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「なんか最近さ、変じゃね?葵」

文化祭ライブのミーティングを行うため、葵たち4人組は大学へ向かう。
大学への近道である、裏通りの狭い路地を2人2人に分かれてのんびり歩きながら。
そんな時に、葵の隣に並んでいた渚がいきなりそんなことを呟いたのだ。

葵は、先ほどコンビニで買ったからあげを貪りながら目をぱちくり動かす。
何が?と言わんばかりに首を傾ける葵に、渚は浅い溜息を吐く。


「最近遅刻しねぇし、ぼーっとしてるし、何か表情暗い気がすンだよなぁ」


渚は、意外と4人の中で一番大人だ。
いつも彰人とはしゃいで葵をからかっているようで、実はしっかり見ていた。
その言葉を聞いて、後ろを歩いていた彰人と竜一も「そうだよな!」と会話に食いついてくる。

自分が思っている以上に、友達は自分の事を見ていたりするのだ。
と、葵が再確認する間もなく3人は「最近どうした?」と心配してくる。


「分かった、新たに恋したンだろ?誰だ?まさか神城センセ!?」


すると、4人の中で最も空気を読まない彰人が葵の肩をがっしり掴んで、そんなことを叫んだ。
神城の名前が出た途端、葵の表情が強張ったのも気づかずに。


「教師と生徒の禁断の恋だなンて…そりゃあいつもバカ元気な葵も落ち込むわな」

「諦めろ葵、神城先生はムリだー」

渚と彰人が葵を挟んで、一番の地雷である箇所を踏みまくってくる。
おかげで、葵の胸の真ん中がざわざわと淀めき、心の中を狭く痛くさせた。
神城の事が好きで痛んでいる訳ではない、彼女の後ろに見え隠れする彼の存在のせいだから。

そしてとうとう、彰人がイタズラっぽく見える八重歯を見せて笑いながら、


「神城センセって、鷹島ちゃんとくっつくかも的な噂あるしな!」


葵の弱った心にトドメを刺したのだった。
マジでマジで?と無邪気に笑いあう3人を、呆然とした眼差しで見つめる葵。
2人のことは自分しか知らないはずなのに、誰かが作った噂が1人歩きしているらしい。
本当にそうなったら、と考えるだけで背筋に悪寒が走った。

そうとも知らない彰人は、葵の肩を抱いて


「まあ、そう落ち込むなよ葵!」

励ましとも、からかいとも取れるような声をかける。
だがしかし、その手は振りほどかれた。


「うっせぇな!そういうンじゃねぇよ!」


滅多に怒鳴らない葵が、声を荒げる。
されたことのない、葵からの本気の拒否に彰人も周りの2人も驚いて目を見開いた。
静かな住宅街が、更に静かになってしまう。
その沈黙に、葵はやってしまったと思わずたじろいでしまった。
3人の驚きの眼差しが耐えられなくて、口の端を引きつらせながら無理やり笑顔を作る。


「わりわり、そういうんじゃなくて、最近腹の調子悪くって」


ごめんな、と彰人のふわふわな頭を撫でながら謝った。
彰人は元々葵が大好きなので、すぐに表情を綻ばせて「ううん、俺も悪かった」と此方も謝る。
一見和解したように見えて、渚もほっと胸を撫で下ろした。
とにかくこの空気を打破したいために、渚は楽譜を取り出すと今日のミーティングについて話し始める。

その空気を読んでか、彰人も葵も表情を変えて話し合いに混じった。
ただ1人、竜一だけが葵を訝しげな眼差しで見ていることにも気づかずに。



大学の軽音サークルは、意外にも規模が大きい。
練習室にと使っているホールは本格的でとても広く、機材も豊富に揃っている。
幾度か葵たちも使わせてもらったが、今日はたくさんのメンバーがいるので緊張で少し固まってしまった。

葵たちから見る大学生は、とても大人びていて憧れる存在だ。
周りの大人たちとは違う、子どもから大人へと成り立ての不思議な存在。
特に、女子大学生なんて彼らにとって話すだけで夢のよう。

葵は大学の軽音サークルの中で一番美人と噂されている先輩に、ギターを教えてもらっていた。
今度演奏する曲の楽譜は、彼らから譲り受けたものだからだ。

柔らかそうな髪から、爽やかなコロンの香りが漂う。
やっぱり女性はいいな!なんて、無理やり再確認しながら、葵はふと自作の曲を見てもらうため楽譜に手を伸ばす。


「すんません、これ自作なんスけど…」

「んー?どれどれ…おっ、片思いの曲?いいねー」


女子大生は、年下の可愛い(彼女から見て)男子高校生の作詞を見て口元を緩めた。
口元を緩めたまま、葵の書いた曲を見つめる。
曲調は聞きやすいポップ系。片思いの曲にしては珍しいな、と思いながら読み進めていった。

パラパラ、と静かに紙を捲る音だけが2人の間に流れる。
葵はそわそわと足を動かしつつ、竜一達に声をかけたりと落ち着かない。
しばらくして、ようやく彼女は全て読み終えたのか満足げに息を吐いて、葵の方向へ譜面を返した。


「うん、いいと思うよ。
文化祭のお客さんは大体ライブ初心者が多いから…聴きやすいと思うな」


爽やかな笑顔で認められて、葵の表情はパアッと明るくなる。
思わず身体を揺らしながら瞳をキラキラさせて、

「…!あざっす!」

と、一際元気な声でお礼を言った。
そのあからさまな態度に、思わず女子大生は噴出してしまう。
肩を揺らしながら笑い、「やっぱ齋藤くん可愛いわー」とからかいながら頭を撫でた。

照れる葵を、更に可愛がる彼女はふとある点に気づく。


「あ、でもココ…せっかくアップテンポで片思いなんだから、諦めちゃうのはちょっと悲しいかな」


最後、この歌詞はこの恋を諦めてしまうのだ。

“いつか君の思い出になりたい――…”

好きで仕方が無いけれど、叶わないのならばせめて君の良い思い出になりたい。
その願いを見て、女子大生は少しだけ女々しいかも…なんて心の中で毒づきながら葵の顔を覗き込む。
すると、その表情は悲しそうな、それでいてほんの少しだけ嬉しそうな色をしていた。
彼女は葵のことなど1ミリも分からないけれど、この歌詞が葵の気持ちを乗せているのだと、気づく。

歌詞やテンポの書き直しを必死にしている葵を見て、彼女はふっと微笑むと、



「片思いしてる間は、前向きにいかないと損だよ」



なんて、少し気取ったアドバイスをしてみせた。
葵の表情が強張るのも知らずに。
葵が何か口に出そうとした瞬間、サークルの部長から呼び出しがかかったので彼女との会話はそれっきり。

帰宅するまでの時間、ミーティングと軽い練習ばかりだった。
結局、自作曲の推敲も出来ないまま葵達はのんびりと帰路に着く。
サークルの先輩方が、ファミレスで何か奢ると言ってくれたのだが、ノリ気になれずまた今度と断った。
4人とも、思った以上に疲労困憊しているらしい。

げっそり、と言う単語がお似合いの表情を浮かべる高平兄弟と別れ、葵と竜一はのんびりとバス停のベンチに座る。
マジ疲れたー!と葵は掠れた声を上げながら、肩を揺らして関節を鳴らした。
コキコキ、と小さな音が静かなバス停に鳴り響く。

その音を聞きつつ、竜一は息を呑んだ。
この1週間、聞けずにいた事を聞くためだ。


「…葵、お前最近、本当元気無ぇけど…どうした?」

葵の動きが、ぴたりと止まる。
まるで言葉の意味が分からず、考え込んでいるかのように。
そして、竜一の予想通り、葵は「別に、腹痛いだけだよ」という嘘っぱちの答えを返した。

その答えを分かりきったように、竜一は軽く溜息を吐いて「嘘つけよ…」と呆れる。
葵が悩みを言わないだなんて、きっと深刻なのだろうなと心配の意味も含めて。
だが、その心境も洞察出来ないほど葵の心はぐるぐると蟠っている。


言いたくない、と言わんばかりに口をへの字に曲げてそっぽを向く葵。
こんなに意固地を張っている姿は珍しい。
その珍しさに負けて、竜一はまた小さく溜息を吐くと、

「まあ、気晴らしだったらいつでも付き合うからさ」

ひらひらと手を振って、ちょうど着いた帰りのバスへと乗っていってしまった。

竜一が乗った路線バスが、排気音を立てて一本道を走り去っていく。
その音をまたぼんやりと聞きながら、葵はどこでもないただ遠くを見つめ続けていた。


(…知ってから、1週間経ったけど…キツいなぁ…)


鷹島と神城が付き合っていた関係だと知ってから7日が経った。
会わないようにした、考えないようにした。
それでも、やっぱり葵の心にはもやもやとした蟠りが残り続ける。

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