11,
-------------

焼きソバを食べ終え、浴衣にも慣れてきた葵は何とか体力を回復させることが出来た。
早速屋台を巡る2人は、逸れないようにいつもより距離を縮めて肩を並べる。
ヨーヨーやくじ、射的など遊ぶものもあれば、たこ焼きやクレープなど食べ物も豊富。
小さな町なのに凄いな、と葵はワクワクしながら自分で買ったクレープを頬張った。


口の中に甘い生クリームとカスタードの味が広がり、たまらなく幸せそうな顔をする葵。
甘いものが好きなンて不思議だと、鷹島は半ば呆れながら自分で買ったフランクフルトを食べながら歩く。

ふと、葵は面を売っている店の前で立ち止まった。同じように鷹島も「何だ」と立ち止まる。
すると、葵は1つの面を手に取ると、一生懸命背伸びをして鷹島の顔に無理やり付けた。
葵が不器用なので上手に付けられず、しばらく面の変な圧迫感に耐える鷹島。


「何すンだ!?」

「ごめんごめん…あっ、やっぱ似合うなー鷹島ちゃんっ」


ケラケラと笑って、葵は満足そうに携帯を取り出そうとした。
鷹島はやっと見えた面の狭い穴から葵を見れば、ちょうど良いタイミングでシャッター音が鳴る。
あまり写真を撮られることは好きではないので、鷹島は慌てて「何撮ってンだ!」と詰め寄った。
その面を付けたまま詰め寄ったので、葵は思わず「ひっ」と悲鳴を上げる。
自分で付けといて、恐ろしいのだその面は。

慌てて鷹島に証拠の写メールを見せると、そこに映ったのは


「…お前…なんつーチョイスだ…」

自分の顔が日本昔ながらの鬼の能面になっていた。
屋台でこんな恐ろしいものを売っている時点でおかしいのだが、葵が似合うという意味を知って鷹島は少し腹を立てる。

確かに普段から葵に怒鳴ったり頭を掴んだりはしているが、この仕打ちは無いだろうと心の中で愚痴る。
急いで外して、元の場所に戻しながらふとある面を取り外した。ついでに、店の人に「これください」と購入。
そんなことは知らない葵は、鷹島からいつ頭を鷲づかみにされるのか、恐怖7割期待3割で目を瞑って待つ。

なんだか、鷹島に怒られているのを待っているかのようで、葵は自分に少し呆れた。
するといきなり、顔に何か硬いものが付けられる。


「うわっ!?なに!?」

「人に付けるのは難しいな…」


どうやら、鷹島は先ほど自分がやられたように仕返しで葵にも面を付けているらしい。
葵はびっくりしてわたわたと手足をばたつかせるが、転んだら痛いのでぐっと堪える。
そうしてようやく付け終えたのか、鷹島は手を離した。
そして、先ほどの葵の真似をするかのように写メを撮る。慣れてもいないのに。

「あ?何でボケるんだ?」

携帯カメラだというのに、持ち前の機械オンチでピンぼけした写真を葵に見せる鷹島。
恐らく、何かの手違いで接写モードにしたままなのだろう。因みに鷹島の携帯は、大分古い。
葵は面の小さな目の穴から頑張ってみれば、そこに映っていた自分の顔は、


「…あ、うさちゃん!?」

自分の好きなキャラクターである、うさちゃんのお面が付けられていた。
顔を隠してして、女物の浴衣を着ては益々女性に見えてきて葵はちょっと俯く。嬉しくは無い。
けれど、うさちゃんの面は素直に嬉しいのでずらして付ける事にした。

また、奢ってもらってしまったと葵はちょっとへこみながらも、お礼を言おうと鷹島の袖を無意識に掴む。
不思議がって携帯を弄っていた鷹島は、突然の葵の行動に思わず目を見開いた。
どきん、と心臓が高鳴ってしまい、慌てて冷静を装う。
たかだか男子生徒に袖を掴まれたくらいで、と今更ながら自分に言い聞かせて「どうした」と聞いた。
すると葵は、照れくさそうにヘラヘラ笑って、


「なんか、今日色々買ってくれて…あざっす…」


ぎゅっと鷹島の袖を握り締める。
言葉遣いと、ヘラヘラした顔は相変わらず不真面目だけれども、礼を言う健気さに鷹島は驚いた。

どんどん葵の健気さや、優しさを知っていくことにハッと気づく鷹島。
緩やかに腕を振りほどくと、「俺がしたくてやってるだけだ」と少し冷たい返事をして先を歩き始める。
そんな鷹島の行動に、葵はちょっとしゅんとするも、めげずに後を着いて行った。


(何だって俺はこンなに浮かれてんだよ…くそっ)


めげずに一生懸命着いて来る葵に申し訳なくなり、心の中でも照れ隠しの悪態を吐きながら歩く速度を緩める。
葵の歩幅にあわせて、また何か面白いものはないかと屋台を見渡した。
鷹島の隣で、葵も一緒になって屋台を見渡す。


「あっ、すげぇヒヨコ売ってる!かわいいな…」

楽しそうに色々な屋台を見ては鷹島に話しかける葵。
それが楽しくて、思わず鷹島も「すぐニワトリになっちまうぞ」なんて意地悪を言った。
鷹島の言うとおり、ヒヨコはすぐに立派なニワトリになってしまうのだが、夢の無いことを言われたので葵はちょっと口を尖らせる。
だけどもそれがおかしくて、すぐに笑ってしまったのだが。


気づけば、もうそろそろ葵を家へ帰さないといけない時間がやって来てしまっていた。
鷹島は時計を二度三度確かめ、名残惜しくも「帰るか…」と呟く。

その言葉に、イカ焼きを頬張っていた葵も、ちょっとしゅんと落ち込む顔を隠しながら「そっすね」と返事をした。
楽しい時間ほど流れるのはあっという間だ。

もう真っ暗な道なりを、転ばないように慎重に歩く葵。
ただでさえ、慣れない下駄のせいでカカトも指の間もとてつもなく痛いのだ。
明日はずっと座っていようと決めるほど、痛々しく赤く腫れる足。
先ほどよりずっとスローペースで歩く葵を、鷹島は心配そうにチラチラ見ながらゆっくりと歩いた。

「大丈夫か」

思わず聞けば、葵は強がって口を硬く結び、力強く頷く。
心配をかけたくない、迷惑をかけたくないという一心だ。
もうすぐ、この時間も終わってしまうのだから、せめて最後まできちんとしていたいプライドが葵にはある。
そのプライドは、鷹島にはいらないものだというのに。

「無茶すンじゃねぇよ、おぶるか?」

「…い、いい!あとちょっとだし!」

一瞬、おぶってもらえるという状況を想像して葵は甘えようと思ったが必死に我慢した。
更に強がって、痛い足を無理やり早く動かし始めるほどに。
無理すんな!と鷹島が慌てて牽制するも、葵は大丈夫と粋がって前へと進んでいく。

そうして、鷹島に心配されつつもようやく鷹島の車の中へと辿り着いたのだった。
もちろん乗り込むときはなだれ込むように。それほど痛かったのだ。


「だからスニーカーにしとけっつたのによ」

「…うう」

呆れながらアクセルを踏む鷹島に、葵は悔しがって下唇を噛む。
本当にスニーカーにしておけば良かったと後悔するほど、葵の足には激痛が走っていた。
早く家に帰って湿布を張りたいけれど、まだ鷹島と一緒にいたいという矛盾にぐるぐると苦しみながら、葵はぼんやりフロントガラスを眺める。
静かなラジオだけが響く車内。
なのに、何故かそれがとても心地よくて、葵はうとうとと船を漕ぎ出した。
ふと、鷹島が葵が未だ付けている面を見ながら呟く。


「そういや…お前の父親から聞いたが…なんでそのウサギが特別好きなんだ?」


可愛いもの好きに理由は特に無いのだろうと予想はしていたが、何となく気になった。
特に変わり映えのない、普通のメスのウサギが花の耳飾りをしている程度のキャラクターなのに。
不思議に思っている鷹島を見上げながら、葵は一瞬難しそうに表情を歪めた。
なんだか言い出しにくそうにもごもごと口を動かしている。
やはり聞くべきことではなかったか、と鷹島が一瞬取りやめようとしたその時。


「…あ!鷹島ちゃん、ちょっと車止めてくンねぇ!?」


いきなり葵が鷹島に車を停めるよう頼みだした。
住宅街でもない、ましてや目的地でもない真っ暗な外に何があるのか。
鷹島は困惑しながらも、葵の言うとおりにブレーキを踏んだ。
停まったことを確認すると、葵は鷹島も呼んで車を降りる。
それこそ足を痛めているのに、忘れたかのような動きで。


「ばっか、お前足痛いだろ…つーかココ川原か!?」

葵は川原の草むらの中を駆け出す。
なんと、車の中であまりの足の痛さに下駄を脱いでいたので裸足で入り込んだのだ。
いくら綺麗な自然とはいえ、裸足で夜の草むらを走るのは危ない。
何かの虫がいて踏んでしまっては危険だ。尖っている石も危ないもの。
慌てて鷹島は止めようと、自分も草むらの中に入り、葵の元へ駆け寄った。すると、


「見て、凄くねぇ?コレ」


草むらに座り込む葵の周りには、淡い光の粒がふわふわと幻想的に舞っていたのだ。
一つ一つの光は小さいのに、蛍の数が多いためか葵を淡く映し出す。
水色に近い青の浴衣を着ている金茶頭の男子高校生が、その光のおかげかとても綺麗に見えた。
思わず、鷹島は息を呑む。

蛍に囲まれる葵を、鷹島はぼんやりと見つめながら葵の目の前に腰を下ろした。
葵の足は大丈夫だろうかと確認も忘れずに。

すると、葵はゆっくりと手を伸ばして、掌で何かを包み込む。
一体何をと鷹島が思えば、ほんわりと葵の掌から柔らかな光が漏れた。
どうやら蛍を捕まえたらしく、掌から漏れる光は優しく葵の顔を照らしている。
葵の表情は、昔を懐かしむようなそれでいてちょっと悲しそうな顔をしていた。
その顔のまま、葵は小さく唇を動かし始める。


「ウサちゃんは、俺が小さい頃ある人に貰ったンだ」

鷹島は、葵の素足に近づく虫を軽く追っ払いつつ、その話に耳を傾け始めた。



- 73 -


[*前] | [次#]

〕〔TOP
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -