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校内はすっかりお祭りムードで彩られる、文化祭前日。
みんな浮き足立ち、そわそわしているのが目に見えて分かるほどである。

下校時刻ギリギリまで、明日の準備に取り掛かるクラスもあれば、
さっさと切り上げて明日のために帰るクラスもある中、葵はというと。


(あー…マジ緊張してきた…!)

1人で、軽音部の部室(視聴覚室の奥を勝手に使っている)でうだうだしていた。
自分のクラスの準備が終わったので、部活のほうに来てみたがこちらも何も無かったのだ。
かと言って、早々と家に帰ってもそわそわし続ける。
自宅で悶々とするよりは、最後の最後まで練習して落ち着いたほうがマシと考えたのだ。

そうと決まれば、早速練習開始。

愛用のエレキギターを持ち出し、弦をただ弾くだけの練習。
あまり大きな音を出してはいけないので、形だけでもと考えた結果だ。
足を軽くタップして、リズムを取る。
出ない音は、自分の声でカバーして一連の流れを完璧にした。


(うん、この曲は大丈夫だな…)


流行の曲を、ロック風味にカバーしたものはもう大丈夫。
葵は満足して、部室に来る前に買ったジュースを一気飲みした。


電気も点けない部室は、不思議な空気に包まれている。
その中で1人、空の缶を持ちながら天井を見上げていた。



頭の中で、何度も何度も曲をリピートする。
しかしそれは、先ほどまで練習していたカバー曲ではない。

明日初披露する、葵が作詞作曲したオリジナルの曲だ。
正直言って、こちらの曲のほうがとても不安で仕方がない。
何しろ学生の自作曲なのだ。
観客にどう反応されるかは、ネガティブな方向にしか想像できない。


(やっぱ、ドタキャンすっかなぁ…いやでもな…)


本番前のブルー状態が、葵を襲う。
最近まで鷹島のことで悩んでいたので、それが尾を引いたのだろう。
落ち込みやすい心になってしまったのだ。


机に突っ伏して、思い切りため息を吐く。
吐いた息が自分の顔に当たって、それを吸う。
ため息を吐いて吸ってを、無意識に繰り返していた、そのとき。


「…楽譜ってこうなってんのか。
すげーな」


耳元で、違う息と声が静かに響いた。


瞬間、葵の心臓がどっくんと勢いよく跳ねる。
それはそのまま彼の神経につながり、葵はがばりと起き上がった。

「うお、あぶねっ」


おかげで、声の主は頭突きをされそうになり、慌てて避ける。
びっくりした、だなんて葵のほうが驚いているのにそんなことを呟いて。

「な、なんだよ…びっくりしたのは俺の方だし!
つーか鷹島ちゃん最近いきなし現れすぎだっつの!」


しかし、鷹島が来てものすごく嬉しい葵。
鷹島との距離が近いだけで、心臓は勝手に心拍を速めるのだ。
ぎゅっと胸の辺りのシャツを掴みながら、その心をごまかす様にムキになった。

そんな葵を、鷹島は呆れたように見つめて、


「ンだよ人を幽霊みてぇに…今日の見回り当番俺なンだよ。
いいからお前は早く帰れよ」


いつもと同じように、葵に帰宅するよう促した。
促したというよりは、口の悪い命令だがそろそろ下校時刻なのだ。
もう日も落ちそうになっている。無理もない。

それでも、葵は「はいわかりました」と言わずむくれたまま。
鷹島に冷たく命令されたことと、好きな気持ちが入り混じってムカムカしているのだ。
口を尖らせつつ、「はーい…」と小さな声で片づけを始める。


(なんだよ…ムカツくなぁ、鷹島ちゃん、俺のことなんてほっときゃいいのに)


好きだということを、認めて頑張ろうと思っていたのに。
けれどもやっぱり、葵は忘れたいのだ。
ギクシャクしてしまうし、何より叶わないと分かっているから苦しい。

喉奥でつっかえる様な、もやもやした気持ちを我慢しながら帰り支度に専念する。
鷹島のほうを見ないように、見ないようにとしながら。
だがそれが、葵にとって最悪な事態を招いてしまう。


葵が帰るまで、音楽室を出れないのでなんとなくウロウロする鷹島。
ぼんやりと機材を眺めたり、思わず葵の後姿を見つめていたのだが、


(…楽譜か…)


机の上に放置してあった楽譜に手を伸ばしたのだ。
音楽があまり得意ではない鷹島にとっては、分からない音符の羅列。
その下には薄っすらと書いてある詞がある。
メロディーは分からないが、詞くらいは見ても分かるだろうとまじまじと読み始めた。


「…鷹島センセ、用意終わったけど…って!?」


少し読み進めていたその時、帰り支度を終えて振り返った葵がそれを発見してしまう。
ぎょ、と目を丸くした葵は、顔を真っ赤にして鷹島から楽譜を奪い取った。
楽譜が破れるんじゃないかと思うほどの勢いだったので、鷹島も同じように目を丸くする。


「なんだよ、いきなり」

「なんだよじゃねぇよっ!ダメなんだって、これは…!あーハズいー!!」


ぎゃあぎゃあと、喚きながら走り回る葵。
どこまで読んだんだよもう!と、ついうっかり敬語を忘れてしまうほどに。
そんな葵に軽く呆れながら、鷹島は大きく溜息を吐いたあと、


「最初の方しか読んでねぇよ…てかそんなに恥ずかしがることか?
 なに、アニメソングなのかそれは」


意外と興味があるのか、色々と葵に尋ねる。
アニメソングだったらどれほどよかったか、と葵は頬を真っ赤にしながら少し口を尖らせ、呟く。

「…俺の、作った曲…」

本当は、言いたくなかった。
鷹島に、このことを告げるのは半ば告白に似ているからだ。


最初は、ただ単に「今までの経験」なんて謳って書いていたけれども、書き改めてからは違う。
鷹島への想いを、彼なりに言葉を付けて歌にしたのだ。

恥ずかしいし、情けないし、どうしたらいいか分からない。

いつ、どのタイミングで「引くな」とか言われるのか葵は心臓を跳ねさせながら耐える。
だがひとしきりの無言を過ぎれば、鷹島の口から出た言葉は。


「文化祭で発表する曲か。
 自作の曲を発表すんなら、部活らしくていいんじゃねぇか」


なんとも教師らしい言葉と。


「面白そうだから、聴きに行ってやるよ」


少しだけ意地悪な、鷹島の言葉だった。



葵の胸の真ん中が、不思議な音を立てて締め付けられる。
それは、痛いほどに。



震えそうになる唇を、ぎゅっと噛み締めた後、葵は消えそうな声で彼に向かって呟いた。

「…順番は、3番だから…」

その小さな声を聞き逃さず、鷹島は「分かった」と頷く。
薄っすら笑みを浮かべた鷹島の表情を見て、葵は心の底から嬉しいと思えた。
持っていた楽譜を、くしゃりと握り締めてしまうほどに。


「…と、とにかく!
鷹島ちゃんは明日俺のクラスとライブに来て沢山貢いでね!
鷹島ちゃんのチケ代だけ、2万円だからっ」


「は!?高っ!!」


不思議な甘酸っぱい空気から逃げ出したくて、葵は唐突にふざけてみせる。
ふざけんな給料日前に、と大人気なく怒る鷹島を笑いながら、荷物を持って音楽室を飛び出した。
けらけら笑いながら手を振り、何事も無く出て行った葵。


(…なんか、最近避けられているような気がするな…)


その姿が出て行ったことを確認して、鷹島は深い溜息を吐いた。
以前までは、少々減らず口を叩いたりふざけてからかってきたりはするものの、こんなに離れていくことは無かった。
むしろ段々に近づいてきて、好意を見せるような感覚するあったのに、今はさっぱりだ。


もう一度、深く溜息を吐いて鷹島は頭を抱えた。


(何を落ち込んでンだ俺は…大体、犯したヤツにまたキスでもされたら、避けるだろ普通…!)


忘れたふりを、知らないふりをして普通に葵に接していたものの、気づいているのだ。
思わずあんなことをして、葵が自分に気持ちを許すわけが無いのだと。
夏休みが終わる前から、時折鷹島はこのことを思い出しては頭を抱え込んでいた。
それでも、葵に会うと思わず声をかけたくなって仕方なくなるのだ。
分かっているのに抑えきれない衝動が怖くなる。そして葵に、会いたくて仕方ない自分に。

誰もいない音楽室。
夕焼けは当に落ちて、外灯だけが薄っすらと辺りを照らす。
そんな中で、葵は1人机で突っ伏していた。

何を思っていたのだろう、と気になると同時に湧き上がるのは悪戯心。
あのとき、楽譜に興味を移さなければ恐らく鷹島は彼の華奢な背中に手を伸ばしていた。


(…さっさと帰って、寝るか…)


小さく頭を振って、一時的に葵のことを忘れる。
明日は文化祭だ。教師として、安全に楽しく生徒が文化祭を楽しめるようにしなければならない。
大きく息を吸って飲み込み、一気に吐き出して気合入れ。
勢いよく立ち上がり、出口の扉まで一気に早足で向かった。


一方その頃、葵はというと既に校舎を出て自転車小屋の端っこに座り込んでいた。
いつもは徒歩とバスなのだが、遅く帰ろうと思っていたので珍しく自転車で登校していたのだ。
けれども、今はまだ自転車に乗って平静に帰ることができない。

ドクドクと彼の心臓は鼓動を速めることを止めない。
その血液は全て頬に集まったかのように、葵の顔は耳まで真っ赤だった。
勝手に涙がじわりと滲む。


そして、締め付けられる胸の痛みに唇を噛みながら心の中で何度も叫ぶ。


(あー、バカ、バカじゃね、本当…!
 あんなにイジワルなくせに!
口うるさいだけなのによ…!

なんで、神城センセとまた会っちゃったんだよ…)


神城と鷹島が再会していなくとも、この恋が叶う訳がないと思っているのに。
優しくされればされるほど、構ってくれるほど、どんどん鷹島が好きになっていく。
同時に神城のことを妬ましく思ってしまう。
そんな自分に嫌気がさす。いくら嫉妬は仕方ないとは言え、まだ制御なんてできない。

流れ落ちそうになる涙を塞き止めるように、葵はぎゅうと目をつぶる。
そして、心の底から自然に出てくる想いを呟いた。


(…好きだ…、鷹島先生のこと、)



葵の作った曲のタイトルは、片恋。
明日、鷹島の前でこの曲を完璧に歌おうと彼は誰にでもなく誓った。


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