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「あ?もうそンな時間か…飯食わねぇと」
こんな些細なこと(大事件といえば大事件だが)で15分も過ぎたらしい。
鷹島は次の授業のことも考えて、と言っても彼は次の時間授業が無いので書類整理やらなにやらするだけだが。
葵は次の授業がある。因みに授業開始は1時10分。高速で食えば間に合うだろうと鷹島はたかをくくった。
しかし、葵にとって昼飯は二の次。
これでは何のためにわざわざ鷹島を連れて来たのか分からない。
最終手段というよりは自棄になった葵は
「うさちゃん終わっちまう!」
と叫んで、半ば奪い取るようにアスファルトにおいてあった鷹島の携帯を手に取り、急いでウェブに接続した。
鬼のような形相でカチカチと自分の携帯で何かをやっている葵に鷹島は唖然。
しばらくして、葵が自分の携帯にうさちゃんデコメを送り終えた。
ほっと安堵の息を吐く葵をまじまじと見ながら、
「…え、お前あのうさぎの絵文字みてぇの欲しかっただけのために…?」
と問う。
すると、葵は気が抜けた先だったのでぼんやりとした表情を浮かべながら力なく頷く。
その様子と、自分を呼び出した理由に、鷹島は思わず。
「だはははっ!!おまえ、そンな理由でかよ!?うわははっ、マジおもしれー!!」
腹を抱えて爆笑した。
初めて見る(葵にとっては)鷹島の爆笑する様子に目を丸くしながらも、葵は羞恥で顔を真っ赤にした。
わなわなと唇を震わせながら、
「ううううるせぇ!俺にとっては最重要だったンだよ!大体、携帯忘れたのも寝坊したのも先生のせいなンだかんな!」
「あー、はいはいそりゃすみませんねー…つかお前まじおもしろすぎる…ぶはっ」
一瞬笑いがひいたものの、ぶり返してしまう。
それほど鷹島のツボに入ったのだろう。
これでは更に葵は童貞クンということがバレたらどれほど笑われるか。もう腹筋とか飛んでいってしまうんじゃないか、と葵は危惧する。
もういい加減笑うのやめろ!と叫ぼうとしたそのとき。
ぐう、きゅうぅん と間抜けな音が鳴った。
葵の腹から。
「う…っ、腹減ったっ…!」
そういえば、朝食を摂ってなかった上に昼食を買う余裕も無くひたすら鷹島の所へ行ったのだった。
今からでは購買に残っているのは良くてアンパンが1つ2つくらい。
このままでは午後の授業はほとんど死んだも同然。
葵の目の前が真っ暗になった。
のに。
「お前っ…、おもしろすぎだろ、ボケっ…!」
鷹島は爆笑を越えて声にもならない爆笑にひき笑いをさせていた。
アスファルトを何度も叩き、葵の怒りを煽った。
「笑いすぎだろ!ひでぇ…俺、朝飯食い忘れて…昼飯も無ぇのにー!」
まだ鳴り止まぬ腹の音を抑えながら、葵は叫ぶ。
その必死すぎる表情と声に、さすがの鷹島も爆笑を止め、葵に向かって手招きをした。
素直に葵がひょこひょこと力無く鷹島の目の前にまで移動する。
すると、
「しゃあねぇな、俺の弁当食っていいぞ。俺は次無いからコンビニで買ってこれるしな」
そう言って鷹島が手渡したのは、適当に詰め込んだ感満載だが手作りの弁当。
もしかして彼女の手作りだろうか、と葵は直感で気づき、
「いや!そんな、彼女に悪いっすよ!」
と首を振るが、
「あ?これ俺が作ったンだけど」
作ったっつーか詰めただけだけどな、と呟きながら葵の目の前に置いた。
彼女は居ないのだろうか、というか弁当作るのかこの先生、と葵は不思議に思いながらもこれ以上断るのは悪いので大人しくそれを受け取る。
「い、いただきます」
ちゃんと挨拶をして、葵は手作りっぽい卵焼きに箸を伸ばし、それを口にほおばった。
甘すぎず、しょっぱすぎず。けれどもその味は非常に、
「…んまぁいー…」
ふにゃぁと葵は頬を緩める。
空きっ腹だから些細なものでも美味しく感じるのか、それとも素直にその卵焼きが美味なのか今の葵には分からないが、あまりに美味しくてばくばくと次々に平らげていった。
ものの数分で弁当箱は空。
相当腹が減っていたンだな、と鷹島は思いつつも自分の財布事情に少しだけ悲しくなった。
それもそのはずで、彼は普段弁当を作らない。
教師は意外に給料が少ないのだ。そのために起きてしまった節約である。
しかたねぇか、と諦め弁当箱を器用にハンカチにくるんでいると。
「あ、俺、携帯借りたうえに弁当まで…その、ありがとうございました…」
葵が頬を赤く染めながら、ぺこぺこと何度も頭を下げて礼を告げた。
普段「ごめんなさい、許してー」だとか謝罪の言葉くらいしか聞いたことが無かったので、珍しいこともあるもんだと一気に鷹島の凹んでいた気持ちは元に戻る。
思わず、
「…齋藤って、意外に可愛いンだな」
と、言ってしまうほどに。
可愛いもの好きといい、へにゃあっとなる笑顔といい、無邪気さと言い。
確かにそれは他人から見れば可愛いのだが、本人にとってはいまひとつピンとこない。至極当然だが。
「なにそれ…」
複雑な顔をして聞けば、
「こう、なんだ、今流行のバカ可愛いってやつか」
といらないフォローが帰ってきた。
結局バカにしてんじゃねーか!と葵は口を尖らせる。その様子を見て、鷹島は喉奥で笑いながら、
「うら、授業始まるぞ」
と言い立ち上がった。
葵が慌てて立ち上がるのを確認して、そのまま体育教師用職員室へと歩いてゆく。
昼の太陽のおかげで、影がとても短かった。
車の鍵と財布を取ってコンビニだなぁとぼんやり思う鷹島を追い越しながら、葵は先ほどのむっつり顔とは裏腹に、笑顔で。
「明日は俺が昼飯奢ったげるから、弁当持ってきちゃだめっすよ!」
と告げて、走っていった。
(…やっぱバカだな、アイツ)
その楽しそうに走り去る葵の後姿を見てぼんやり鷹島は思う。
懐いているのか居ないのか。
よく分からないが、縮まった距離がおかしくて鷹島はほくそ笑む。
それを楽しんでいる自分もバカなんだな、という意味も含めて。