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「…その日から、俺バカだからさ。
教師も、…男も嫌いになったなぁ。
男しか好きになんねぇのに、男嫌いだったな…」


竜一は、一通り過去の話を暴露すると、葵に力無く笑いかける。
昔の俺とちょっとだけ似てンね、なんて優しく力づけながら。
そんな竜一を見て、葵はぐっと拳を握り締める。
先ほどまで間抜け面だった顔を、男らしくキッと引き締め、


「その松井って先生が最悪じゃねぇか!
だってさ、自分は偏見持ちませんとか言っといて、なんつーの?
自分のことになったら俺そういうのマジ無理みてぇな態度!」


松井への怒りを捲くし立てるように叫んだ。
まるで自分のことのように、眉間に皺を寄せて怒る葵を見て、竜一はあっけにとられた。
そんな竜一の細い肩を、葵はがしっと掴む。


「竜一は俺とは違う!」


真剣な眼差しで、何度か首を振った。
その言葉と眼差しに、なぜか竜一は心を痛める。
自分は真性ではない、と言い張っているのだろうと思ったからだ。
無意識に泣きそうになって、竜一はとっさに俯いた。
ごめん、変な話してと小さく言う竜一。

すると、葵は慌てて手を離すと、


「そういう意味じゃなくって、
俺みたいにうじうじ逃げてねぇじゃん?

こんなさ…本当に好きなのかどうかも分かってないのに、
泣いたり逃げたりしてる俺とは、違うじゃん…」


自分の気持ちに素直になった結果、男性を嫌いになった竜一と、
自分の気持ちも閉じ込めて無理やり鷹島を嫌いになろうとしている葵。
好きになったのは同じ男性で先生であろうとも全く違っていた。

竜一の話を聞いて、葵は気づいたのだ。
気持ち悪いなんて決めているのは、結局他人からの視線でしかない。
鷹島のことを好きなことが気持ち悪いのだろうか、と考えると。

好きになって気持ち悪い、というような男ではないのだ。

いつも葵に怒鳴るようにして怒るけれど、本当は優しい男だ。
昔から変わらない、葵のことを大切にしてくれるところもある。
そんな男を好きにならないはずがなかった。

男を好きになったことはおかしいかもしれない。
けれど、竜一もそうであるように男だから好きになった訳じゃない。
ちゃんと理由があって、「その人」を好きになっていた。


そのことに気づいた葵は、ほんの少し安堵する。
けれどもやっぱり、自分のうじうじする所への嫌悪感はぬぐえない。
そんな葵の気持ちに気づいたのか、今度は竜一が葵の肩をぐっと掴んだ。


「俺も、好きになったらうじうじするし!
逃げたり、泣いたりもする。
女々しいって思って自分きめぇ!ってもなっから…」

だから、葵は気持ち悪くねぇよ。


じっと、葵の目を見て竜一は真剣に伝えた。
同じように同性を好きになったからこそ分かる、自分への嫌悪感。
それはおかしいことじゃないと、竜一は必死に伝えた。


「…竜一…」

真剣な竜一の眼差しと、肩から伝わる手のひらの体温。
1年の頃からの付き合いだけれども、こんなに真剣な竜一を見るのは初めてだった。
なんだか、それがとてもおかしくて。


「…ははっ、俺ら、やっぱ似てるよなぁ」


肩を揺らして笑いながら、葵は自分も同じように竜一の肩を掴む。
心底嬉しそうに微笑みかけながら、ゆさゆさと竜一を揺すった。
うわあ、といきなりのことに驚く竜一を見つめて、

「サンキュ、竜一!
りゅういっちゃんのおかげで俺、何か頑張れそ!」

当たって砕けろが俺の理念だし!なんて訳の分からないことを言いながらカラカラと笑った。
向日葵みたいな笑顔をする葵を見て、竜一も思わず噴出す。
細めの目が、弓張り月のように細く描かれる。

自分の言葉で、葵が笑顔に戻ってくれてとても嬉しいのだ。
竜一は、彼の友達だから。


しばらくの間、2人が会話もなくただただ笑っていると、竜一があることに気づく。
自分の性癖を暴露したというのに、葵は何の警戒も無く自分に触っている事に。
竜一にとって、葵は友達以上も以下も無い。
本当に大切な大切な友達である。けれども、打ち明けた今、線引きが必要だ。

葵を傷つけるかもしれないと思いつつも、竜一は震える手でそっと彼の手を自分の肩から外した。
そんな竜一の行動に、葵はふと笑うのを止めて、目を丸くする。

いきなりどうした、と言い掛けた葵をそっと制する竜一。


「いや、嫌だろ?
俺、いわゆるホモだし。
いやさ、俺にとって葵は友達だからそんなことは無いんだけど…」


自分で言っておきながら、友人に距離を置かれるかもしれないという恐怖に額から汗がにじみ始めた。
手の甲で小刻みに拭いながら、竜一は無理をして笑う。


(俺、さっきから葵を困らせてばっかじゃね…)

懸命に悩んでいる葵に、唐突に暴露をして、変に距離を置いたのは竜一自身だ。
自分の数分前の行動を、ひどく後悔し始めた。
だが、そんな竜一の気持ちなど分かりきっている葵は、外された手をまた彼の肩の上に置いた。
そして、また同じように向日葵みたいな笑顔を向ける。



「俺も同じだし!竜一は大事なダチ!
確かに最初はスゲーびっくりしたし、信じられなかったけどさ…
俺にひどいことした訳でも、裏切った訳でもねぇじゃん?」


ていうか、暴露してくれて俺はスッキリしたけど!
なんて、おどけてもみせた。


竜一が思っているより、葵はこのひと夏でいつのまにか成長していたのだ。
そして、前から持っていた優しい気持ちが、鷹島のおかげでもっと広くなっていた。
きっとそれは鷹島のおかげなのだな、なんて竜一は薄っすら感づく。
それと同時に、こういう所は本当に拓也とそっくりだ、なんてことも思った。


「なんか、ありがとな葵…
俺が慰められちゃった感じ?」


竜一は、もう作り笑いをすることを止め、素直にくしゃっと笑った。
先ほどまで陰りを作っていた雲が、いつの間にか消えていたのはそれと同時だった。



「さて、練習に戻らないとなー…。
あ、そういやこういう事聞くのもあれだけどさ。
竜一って、これから先ずっとフリーで行くの?」

天に向かって思い切り伸びをする葵が、ふとそんなことを聞く。
友達として、心配なのだろう。
きょとんとした顔をしつつも、いつもより少し眉尻が下がっていた。

竜一も同じように伸びをしながら、呟くように返事をする。


「…いや、…実は俺付き合ってる人いる。…男」

相手はまたそのうちな、とはぐらかしながらも正直に答えた。
葵はまさかの展開に、伸びをしたまま天を仰ぐ。
1人で叫び悶えながら、


「…うそ!?フリーだと思ってたのに…!
これで恋人無しはガチで俺だけじゃん!」


相変わらずな反応をしたのだった。
葵のウザいところである。
そのウザさに、竜一はなぜか安心してしまったのだが。


「くっそー…俺もラブラブしてぇ…!!」

「落ち着けよー葵ー」

すると、葵はあまりの劣等感に思わずそのまま後ろに倒れこむ。
硬いアスファルトに、軽く後頭部をぶつけつつも、痛みも気にせず四肢をばたばたさせた。
一見、頭が弱くなってしまった人なのかと思われるような行動に、竜一はもう呆れすぎて止めもしない。
先ほどまで、友情という名の熱い会話をした人物とは思えないのだ。



「あーイケメンに生まれ変わてーなー」


なんて、どうしようもないことを愚痴っていると。


「疲れで頭が沸いたのか?」


頭上から、真面目な声色でひどいことを言うバリトンボイスが降ってきた。
葵の頭の両脇に足を置き、腰を折ってじっと葵の顔を見つめてくる男。
そんなことをするのは、この学校で、いやむしろこの世界でただ1人。


「た、鷹島ちゃん…!?いきなしなんだよ!?」


先ほどまで話題の中心人物だった、鷹島だ。
鷹島は何食わぬ顔をして、葵の肩を足で小突きつつ、眉間に皺を寄せる。


「ンな所で寝てねぇで、さっさとステージ準備しろよ。
お前が演奏する所だろうが。しっかり作れ。
まあ、齋藤は不器用だから俺が特別サービスしてやるから」


怖い顔をして、ひどいことを言いつつも結局は優しいのだ。
葵はそんな鷹島に、また胸を狭くするような想いを抱く。
きゅう、と締め付けられる痛みに耐えながら、ごろりと横になってから勢いよく立ち上がった。

隣で心配そうに見つめる竜一に、そっと「平気!」のアイコンタクトを送りつつ、


「言われなくてもしっかりバッチリ作りますー
鷹島ちゃんこそ、バカ力でステージ壊すなよっ」

いつものように、チャラい反抗をしてみせた。


「ああ?誰がバカ力だって?」

案の定、鷹島に頭のてっぺんめがけてチョップを落とされると知っての反抗だ。
こういう暴力に似ているけれど、スキンシップが嬉しくて仕方ないのだ、葵は。


「いって!そういう所だっつの!
鷹島ちゃんが暴力教師って、高澤教授に言ってやる!」

「うげ、バカそれはやめろ!」



ばたばたとうるさい音を立てながら、走り回る2人を、竜一は呆れたように見つめる。



(…なんだ、鷹島センセはそういうことか…)


もうすぐ文化祭。
葵のために、色々と協力してやろうと竜一は心に決めた。
自分を真っ直ぐ見て、認めてくれた親友のために。

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