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川原の草むらの中、鷹島と葵は向かい会って蛍を見つ続ける。
ゆっくりと瞬くような淡い光が何だか神秘的で、鷹島はふと蛍の光は霊魂という言い伝えを思い出した。
確かに今は盆がちょうど終わったばかり。
盆の時期に夏祭りをするなんで、不思議だなと今更ながら全く別の事を考える鷹島。
それは、葵の話に興味が無い訳ではなく、これから彼の過去を聞くことに対して少々困惑しているからだ。
葵のことを、更に知っていくことが少しだけ怖かった。

そうとも知らず、葵は新しい蛍を捕まえながらゆっくりと唇を動かす。
これから葵が話すことは、今まで出来た友人や彼女誰一人に話したことのないことである。


「俺さ、小さい頃身体が弱くて…ぶっちゃけ、ずっと入院してた頃があったンだ」

鷹島の目が驚いたように見開かれた。
何度か大きく瞬きして、じっと目の前の葵を見つめる。
葵は、「そうは見えないっしょ?」と軽く冗談交じりで苦笑するも、その笑顔が何だか切なかった。
今、元気に学校に通えるほどになったことに、昔を知らなくても鷹島はホッとしてしまう。
そう考えると、葵が倒れたときの拓也の焦りようは妥当かもしれない。

鷹島は深くは聞かず、小さく頷く。
葵の話の続きを待った。

「こっちの病院にもちょっと居た時があって…うーんと、俺が…7歳位か…」

約10年前、葵は母の実家の病院に入院していたらしい。
そういえば、自分の母親も10年前にそこに入院していたことを鷹島は思い出す。
けれども、それより葵がそんな幼い頃から入院を経験していた事に鷹島の胸の辺りに痛みが走る。
同情とか可哀想だとか、そういう事よりももっと深く、彼に軽いショックを与えていた。

それでも、鷹島は何も言わず葵の言葉を聞く。
葵が伝えたいのは、自分の身体が弱かった事ではないからだ。
葵は、幾度か蛍を逃がしては捕まえ、逃がしては捕まえを繰り返しながら話を続けた。



話は、約10年前に遡る。
葵が6歳の秋、彼は母の実家にある病院に入院した。
葵達は別の場所に住んでいたのだが、地方にしては医療が進んでいるこの病院に来たのだ。
しかし、地方なのであまり高度な治療は望めない。
それに治療が長引くと宣告を受けたため、国立の慢性期病院に転院しなければならない。
それまで、両親が頻繁に葵と会えるよう、転院するまでその病院に入院することになったのだ。

けれど、まだ幼い葵には自分が何の病気でなぜ入院しているのか分からなかった。
ただ、分かることは激しい痛みや胸の圧迫感、停まらない咳の苦しみ、そして学校に行けない寂しさばかり。
両親も兄も、何度も長い時間病室に居てくれたことはあるものの、夜は1人だし、時たま昼間でさえ1人の時があった。
地方の病院のためか、小児科はあるもののあまり入院患者は居ないので、友達も居ない。
幼いながらも、孤独感と身体の苦しみで、葵は自分の身体を憎むようになってきた。

そんなある日のこと。
その日は、葵の両親が2人とも用事で居らず、兄はもちろん学校だった。
葵は大人しく、1人病室で本を黙々と読んでいた。
たまに医師や看護師、栄養士などが葵を見に来たのだが、それでもやっぱり寂しい。
歩くことは出来るので(ツラいけれども)、うろうろしてみようかと廊下を見ると、


(…なんだろ、あれ)


椿を模した綺麗なコサージュが、落ちていた。
誰かの落し物だろうか、と葵は興味津々でベッドを降りると、点滴を引きずりながら廊下に出る。
きょろきょろと辺りを見渡して、看護師がいないことを確認すると、こそこそとエレベーターへと向かって行った。
そして、1階に着くと、外来患者の視線を気にしつつ受付の所へ歩いていった。


「これ、落し物…」

すると、受付の女性は心底驚いたようで目を丸くして大慌て。

「あらら…だめだよ、ちゃんとお部屋にいないと…」

なぜ近くのナースステーションに行かず、こんなところまで来たのか。
女性は葵のことを知っていたので(この病院で葵の症状で入院する患者は珍しいからだ)、とにかく病室へ帰らそうとした。
別の受付スタッフに頼み、葵を連れて行こうとするが、葵はなぜかむっと口を尖らせる。


「これ、俺が届ける」

「え!?そんな無茶言わないで…ね?戻ろうね」

「やだっ!」

また病室に戻って、1人になるのは嫌だった。
子どもが長期入院すると心が不安定になって逃げ出すことが時折あるが、葵もまたそれだった。
とにかく誰かと話したい、ここから出たいという目的で、コサージュを持ったまま逃げ出す。
受付の女性が慌てて追いかけるも、隙を突かれたためかエレベーターに乗ってしまった葵に追いつけなかった。
とりあえず、急いで主治医と担当看護師に連絡せねばと彼女は受付へと戻って行った。

一方、逃げ出した葵は自分の入院している病棟とは違う場所をうろうろする。
急性期病院なので、比較的元気な人が多く、特に整形外科の患者は元気そのものだった。
楽しそうに食事の話をする人の姿に、葵は羨望の眼差しを送る。
けれど、ずっと同じ部屋にいた葵にとって、初めて見る他の病棟は楽しかった。

看護師の目を盗みながら、葵はまた別の病棟へと向かう。
ここの病院は病棟ごとに疾患が違うので、今度は比較的静かな消化器内科の病棟に訪れた。
高齢者が多いためか、葵が病室を覗いても皆眠っていて気づかない。
時折、気づいてくれて「どこの子かな?」と話しかけてくれるおばさん方も居たが。

しばらく歩いているとナースステーションに近づいてきたので、葵はまた引き返そうと方向転換する。
すると、いきなり方向転換したためか連れて歩いていた点滴の車輪が、言う事を聞かない。
葵は驚く間もなく、身体のバランスを崩し、点滴ごと床に落下しそうになる。
落ちる!と、葵はぎゅっと目を瞑ってその衝撃を待った。
しかし、衝撃は訪れず何か温かいものに支えられる。点滴が倒れる音もしない。

自分は宙に浮いたのだろうかと、葵がぼんやりしていると、


「…危なかった…!おい、大丈夫か?」


男の声が降ってきた。
どうやら、葵が転ぶ前に誰かが支えてくれたらしい。
急いでお礼を言わないとと、葵は慌てて自分の身体を起こした。
自分より遥かに背の高い人間に、少々驚きつつも恐らく高校生位の青年の顔をじっと見つめて、ぺこりと会釈する。


「ありがと、ございます…」

と、礼を言った直後、青年は葵の言葉を聞く間もなく膝を付いて葵の掌を握った。
葵が驚いて声も出せずにいると、青年はそっと葵の持っていたコサージュを手に取る。
まじまじとそれを見つめて、裏に記された文字のようなものを確認すると、小さく「やっぱりか」と呟いた。
青年は、葵の掌を優しく離すと、目線をしっかり合わせた。


「これ、俺の母親のモノなんだけど…お前が見つけてくれたのか?」

葵は、驚きつつも何度も首を縦に振った。
たまたま廊下に落ちていたと説明すれば、看護師が拾ってまた落としたのかなと青年は呆れたように呟く。
そして、葵の髪をくしゃくしゃに柔らかく撫でながら、


「ありがとな」


同じようにくしゃっと笑った。
その笑顔に、葵の心臓が小さく高鳴る。
幼い葵にはその感情がよく分からないし、感情の名前は知っているけど青年に抱くものとは別物だと思っていた。
しかし、分からなくとも褒められたこと、撫でられたことが嬉しくてたまらなくて、葵ははにかむ。
父や兄とは違う、安心感に近い感情が芽生え始めた。


「そういや、お前どこの病室…」

青年は、ふと気づく。
この病棟に小児は入院していないし、何度かこの病棟に訪れているが見た事が無い。
見舞いを急いでいる訳ではないので、お礼に送っていこうと思っていた矢先、葵がいきなり咳き込み始めた。
呼吸器系の病気だろうか、と青年は大丈夫かと背中を摩りながら看護師を呼ぼうとする。

だが、青年の思っている病気とは違うものである葵の病気。
葵の咳は止まらず、息が切れ、胸の圧迫感に悶え苦しみ始めた。
青年は幼い子がこんなにも激しく苦しむ姿を見て、ぞっと寒気を走らせる。
彼の目の前が一瞬真っ暗になってぐるぐる回るが、必死で唾を飲み込んでそれに耐えると、叫ぶように看護師を呼んだ。

他の入院患者、患者の家族が野次馬のように顔を覗かせるのも気にせず、葵を支えて叫ぶ。
朦朧とする意識と苦しみの中、葵は自分を支える手が震えていたことに気づいていた。
そして、その温かさに不思議と、安心していた。

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