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文化祭まで、あと2日。
今日はクラスの手伝いをした後、葵達は視聴覚室で最後の追い込みに励む。
自作の曲もほぼ完璧に仕上げたし、カバーも練習を幾百回レベルでした。
さすがに喉を痛めるまで、とはいかないのでほどほどのところで練習を終える。


メインボーカルである渚が喉が少し痛くなってきたとのことだ。
今日はここまでにして、ステージ作りに励む先輩達に挨拶へ向かうことにした。


因みに、葵たち軽音部や映画研究部など少々小さい文化部は第二体育館を使用する。
第一体育館は吹奏楽部や演劇部など、大きく尚且つ保護者向けの文化部が使用するのだ。
よって、葵たちは第一体育館に比べれば少々小さめの第二体育館で演奏をする。
それでも別の市内にあるライブハウスよりは大きいのだけれども。


大学のサークルメンバーが、一生懸命機材の配置について話し合っている最中、
葵たちは「お疲れ様です」と労わりながら挨拶をした。
すると、彼らは一旦作業を中断して葵たちの下へ集まる。
ついでに手伝いをしていた映画研究部も一緒に、当日の打ち合わせをするためだ。


当日のプログラムでは、彼らの演奏及び上映は午後の中途半端な時間。
吹奏楽部や演劇部の公演を避けた時間帯を選んだためだ。
まずは、大学のサークルメンバーが場を暖めてから葵たちが演奏をする。
軽音部に所属しているバンドは3つ。その中でも、葵たちのバンドはトリを勤めるのだ。


立ち位置だとか、出るタイミング。
機材の場所などを教えてもらい、実際に立ってみて演奏する感覚を掴む。
前日のリハーサルのために、一度通してみたりと彼らはステージのために真剣に取り組んだ。

葵は、他の女子バンドの子たちとどんな曲をやるのか話しながら、自分に出来ることを探す。
今までこんなに本格的なステージで演奏をしたことがないのだ。
楽しみで仕方なくて、思わずそわそわしてしまう。


「…おい、ガムテープこのくらいあればいいのか」


すると、少し遠くで鷹島の声が聞こえた。
先ほどまでそわそわしていた葵の動きが、ピタリと止まる。
無意識に素早く声のする方へ振り返れば、鷹島が大学生にガムテープを持ちながら話しかけていた。

どうやら、鷹島は先生方の中で道具の貸し出し係りらしい。
ガムテープの他にも、使うであろう様々な道具が手に持たれていた。

楽しそうに大学生たちと話す鷹島の姿に、葵の胸は締め付けられた。

すると、


「先生って彼女とかいるんですか?」


案の定、男前な鷹島に早速食いつく女子大生達。
中にはとても積極的で、鷹島の腕に綺麗な手を絡ませる者までいた。
キリッとして少々怖い顔つきだけれども、体育教師という点・面倒見の良さからやはり大人気である。

しかも、


「長らくいねぇンだよ、お前らも教師だけは止めとけよ」


正直者であった。
関係が無いのに、葵は心の中で「いるって言っとけよ」なんて怒ってしまう。
実際、元彼女である神城と仲良くしているだけで、嫉妬で胸の内が燃え滾るような思いをしてしまうというのに。

そんな葵のやきもきなんていざ知らず、鷹島と大学生たちは楽しそうに会話を続けている。


「うそぉ、先生絶対モテるでしょ?
じゃあ私とかにしちゃう?」

軽い発言をする女子大生、明るい茶髪でピアスを開けているいかにも軽い彼女の声。
絶対に鷹島が相手をすることが無いと知っていても、葵はハラハラしてしまう。

「あ?俺は年下興味無いから」

「ひどーい」

葵は、ホッとすると同時に鷹島が年下に興味が無いという事にひどく傷心した。
なぜならば、自分も年下…しかも、10歳も年が離れているからだ。
彼らの会話に思わず自分を重ねてしまう葵。

すると、同じく鷹島達と会話をしていた男子大学生がケラケラ笑いながら、


「えっ、じゃあ俺とかどうっすか?」

なんて、その場を面白おかしくさせる冗談めいた質問をする。
すると鷹島も笑いながら、

「お前、何を考えて自己推薦してきたんだ」

男は論外である、と冗談のノリで返してきた。
鷹島も三十路手前であるが、まだ若い。
軽いノリで、冗談を交えて20代前半の彼らとそんな話題で盛り上がることが出来るのだ。

そう、この会話は冗談に見えるけれど、彼らの本音も混じり出るのだ。
それは仕方のない事だけれども、今の世論に近い。

「うわ、タクマお前鷹島先生狙い?まさかのゲイか」
「きもいなーウケる!」
「でも先生男にも人気ありそう」
「ふざけんなよ?」

全て、笑いながら言っているけれども。
冗談で片付けるほどのことなのだ、それは。


だがしかし、葵にはその軽い言葉が鋭利な刃物になって胸の真ん中に突き刺さった。
しくしくと痛み始める胸を押さえて、葵はこれ以上聞きたくないためか、ふらふらと出口に向かう。
そんな葵に気づいて、竜一が「どこ行くんだ?」と心配そうに聞いた。
それでも葵は、「ちょっと便所」と笑って誤魔化す。力無い笑みで。

なるべく音を立てずに、鷹島に気づかれないように。
そうして出口から外に出ようとした葵と、なぜか第二体育館に現れた神城が擦れ違った。

ふわりと漂う、花の香りに葵は足を止めて振り返る。
彼女もまた、ステージで使うであろう道具を抱えてきたのだ。
神城も鷹島と同じく、道具係りに選ばれていた。


「足りない暗幕、これでいいのかな?
というか、大人気だねー鷹島センセ」

爽やかな笑顔を浮かべながら、鷹島を取り囲んでいた輪に加わる。
神城の見た目もあってか、男子大学生から「ありがとうございます!」とチヤホヤされていた。
そんな神城と、鷹島は大学生に混じって談笑し続ける。

たまたまかもしれないが、鷹島と神城がちょうど隣り合っているため、葵には2人が寄り添っているように見えた。
途端、ずきんと音を立てて痛む胸。
もうこれ以上、痛むのが嫌で、葵は半ばダッシュで第二体育館を飛び出した。
行くあてなんか無いのに。



辿り着いたのは、第一体育館の裏だった。
そこは、以前鷹島と一緒に弁当を食べ、日向ぼっこをして、事故であったが初めてキスをした場所。
今日も天気は良くて、秋の始まりにしては暖かい日差しが葵を包み込む。
それなのに、葵は1人膝を抱えて俯いていた。

考えるのは、先ほどの事ばかり。
分かっていた、鷹島が男を好きじゃない事くらい、年下好きでも無いであろう事くらい。
それでもどこか期待していて、浮ついていたのは嘘じゃない。
その浮ついていた期待を、先ほどの会話と神城と並ぶ姿で全て打ち消されてしまった。


(…もう、嫌だ…こんなんばっかで…
鷹島ちゃんのこと、なんで好きになったんだろ、俺。

苦しいこと、ばっかじゃねぇか…)



昨日は鷹島と話せて、あんなに楽しかったのに。
ぎゅっと葵は唇を噛み締めて、しくしくとする胸の痛みに1人耐え続ける。

すると、遠くから葵を呼ぶ声が薄っすら聞こえた。
ぱたぱたと走る足音も聞こえるので、どうやら走り回って葵を探しているのだろう。
しかし、葵は出る気にはなれず、無視し続ける。

だが、葵を探していた本人、竜一はあっさりと第一体育館の裏に来てしまった。


「葵、ここに…居たのか」


蹲る葵を見つけた竜一は、一瞬言葉を失う。
高校1年の頃から仲が良く、親友であるがこんなに落ち込んだ葵を見るのは正直初めてだ。
あの明るいオーラが、まるで見当たらない。
竜一が話しかけても、何も応えようとせず小さく「ごめん」と言う声が聞こえた。

そんな葵を見て、竜一は何も言えなかったが傍に居たくて隣に恐る恐る腰掛ける。
そっと俯いた葵を覗き込むけれど、少しだけ見えた表情はひどく暗いものだった。
瞳には薄っすら涙が滲んでいて、竜一の胸にズキリと突き刺さる。

こんな葵は、見たくない。
竜一は、以前大学へ行く時の道のりで様子のおかしかった葵を思い出す。
そして、その時もやもやしていて確信を持てなかった結論を、思い切って口に出した。



「葵、さ…こんなこと言うの変かもしれねぇけど…
鷹島ちゃんのこと、好きなの?」



葵の肩がびくりと揺れた。
直後、怯えきった表情で葵は震えながら竜一を見つめる。
真っ青になって、何も言い返せない葵を見て、竜一は信じがたいけれども真実だと悟った。


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