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心が沈むように重たい葵だったが、この時期は文化祭前のためか目まぐるしい程忙しい。
バンドの練習もあれば、クラスの展示も手伝わなければならないのだ。
文化祭が終われば中間テスト、そして修学旅行。
2学期は、思っている以上にとても忙しいのだ。

保健室に行くことも、その前を通ることもなくなり、バンドの練習はほとんど大学に行っているからだろう。
おかげで、鷹島に会うことも少なくなり、葵の気持ちは少しずつ痛みを薄れさせていた。


そして、文化祭まで残り3日になってしまった、ある日。
今日は大学生達がセッティングの準備で忙しいため、葵達は学校の視聴覚室で練習することにした。
視聴覚室も下校時刻前1時間程しか使えないのでそれまで、追い込みをかけているクラスの手伝い。

葵たちのクラスの出し物は、ファンシーな喫茶店。
生徒達は皆、童話の登場人物の格好で接客をするのだ。

メニューも凝っていて、カラフルなキノコの形をしたクッキーや、花を浮かべたミルクティーなどがある。
調理班がメニューを思考錯誤し、材料の買出しをしている中、葵は内装係として黙々と椅子などに装飾を施していた。


「おお…齋藤君めっちゃ上手だね」


すると、こういうものは不器用なのか、しっちゃかめっちゃかになった布を持った冬香が覗き込んでくる。
冬香の尊敬の眼差しを受けて、葵は照れくさそうに耳の下をかきながらはにかむ。


「そっかぁ?坂本さんは…うわぁ…」

「だって難しいんだもん!」

「くしゃくしゃでもこうすると可愛い…はず!」

冬香のぐしゃぐしゃにした布を、交互に折っていき縫い合わせる。
時折針を指に刺したりしてしまっていたが、器用にも可愛らしいレースのようなものが出来上がった。

大抵、家庭科といい技術といい男子の方が得意である昨今だが、チャラい葵がこうも出来るとなると周りは仰天である。

実際に、葵は家で母親にこういうことを教わってきたので少しは出来るのだ。
さすがに元から備わっている不器用さは、針を刺したり縫い方を失敗したりはするけれども。

しかし、あまりこういうことが得意だと気持ち悪がられそうなので、冬香がやったことにしてもらった。

最初は冬香も「人間意外性がある方がウケるよ」と言ってくれたのだが、やはり周りに認識されているキャラクターは守りたい葵。
冬香の失敗したものを直した本人なのに、購買で売っているメロンパンと引き換えに何とか了承して貰った。


「冬香ー、齋藤君、2人の衣装出来たよ!」

すると、衣装担当である冬香の友達が衣装を持って駆け寄ってきた。
手に持つのは、ふりふりの衣装とカッコイイ感じの衣装。
どうやら、片方はアレンジが加えられた白雪姫。
もう片方はその王子様の服らしい。それもまた、アレンジが加えられていて煌びやかだ。

クラスの中でも、綺麗な容姿をした冬香には白雪姫の衣装が渡される。
そして、嬉しいことに葵には王子様の衣装。
最初はいもむしの着ぐるみだったのだが、接客しにくいとのことで王子様になったのだ。

早速、2人とも着替えてみると案の定。


「姫の方が背が高いって…シュールだよね」


葵の方が数センチ低いので、なんとも不思議な組み合わせになってしまった。
しかし王子様の衣装が可愛らしいので、まるで姉弟のようである。
何だか屈辱的で、葵はぶすっと口を尖らせるがヘタに言うと「じゃあ衣装交換ね」などと言われるので口を結んだ。

そんなことを考えつつも、王子様の衣装が気に入っている葵。
みんなに見せびらかして「どう?どう!?」と自慢していると、


「じゃあ、王子様は国民のために倉庫からダンボール貰ってきてくれよ」

「…えー!?めんどいな!」

「国民のためにキリキリ働けっ」

「なんだよそれー…分かりましたー行ってきますー」


うっかりパシリにされてしまい、葵は渋々ながら倉庫でダンボールを調達しにそのままで向かった。
廊下で知り合いに出会うたびにからかわれ、じゃれあいつつようやく倉庫へと辿り着く。
王子様の衣装のまま来てしまったのは失敗だな、と反省しつつも立て付けの悪いドアを開けようと手をかけた。
しかし、


(あれ…開いてる)


閉まっていたと思っていたそれは大分開かれていた。
先に来た人が閉め忘れたのだろうかと思いながら、葵はダンボールを探そうと倉庫に足を踏み込む。

すると、少し埃臭いそこには既に先客が居た。
ダンボールを整理している彼は、まだ葵が来たことに気づかないのか夢中に下を向いている。

ただ、葵はその姿を見た途端、心臓が締め付けられてしまう。



「…お、齋藤か…なんだその格好」



体育教官室に近い倉庫なので、今の時期沢山生徒が訪れるために派遣されたのは鷹島だったのだ。
文化祭も近い上に、陸上部は大会も終わったので(県大や総大などはあるが)顧問としての仕事は今日から文化祭終了までお休みらしい。
更に、鷹島の担当クラスはお化け屋敷なので、特にダンボールを使う。
よく来る生徒が自分の受け持つ生徒ならば、担任が居た方が楽だろうとも考えたのだろう。

しかし、葵にはそんなことを考える余裕など1ミリも無かった。
久々に見た鷹島に、緊張して言葉も出ない。どう話しかけたらいいかも分からない。
おろおろしながら出た結論は、



「こ、これ俺のクラスの喫茶店衣装!すげーっしょ?
鷹島ちゃんダンボールちょうだい!100枚くらい!」


照れ隠しのチャラい言葉遣いと態度だった。
自分でも何を言っているか分からないけれど、早く早くと両手を広げて見せた。
そんな葵に、鷹島は呆れたように鼻で笑うとダンボールを5,6枚程度持ってくる。


「100枚って…お前はダンボールの城でも作るつもりか」


葵の服装に因んだ冗談を言いながら、持ちやすいように揃えると「おら」と乱暴な言い方で渡してきた。

ちょっと怯んだ葵だったが、「俺は王子だから城作らねぇし」なんて同じく冗談交じりの返事をする。
でもその応酬みたいな会話が楽しくて、何だかクラスに戻りたくないなんて思ってしまう葵。
けれども、その反面で早く鷹島から離れたいという感情もあった。まだ、会うのはツラい。


「…鷹島ちゃんトコのクラス何すンの?」


だけど、鷹島ともっと話をしていたい。
忘れたい気持ちも、彼の前では無力に近いものになってしまっていた。


「俺ン所はお化け屋敷だ。お前ビビリだから来いよ」

「だから!俺はビビリじゃないっつの!嫌いなだけだし?」


他のダンボールを整理しながら、葵と話す鷹島。
相変わらず、面白いなと内心思いながらチラチラと葵の姿を見やる。

なぜなら、普段の制服ではなく手作り感が溢れるけれども、煌びやかな衣装を身に纏っているからだ。
以前見た浴衣もだが、葵は名前の通り意外に青が似合う。

浴衣と違って露出が無い事は残念だが、と下心をうっかり発動させてしまう。
瞬間、鷹島は「俺はアホか」と何とか冷静にそれを打ち消した。

けれども、下心は簡単に打ち消せない。
それもそのはずで、こうして葵と話すのもましてや会うのも久しぶりだからだ。
鷹島も、葵に対する並々ならぬ感情を忘れたいと思っていたのに、簡単にそれは消えてしまう。
ダンボールを整理し終えると、思わず本音が零れてしまった。


「なんか、齋藤と話すの久しぶりだな」


おもしれぇな、なんてくしゃっとした笑顔で葵を見つめながら呟く。
その気無しなように「お前か」なんて言ってみせたけど、本当は浮かれているのだ。
葵と久しぶりに会えて。
久しぶり、なんて1ヶ月も経っていないのに。

そんな鷹島の、ほぼ無意識な言葉と表情に、葵の心はひどくひどく揺すぶられる。
ああ、ずるいなぁなんて妬ましく思わせるような想いのせいで。


(鷹島ちゃんは、単に俺が面白いってだけなんだろうな…
俺と一緒にいるのが、楽しい、って訳じゃ本当は無いんだろうな)


そんなことを思いながらも、表情は反比例してへにゃへにゃと頬を緩ませる。
鷹島のくしゃっとした笑顔で、自分といると面白いなんて言われたら葵はそうなってしまう。
痒くも無いのに、耳の後ろを数回かきながら葵は「最近俺、多忙だし?」なんてふざけてみせた。
確かに、実際問題葵は多忙であったのだが。


「あー…そういやお前、バンドやるんだよな」

すると、意外なことに鷹島は葵がライブと称して演奏することを知っていた。
知らないだろうと高を括っていた葵は、ぎょっと目を見開いて思わず、


「え!?知ってたンすか!?」


なんて、一応教師である鷹島に少し失礼なことを言ってしまった。
学校の教諭である以上、把握していない程鷹島は怠惰ではない。
しかし、その言葉を特に気にしていない鷹島は、くくくと喉の奥で笑うと、


「ああ、知ってた。
俺も見に行くからな、演奏中ずっこけたりすンなよ」


バカにしながらも見に行くと告げた。
何だかんだ、興味があったのだ。葵の演奏に。
自分に興味を持ってくれたのだろうか、と例え小ばかにした言葉が付いていようが葵は嬉しい。
抑えきれない感情が、満面の笑みを作り出す。


「絶対!絶対だかんな、鷹島ちゃん!
俺、超頑張っから!」


上機嫌にそう言うと、葵は無意識に近い下心で鷹島の腕を軽くぱしぱしと叩く。

葵に触れられて驚く鷹島を余所に、葵はゴキゲンでダンボールを抱え走り去っていった。


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