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葵は、図星を突かれて脳内がパニック状態になっていた。
自分でも忘れてしまいたいと思っていた恋心を、見破られたのだ。
動揺するほど、その想いはハッキリしたものだから。

けれど、それを友人に打ち明けられるほど、この想いに前向きじゃない。

竜一が無言で隣に座るなか、葵はどうしようかと無言を貫く。
2人の間には、少し冷たい秋風が音を立ててそよぐだけ。
その沈黙を、先に破ったのは、


「…はは…俺、ンなに分かりやすかった?」


無理やり繕ったヘラヘラした笑顔の、葵だった。
隠そうとも、誤魔化そうとも思ったけれど、自分には無理だと悟ったのだ。
だって、今にでも涙が零れ落ちそうに辛い。
それは竜一のことを、とても信頼しているからだ。
彼の前で嘘を吐けるほど、葵は器用ではない。

けれど、やっぱり竜一の視線が、怖かった。
友達が男を、しかも教師を好きになるだなんて、きっと幻滅されてしまうから。
葵はそれがとても怖くて、先に自ら予防線を張る。


「夏休み結構会ってたからさぁ、気の迷いっつーの?
マジ俺キモいよなー、うん…文化祭で絶対彼女作っから!」


自分で発した言葉のはずだったのに、それはひどく浮いていた。
まるでどこかのスピーカーから発せられる音のように思える程に。
それは、その言葉を受け取った竜一にも同じことだった。

上辺だけ繕った嘘の言葉だから。

乾いた笑いが徐々にフェードアウトしてゆく。
ムリに作った笑顔が強張り、葵はまた唇を緩く噛んで俯いてしまった。
静かすぎる空気が、2人を包み込む。

しかし、次にその空気を破ったのは葵と同じように俯く竜一だった。


「キモくなんかねぇよ」


眉間に寄せられた皺と、普段見せないような歪んだ唇。
そんなことはないと言っているはずなのに、まるで「気持ち悪い」と言っているかのようだった。
その表情を見て、葵は頭のてっぺんから足の爪先まで血が流れ落ちるのを感じる。

竜一はとても優しいから、自分に気を使っているのだろう。
と、葵は勘ぐってしまったのだ。
震えそうになる右手を、同じく震えそうな左手で握り締めながら葵は息を止める。
何を話せばいいか、分からないから。

すると、竜一はそのまま同じ表情で、


「…俺も、おんなじだったし。
…というよりは、少し違うけど、同じだし」


彼の人生のなかで、隠し通しておきたい事実をはっきりと葵に告げたのだった。



「…え、」


葵は思わず素っ頓狂な声をあげる。
いつの間にか腕の震えは止まり、今はただ、竜一からいきなり告げられた事実を飲み込めずにいた。
それが表情にも表れていたのか、葵の顔を見た竜一が力無くへらっと笑う。
普段から細めの目が、更に細く見えなくなる。


「ごめん、いきなり暴露しちまって。
俺さ、実は女の子好きじゃねぇの。
いや!友達としては好きだよ?…恋愛対象は、」

ずっと昔から同性なんだよ。


まるで、「昨日の晩飯はハンバーグだったよ」と言っているかのようだった。
自分が思ってた常識と、現実がひどく離れているとまるで世界の常識かのように聞こえたのだ。

葵は、ぽかんと口を開けたまま「…うん」と間抜けな返事をする。
表情も間抜けで、せっかくの綺麗めの顔がひどく台無しであるのも気づかずに。
そんな間抜けな葵に、軽く微笑みかける竜一。
竜一は自分のふわふわな髪をわしわしと右手で掻きながら、自嘲するかのように話し始めた。


「俺、もさ。
中学ン時に担任好きになったんだよ」






それは、竜一が中学3年の春の頃だった。
彼が同性にしか恋愛感情を持てないと自覚したのも、その頃である。
周りが、どの女子が好きだとかどの女子をオカズにしているだとかで浮ついている中、自分はどうも興味を持てなかったのだ。
竜一にとって、女子は友達以上の何でも無く、ましてや性の対象になりえない。

思春期真っ只中な竜一は、それが悩みの種であった。


(…俺、おかしいのか…?
美紀ちゃんといると楽しいけど、キスとかしたくねぇし…
どっちかってと、和宏の方が…え、俺…)


中学三年ともなると、TVや雑誌の情報をしっかと吸収している時期。
子どもの頃は意識していなかったが、それが「同性愛」だということを薄っすら感じた。
しかし、それが「気持ちの悪いことである」と印象付けられている竜一にとって、恐怖でしかない。
どうにか周りと同じにしなくては、と焦った結果は、


「おし、ここなら誰も聞いてないぞ。
先生に言ってみな」


2年から担任になった、教師の松田に相談することだった。
当時、松田は若くて気さくな教師として、クラス全員に好かれていた。
悩み相談をする生徒も多く、まさに良き教師として有名だったのだ。

顔も爽やかで、表情も柔らかい松田は女子からもとても人気だ。
そんな松田にこの悩みを打ち明けるのは、ひどく怖い。
しかし、精神的にも幼かった竜一は自分の心の中に押し込めておく器用さは、無かった。

ごくり、と大げさに唾を飲んで、竜一は震える声で打ち明ける。


「お、俺、どうしても女子を好きになれないんです…
なんか、男子の方が好きだなって思えて…どうやったら、直るんですか…」


松田の担当教科である、歴史資料室の隅。
そこで竜一は、膝を抱えながら松田に相談した。
松田は、初めは驚いた表情をしていたが、ゆっくりといつもの真剣な表情に戻してゆくと、


「…直さなくても、いいんじゃないか。
まだ青木は15歳だから、これからどんどん色んな人を好きになる。
それでもずっと男子が好きだったら、好きなままでいいと思うぞ。
お前の人生だ、無理して直さなくていいと先生は思う」

ツラかったな、と優しい言葉をかけて竜一の頭をふわりと撫でた。
松田の言葉は幼い竜一にとって、魔法みたいな音がした。


その日から、竜一はなるべく松田の手伝いをするようになり、歴史のテストも高得点を取り続けた。
もっと松田に褒めてもらいたい、話がしたい、撫でて欲しい。
妹の買っているティーン雑誌を見て、年上男子にはどうアプローチ?なんて役に立たない知識も得た。

松田と一言交わす、それだけでその1日が世界中の幸せだと思えるほどに。


けれども、幸せな日々は着々と終わりに近づく。
桜が芽吹きそうになる3月、彼らは無事に卒業式を迎えたのだ。


クラスメイトが、最後にと片想いの相手に告白したり、第二ボタンを受け取ったりしている中。
竜一もそれに感化されて、決死の思いで松田を人気の無い所に呼び出したのだ。

「青木も卒業かぁ。
夕陽ヶ丘は遠いけど、毎朝早起きして頑張るんだぞ」


卒業式で泣きはらした目を細くして、くしゃっと笑う松田。
その笑顔が大好きで、竜一は胸を高鳴らせる。
フラれてしまうだろうと分かっていても、止まらなかった。

意を決して、竜一は声を上擦らせながら半ば叫び伝える。


「俺…、先生の事ずっと好き、…だったんで、す…」

流れる風の音が、最後の言葉を少しだけ掻き消した。
けれどもしっかりと伝わった「好き」の意味。
生まれて初めての告白に、竜一は顔がひどく火照っていくのを感じた。

だがしかし、告白を受けた松田はと言うと。


「あ…、うん…え?…俺?」


今まできらきら輝いていた笑顔なんてどこにも無くて。
驚きのあまりへらへらしながら、「まいったな…」なんて呟く普通の男でしかなかった。
しばらくの沈黙の後、松田は何故か両手を叩いて、


「…ごめん、うん
俺より良い男がいるから、な?
竜一はまだ若いし、顔整ってるし!」


初心な竜一の心を、抉るような優しいフォローの言葉をかけたのだった。
松田なりに、傷つけないように断りたかったのだろう。
だが、その優しさは竜一を傷つけないようにするものではなく、自分が嫌われたくないだけの言葉だ。
上辺だけの優しさに、今まで積み重ねていた松田へのきらきらした想いが全て、全て崩れてゆく。


竜一は何も言わず、零れ落ちる涙を拭いもせずに松田に背を向けた。
えっ!?と驚いて叫ぶ松田の声を遠くで聞きながら、竜一は嗚咽を飲み込んで走る。


(俺、ばっかじゃねぇの!?
なんで告白してんだよ?なんでアイツを好きになったんだよ!?
元々、おかしいのに、なんで…!)

ぐるぐる、自分と松田両方を責めながら自宅まで一心不乱で走り続けた。
肺が痛くなっても、呼吸がうまく出来なくなっても、広がり続ける胸の痛みよりは、楽だったから。

ぼろぼろになって帰宅し、自室のベッドに倒れこんだ竜一。
尚も続く嗚咽を誤魔化すように、はしたないと分かりつつも布団を力いっぱい噛み締めたのだった。



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