぶ?手が震えているけども」

「こ、ここ、寒いからっ!」

だが、相変わらずお化け屋敷にもとことん弱かった。


進めば進むほど、凝っているお化け屋敷。
普通はボンド臭いはずなのに、生臭い。
恐らく魚などを置いているのだろう。血なまぐさいのだ。
片付けは大丈夫なのだろうか、と神城は心配しつつも、


「うう、な、なんか生臭くないっすか?」

「多分、…あそこの生首が…」

「ひぎゃああああ!!」


よくあるトリックで生首を演出し、わざとらしく笑う生徒を指差す。
怖がりの葵には効果は抜群。
お化け屋敷が一番求めている、素晴らしい悲鳴を上げてくれた。

その様子に、神城はケラケラ笑い、周りに隠れていた生徒達も思わず噴出してしまう。
葵は笑われたことにムッとして、ちょっと驚いただけだし!とムキになる。
その先に、鷹島が待ち受けているとも知らずに。


数々のトラップにビビりつつ、ようやくゴールが見えてきた。
もう葵の脳内は「出口出口出口」の文字で埋め尽くされている。
そんなかわいい生徒を横目でニヤニヤと見つつ、神城はそっと鷹島のために配慮をした。
それは、たいしたことのない些細なこと。

葵を、右の壁側に立たせただけ。
すると案の定。

「ぎゃ!?」

葵の頼りない足首が、血みどろの手によって掴まれた。
過去、陸上部の合宿でもされた手口だ。
だが、葵にはそれが強力なトラウマとなって根付いている。
そのためか、一気に腰が抜け、ガクガクと膝を泣かせながら彼はへたり込んだ。


「か、かか、神城せんせ…たてな…」

「ありゃりゃ!?腰が抜けたのかい…
 おーい、齋藤クンの足首を掴んでいるセクハラ教師、離しなさい」

自分も協力して仕組んだというのに、神城は鷹島にヒドい言葉を投げる。
案の定、「セクハラじゃねぇよ!」と軽く怒りつつ鷹島は出てきた。
もちろん、葵の足首を離してから。


「おいおい、本気でビビったのかよ…
 大丈夫か?漏らしてないか?」

「してねぇよ!鷹島ちゃんのアホ!変態!」

「変態ではないだろが!」


相変わらずの言い争いをしつつも、鷹島は葵のことを軽々と持ち上げる。
いつもの俵担ぎではなく、抱っこに似た形で。
半泣きの葵を抱っこしながら、「もう出口だからな」と慰めた。
そんな姿を見て、神城がニヤニヤしているとも知らずに。


(くそ、はずい…!!)


腰を抜かすわ、鷹島に抱っこされるわで、葵の脳内はもうパニック一色。
周りに冷やかされつつも、鷹島に大事にされている気がして嬉しいのだ。
抱っこされるのは、夏休み最後の祭りの後以来。

きっと鷹島は、特別なことは何も考えていないのだろう。
葵はこうしている間にも、鷹島の体温や質感、香りにドギマギしているというのに。


暗い教室を出るまでの間、葵は息を潜めて鷹島の呼吸を聞く。
とても静かな呼吸音に葵の心臓は、ひどく煩い。
隣から、神城のからかう声が少し聞こえるがそれすらも気にならないほどに。


やっと出口をくぐり、眩しい位に明るい廊下に出た。
瞬間、葵も薄々勘付いていたが、周りにいた生徒たちがどっと詰め寄ってきた。
それもそのはず。
あの、いつも戦っている(という印象を受けている)鷹島と葵が。


「うわ!齋藤君が鷹島ちゃんに抱っこされてる!」

「中で一体何があったの!?」

「てか神城先生めちゃくちゃ笑ってるけど」


まるで親子のように抱っこし、されているからだ。
葵は一気に頬から耳まで真っ赤にして、ばたばたと暴れ始める。
鷹島の頑丈な肩をガンガンとパンチしながら、

「おろ、降ろせよー!鷹島ちゃんのアホッ!
 ハズいんですけどっ!」

「あ?叩くな痛ぇ!お前が腰抜かしたからだろうが!」

「ぎゃー!言うなって!」


照れ隠しに、ムキになってみせた。
恥ずかしくってたまらなくて、もう鷹島を殴っている事実など頭になかった。
鷹島は、葵に拒否されているということに少し落ち込む。
だが、これ以上殴られても痛いだけなので、「ったく…」とため息を吐きながら降ろした。


鷹島から離れて、ほんの少し寂しいけれどもホッとする葵。
ふと、廊下にある時計を見ると、休憩時間のリミットを5分も過ぎていた。
ぎょっと目を丸くさせ、葵は腰を抑えながら慌てて自分の教室へとダッシュする。
遠くから、「齋藤くん!!」と怒りに満ち溢れる女子の声が聞こえる方向へ。

王子様の服で、慌てながらひょこひょこ走る、間抜けな葵に。
鷹島はこれ以上にない、楽しそうな笑顔で声をかけた。


「後で、お前ン所行くから、それまでにへっぴり腰治しとけよ!」


特別扱い。
されているようで、葵の胸は高鳴る。


「…鷹島ちゃんには1万円のスペシャルパフェを用意すっから!」


その高鳴りを誤魔化すように、憎たらしい言葉を投げて周囲を笑わせた。
相変わらず仲が面白いね、と不思議なことを周りに言われながら。


文化祭は、まだ始まったばかり。

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