3.
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葵の全てが凍る中、鷹島と神城はというと2人とも「げっ」と呟いていた。
やってしまった、と言わんばかりの複雑な表情はなぜか2人とも似ている。
その表情を見比べて、やっぱり2人は親戚かとまたもや自分に言い聞かせている葵。

それ以外の理由を、知りたくないし信じたくないからだ。
忘れたいと決めているのに、ずるずると引きずっている自分に反吐が出ると葵は俯く。

しかし、そんな葵の気持ちとは裏腹に鷹島は葵の隣に座る。
葵が座っていたのは、ゆったりとした2人がけのソファーだったからだろう。
向かいに座ればいいのに、と思いつつも向かいに座られたら座られたで顔を見る事になる。
隣に鷹島が座っている、というだけでなぜか胸が高鳴った。


「こんな時間にどうした、齋藤」

すると、鷹島が心配そうにじろじろと葵の顔を覗き込んでくる。
葵はびくりと肩を跳ねさせつつも、何とか冷静を装って「すっ転んだ」とだけ伝えた。
その言葉を聞いて、更に葵の細い腕に痛々しく貼られた絆創膏を見つけて、鷹島は心の中でほっとする。
また、倒れたのではないかと不安になったのだ。

葵とは違い、まだ自分の気持ちに言葉を付けきれていない鷹島。
葵だから心配になっているのではなく、生徒だから心配になっているという目線で未だに葵をじろじろ見つめ続ける。

そんな鷹島と葵を、帰り支度をしながら傍から見る神城。
鷹島と葵を交互に見て、ふと呟いた。


「齋藤くんって、鷹島先生のクラスだっけ」

「あ、いや…違います」

「だよね、齋藤くん3組だし」

先ほど書いた受付表には、名前だけでなく学年・クラス・出席番号も書いてある。
それを見て、更に鷹島の受け持つクラスも知ってそう探りを入れてきたのだろう。
どうして探りを入れてくるのだろうと、葵は不思議に思いながら首を傾けた。
だが、そんな葵とは違い、鷹島は額を抑えて「早くしてくれ」と呟く。

一刻も早く、この状況から逃れたいのだろう。
葵は、今更自分に親戚を見られてうろたえるなんてどういうことだと訝しげに眉を顰める。

不機嫌なオーラを無意識に作り出す2人。
仲が悪いのか良いのか分からない2人に、やっと帰り支度を済ませた神城は苦笑しながら、


「齋藤くんってさ、鷹島先生にめちゃくちゃ怒られてるでしょ?」

と、葵に話題を振ってきた。
葵は急に話題を振られて驚きながらも、「そうなんスよマジ恐怖!」と神城に乗っかる。
だよねだよねと、どこぞの女子のノリだと思わんばかりの同調具合に、鷹島は更に頭を抱えた。

出来る限り、葵と神城を近づけたくないのだ。
それは、どちらかへの独占欲ではけしてない。
相手を思いやるというよりは、どちらかといえばエゴに近いものだ。
それはもう、不機嫌極まりなくなるほどに。

そんな不機嫌極まりない鷹島を見て、神城もムッと口を尖らせながら葵の肩を叩いた。


「見てよあの表情…鬼だよ鬼!
きっと、私が齋藤くんに距離無しで話しかけてるから…教師と生徒は云々考えてるんだよ!」

わざとらしく溜息を吐く神城に、鷹島は思わず「このやろ…」と半ギレで呟く。
そんな2人を交互に見て、やはり親戚かと葵は決定付けた。
現に従姉妹同士である琴美と鷹島も、こんな感じの関係である。

思わず、葵は気を抜いてガマンしていた言葉を吐き出した。

「うわ、真面目っすねー古い古い。
そういや、琴美さんも鷹島ちゃん真面目って言ってたけど、普段もそうなんすか?」

昼間見た、2人の名前呼びの関係を、確かめるように。
だが、神城の反応は葵の予想を大きく裏切るものだった。


「え…、琴美…って…ああ!彰の従姉妹の…?…っとっとと…」


言ってしまった、と慌てて神城は口を固く結ぶ。
同時に、鷹島が大きく溜息を吐く音も聞こえた。
その2人の反応に、葵が決め付けていた「親戚同士」が崩れてしまう。
だが、まだ希望は残っているはず。
琴美が母方の親戚ならば、神城は父方の親戚なのかもしれない。

普段あまり頭の回転がよくない葵が、瞬時に自分に都合の良い方へと勝手に決め付けていく。
忘れよう、と思っていても結局はまだ、彼の事が好きなのだ。


「ったく…。おい齋藤、もう下校時刻だぞ」

すると、話を遮るかのように鷹島が時計を見ながら葵に注意してきた。
鷹島の言うとおり、時刻はもう19時近い。
そろそろ警備員も校舎を回りきってしまうのだ。教師も帰宅しなければならない。
葵は慌てて鞄を取ると、鷹島の言うとおり帰ろうと立ち上がった。

葵が入ってきたのは玄関ではなく、入り口にもなる大きな窓からだ。
そこに慌てて行くと、神城が気を利かせて先に窓を開けてくれた。
どうも、と小さくお辞儀をする葵。

スニーカーを履いて、再度鞄を持ち直すと何気なく神城の方を振り向いた。
相変わらず、優しそうな笑顔を浮かべて「気をつけてね」と穏やかに手を振っている。
その優しそうな笑顔に、思わず葵は自分にとっても聞いてはいけないことを、口に出してしまった。


「…神城先生と、鷹島先生って…どういう関係っすか?」


中にいる鷹島には聞こえないように、小声で神城に尋ねる。
その質問に、神城は大きめの瞳をぱちくりさせて、うろたえたように口元を歪めた。
しかし、葵の瞳を見つめ返してあることに気づく。
それは彼の瞳が、ひどく濡れてしまいそうなことに。そして、困ったような表情に。

神城は、葵の事を知らない。
なので葵が一体どういう気持ちで、これを聞いたのかなんて分からないが、


「…はぁ、…どうやら君はゴシップ的好奇心って訳じゃなさそだね」


思春期ならではの、あらぬ噂を立ててひやかしまくり煽りまくる目的ではないことを悟った。
だからと言って、言う訳には本来ならないのだが、葵が鷹島の親戚事情などを知ってる時点でもう隠すものでも無いだろう。
そう、神城はめんどくさそうに考えながら、ちょいちょいと葵を手招きする。

葵はその手招きに、嫌な意味で胸を高鳴らせながら小走りで彼女に近づいた。

耳打ちをする仕草に、葵は素直に従って耳を近づける。
彼女の吐息が耳にかかり、別の意味でドキドキする心臓を抑えながら、言葉を待った。


それは、葵の一番考えたくなかった、答えだった。


「まぁ…いわゆる、元カノってやつだよ」


葵の目が、極限まで開かれた後ゆっくりと瞬きされる。
その言葉が理解出来ないと言わんばかりに、呆然と口を開けながら彼女の口元から耳を離した。
未だに理解出来ないまま、葵は数歩後ずさって神城を見つめる。
彼女は、罰の悪そうな照れ笑いを浮かべて、


「まさかの再会ってやつ、それだけだよ。広めないでね?」


キミにだけ教えたんだよ、と独特の喋り方で葵を優しく牽制する。
葵はまだ事実が飲み込めないが、彼女の言ったとおりにしようと何度も頷いて見せた。
ぎゅっと唇を結ぶ葵を見て、神城も安心したのかまた優しい笑顔を浮かべる。

結局、神城にひらひらと手を振られて、葵は事実を飲み込めないまま帰らずを得なかった。
とぼとぼと1人、呆然と口を開けたまま通学路を歩く。
時折足に野良猫が擦り寄ってきたりしたが、普段のように構うこともできずスルーする程にぼんやりする。


自宅に着くと、キーケースから家の鍵を取り出し、扉を開けた。
どうやら兄はまだ帰っていないらしく、家の中は真っ暗で静まり返っている。
廊下の電気を点け、葵は自分の部屋ではなくリビングのソファーへとふらふら歩き出した。
リビングの電気も付けずに、葵はソファーへ飛び込むとうつ伏せのままクッションに顔を埋め、目を閉じる。


(…神城先生は、鷹島先生の元カノ…そんで、久々に再会して…今から飯を食いに行く…)


ぐるぐると、頭の中で混乱していたものをひとつひとつ整理する葵。
ようやく、神城が教えてくれた鷹島との関係性を理解できた。
…理解した途端、葵の胸の奥がひどくひどく締め付けられる。
それは、海に行った時琴美と鷹島を見て誤解したときと同じ痛みだった。

けれど、もうそれは勘違いなど言えるものではない。
鷹島と神城が付き合っていたのは確かなる事実で。

同時に思い浮かべるのは、友人が「最近元カノと寄り戻したンだよな」と言っていたこと。
よくあることだ、別れた相手を忘れきれず寄りを戻した付き合うことは。
鷹島と神城が、また付き合う可能性も0ではない。


(…俺はまた…!)


そう思った瞬間、ずきん!と勢い良く心に槍で突かれたような痛みが走る。
ぎゅっと胸の辺りを押さえて、ひたすらクッションに顔を埋めた。
また涙腺が緩んでくるけれど、また泣きたくはなくて布製のクッションでひたすら目頭を拭く。


(決めたじゃんか、もう忘れるって!なに俺ぐじぐじ悩んでンだよ!
大体、嫉妬なんかしたって仕方ねぇのに…神城先生はめっちゃ良い人なのに…
そうだ、応援すりゃいいんだ…くっついてくれれば…忘れ…)

うぐ、と嗚咽が漏れそうになった。

鷹島を好きだと気づいたきっかけは、嫉妬で。
今も嫉妬で苦しんでいる。こんな思いまでして、未だに鷹島を好きだなんて。
なんて自分は惨めなのだろうと、葵は嗚咽を飲み込みながら感じた。

嫉妬をすると心が痛みすぎて、鷹島のことが好きかどうかまで忘れてしまうほど。
鷹島だけだ、今まで。
嫉妬でこんなに心を痛めるほど、好きだなんてことは。


明日から、保健室も体育館の周辺も通れないな、遅刻出来ないななんて思いながら葵はテレビを点けた。
ただのそれだけだよ、と神城に言われたことがまだ救いとなっていたらしい。
今は、あの出来事を忘れてのんびりとテレビを見ようと決めた葵。
バンドの練習もしなければならないのに、1人ではどうしても思い出してしまうから。


廊下の灯りだけが差し込む暗いリビングに、葵は1人テレビの明るい話題に夢中になっていたのだった。

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