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痛む足を引きずりつつ、葵は「ただいま」と祖母に言いながら居間の長座布団に腰を降ろした。
そんな葵を見て母は慌てて駆け寄り、

「おかえり!それより、足!大丈夫なの!?」

葵の真っ赤になった足を心配する。
自分が遊び半分でした女装で、葵が怪我をするなんてと心の中で大反省しながら。

そんな母の気持ちを知ってか、葵はヘラヘラと笑って「ヘーキ、風呂入りてぇ」と気にしていないことを伝えた。

ついでに絆創膏も貰って、ペタペタと上機嫌にそれを貼っていく。
鼻歌混じりで、テレビを見ながら祖母に浴衣を脱がしてもらいご機嫌な葵。
あっという間に下着1枚になると、バスタオルと替えの下着、Tシャツを持って風呂場へと直行した。

ご機嫌な葵を見て、鷹島と夏祭りに行ったことがさぞ楽しかったのだろうと家族は悟る。
良い先生が近くにいてくれてよかった、と母も思わずヘラヘラと笑いながらバニラアイスを頬張った。
そんな母に、祖母も父も深く頷き、葵が楽しそうで何よりだと同意する。
だがしかし、たった1人だけむくれている拓也。

「俺は気に入らないけど」

どうも鷹島が未だに気に食わないし、葵に懐かれているということが更に気に食わないのだろう。
モノに当たるかのように、拓也も母と同じバニラアイスをガツガツと口に放り込んだ。
そんな拓也を見て、母は半ば呆れたように笑う。

「拓也ってブラコンだったの?」

なんて爆弾を落としながら。
拓也は驚きのあまり、バニラアイスを塊のまま思い切り飲み込んでしまい、胃に染み渡る冷たさに悶え苦しむ。
ついでに頭も痛くなり、バニラアイスに苦しまされながら必死に「違う違う!」と否定した。
だが、そんな否定も空しく、夕刊を眺めていた父が拓也を諭すようにもごもごと口を出す。


「拓也…葵はもう高校生なのだから、世話を焼かなくとも…」

「だから違うって!」


俺は正常だと言い張る拓也であったが、頭の中で薄っすら竜一に言われたことを思い出していた。
竜一は基本的に拓也のことを否定したりなどしないのだが、一度だけ注意されたことがある。

彼の寂しそうな表情を見て、葵のことを気にしないと誓ったはずなのに。
鷹島が現れてから、拓也の調子は狂いっぱなしなのだ。

心の中で舌打ちをしながら、拓也はゆっくりとバニラアイスを口に運ぶ。
腹いせに葵の分まで食べてしまおうと、迷惑な計画を立てながら。



そんな拓也の計画など1ミリも知らない葵は、ゆったりと湯船に浸かっている。
ふやけてくる絆創膏を何度か押し付けながら、ぼんやりと宙を見上げた。
すると、勝手に漏れ出る溜息。
今日は色々なことがありすぎて、精神も身体も疲れきったらしい。
ついでに思わず零れだす声。「おっさんみてぇ」と小さく独り言を漏らした。

そんな自分に苦笑しながら、葵は一旦湯船を出ると髪と身体を洗うため椅子に腰掛ける。
いつものシャンプーを忘れたので、母から借りた女性がよく使う良い匂いのシャンプーで頭を洗い始めた。
明日はお姉さんみたいな良い匂いだな、なんてぼんやり思いながら丹念に髪を洗う。
身なりや容姿を気にする思春期な葵にとって、シャンプーはとても大事なのだ。
なので、女子か?と言われるかもしれないがコンディショナーやトリートメントは欠かせない。

やっとこさ髪を洗い終えると、今度は適当に身体を洗い始める。
夏バテを何とか脱却して、そうめんだけではなく肉を食べるようにしたためか、以前より肉付きが良くなった身体。
ひどい時はアバラが出ていたのだが、今では探らなければ分からないほど。
今度の目標は細マッチョだな、なんて呟きながら下半身を洗おうとスポンジを滑らせた。

ふと、その時なぜかこのタイミングで思い出してしまう葵。
唇に触れられた感触がリアルに蘇り、ぶわっと欲望めいたものがつま先から下半身にかけて走る。
今日は鷹島のことを考えるのは止めようと決めたはずなのに、やっぱり止まらなかった。
鷹島の笑顔や、泣きそうな顔。声、繋いだ掌、触れた唇。全てがリアルに思い出される。

そして、過去の事になりそうだったあの出来事を思い出す。
全身を触られ舐められたことを思い出した瞬間、葵は思わず勃ちかけた自分自身に手を伸ばした。
触れただけで、びくりと身体が跳ねる。
先端をぐりぐりと弄ると、甘ったるい息が肺の奥底から溢れ出た。


(ダメだっつの!俺!鷹島ちゃんで抜かないって、決めたのに…っ)


頭の中では「やめろ」と理性が叫ぶ。
強い快感を与えられてから今まで、自慰行為の時幾度か思い出しそうになったが何とか踏みとどまっていたのだ。
これをシてしまったら、本当に自分は鷹島に堕ちているのだと気づいてしまうから。
けれども、手は止まるどころか勢いを増して、陰茎を上下に擦り始めた。
手の中でどんどん熱く膨張していくそれに、葵はひどく怖くなる。
なぜなら、頭の中は鷹島でいっぱいだからだ。
それなのに、まるで初めて自慰をするかのような未知への興奮も生まれ始める。

甘い息を荒立てながら、葵は頭の中で鷹島にされたことを1つ1つ思い出した。
無理やりした割には、優しく葵の身体を弄った硬い掌。
その掌が触った身体に、自分もそっと手を這わせる。
胸の突起を掠めると、鷹島に舐められたことを思い出し、ぞくぞくと悪寒に似たものが背筋を走った。

鷹島の声が頭の中で響き続ける。
齋藤、と熱っぽく呼ぶ声だとか、意地悪な言葉で葵を攻め立てる声だとか、全てが鮮明に。
段々声が本格的に荒いでいき、今までの自慰の中ではありえなかった嬌声までもが、漏れ始めてきた。
そして、とうとうある箇所がひくひくと疼きだしてくる。
それは鷹島の張り詰めた自身を受け入れた場所。
何度も抽出され、突き上げられ、中で彼の精液を注がれたそこが熱く疼いてくる。

初めて味わった突き上げられる快感を鮮明に思い出すと、勝手に腰が揺れた。


(か、勝手に浮く…!?…やば、指入れたい…ダメだそれは!)

空いた手で思わず後孔を擦りかけるが、理性とプライドと恐怖がギリギリそれを留める。
そこを自分で弄りだしたら、終わりだと無意識に察知した。
それでも、鷹島に自身を擦られて、中を突き上げられる想像は止められない。
鷹島の体温や息遣い、中で擦られるものの熱さや精液に濡らされる感覚がリアルに蘇り葵を包む。
もう限界が近くなって、先走りかボディソープなのか分からないがぐしゅぐしゅに濡れた竿を激しく擦り始めた。

「…っぁ…あ、く、ぅん…」

声を抑えて、腰をいやらしく揺らしながら自身を無我夢中で慰める葵。
自分がどれほどいやらしい状態かなんて考える余裕も無く、鷹島を感じながら絶頂に向かう。
齋藤、と呼ぶ低く掠れた声がたまらなく好きだと感じて、思わず葵は小さな声で鷹島の名前を声に出す。
その瞬間、射精感が頂点に達し、葵の自身から白濁が幾度かに分けてどくどくと溢れ出た。
強い快感に、太ももは熱を持って痙攣し、しばらく中も疼きっぱなし。

それでも、鷹島と身体を重ねたときの快感よりは薄いなと感じてしまった。

まるで鷹島と身体を重ねたのは、強姦でも何でもなくただ純粋にセックスをしたのだと勘違いをするかのように。
都合の良い自分に、自慰後特有の冷静になった頭の中は苦笑する。



(…鷹島先生とのアレを、俺…オカズにしちまった…)



白濁をシャワーで流しながら、もう一度身体を洗って身体の熱を冷ます。
先ほどの自慰をも流したいと思ったけれど、きっとまたシてしまうんだろうと思うとひどく悲しくなった。

ぼんやりと、10年前の鷹島の姿を思い出す。
くしゃっと少し困ったような少し可愛い笑顔が、たまらなく好きだった。
でも、今の鷹島が意地悪に笑う表情も、葵は好きだ。


『生きていて、良かった』


ふと思い出す、鷹島が搾り出すように告げた言葉。
瞬間、自慰後の気だるさも相まって葵の心はずんと重みを帯びる。
自分は、なんて浅ましいことをしているんだろうと。

ぐっと唇を噛み締めて、葵は忘れるかのようにシャワーのコックを冷水に捻り頭から浴びた。



「あら、葵が長風呂なんて珍しい」

いつもより長めの風呂からようやく上がってきた葵を見て、母は思わず口を出す。
葵は一瞬驚いたように肩を揺らすが、何もなかったかのように冷静を装って、

「いい湯だったンだよ、俺疲れたからもう寝るわ」

ひらひらと手を振ると、入浴後のアイスも忘れて足早に寝室へと足を運ぼうとした。
イタズラが台無しになって凹む拓也を余所に、拓也以外の家族は「おやすみ」と葵に挨拶をする。
葵も「おやすみー」と適当に返すと、拓也との2人部屋に1人向かった。

カエルの鳴き声だけが聞こえる静かな暗闇の中。
他よりは少々狭い和室に敷かれた布団に、葵は倒れこむ。
薄く心地よいタオルケットにぐるぐると包まると、今まで胸の中に溜めていたものを出すかのように息を吐く。

1人きりになると、どうしても鷹島のことばかりを考えてしまうから。
葵はゆっくりと目を閉じて、鷹島と出会ってからのことや、彼の事をゆっくりゆっくり思い出した。
思えば、鷹島を好きだと気づいてしまってから、ろくに考えていなかった。
葵の恋心への気づき方が、とても苦しかったものだから。

好きになりたくない、と未だ願っている心は更に問いかける。
じゃあ、好きにならない理由を考えようと。
鷹島に怒鳴られたことや、腹の立つ言い方をされたこと、自分に全く振り向くようなコトがないこと。

苦しいことはたくさんあるはずなのに、葵の心の中はそれよりも鷹島と話したことや、彼に大事にされたことを思い出す。
この夏、鷹島と一緒にいたことを。


葵はタオルケットに包まったまま、ゆっくりと起き上がるとそっとカーテンの隙間から夜空を覗いた。

キラキラ光る星空は、とても綺麗で葵の心をじんわりと解してくれる。
そして、葵にとって辿り着きたくなかった思いに終着した。


(…ぜんぶ、好きなんだ…俺)

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