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鷹島が葵の家に着いて、呼び鈴を鳴らすと葵の父が出てきた。
ちょっと困ったように眉を顰められ、鷹島は一瞬「いやなのだろうか」と驚く。
しかし、鷹島に嫌な顔をしたのではない。葵の今の状態にだ。


「まだ用意が出来ていないので上がって待ってください」


すみません、と謝られて鷹島は「いえいえ」と宥めつつも言葉に甘えて玄関先まで上がった。
何やらばたばたと暴れている音がしている。
寝坊でもしたのだろうか、と鷹島が不思議がって玄関先から中をちょっと覗いてみた。
なぜなら、今日は1日中早く葵に会いたいと想っていたから。
そんな気持ちを打ち消すために、掃除をしたり研修の確認や2学期の仕事をしたりしていた。
それらのおかげで、溜めていた気持ちが今にもあふれ出そうだ。

だが、そこに居た葵は、

「たっ、鷹島先生…!ちょ、待って!俺着替え…あああこれは趣味じゃなくて母さんが勝手にだな!」

青い大きな花々が彩られた浴衣を着て、髪も華やかに弄られた姿だった。
鷹島は思わず目を見開いて、上から下まで信じられないと言わんばかりに見回す。
普段のチャラい姿とは全く違う、清楚で綺麗な姿に言葉も出ない。

元々柔らかい女顔に近いので、細い眉を女性のように整えればチャラさは多少抜ける。
線が細く、頬もこけていないおかげで、男性が女装する時特有の違和感と気持ち悪さは薄かった。
それでも、本当に女性と見間違えるほどでは無い。
青少年らしさは所々(特に喉元や肩幅、腰の細さ)は残っている。
それなのに、

(…やべ…、可愛いとか思うンじゃねぇよ俺…!)

そう思ってしまう鷹島。
ここはゲラゲラ笑うところだろ!と鷹島は自分自身を心の中で戒めた。
実際、相手の家族がいるまえで「きもちわりぃ!」とゲラゲラ笑うことは出来ないので、言葉を飲み込むだけ。
ごほんと1つ咳払いをして、「慌てなくていいから…」と小さく呟いた。

玄関先に座って、葵の父とのんびり会話をする鷹島。
どうしてあんなことになったのか、父から聞くと、あの母はやはり強引な人物なのだと実感する。
案の定、家の奥から母の声と葵の声がわんわん聞こえてくるのだ。
この家は、母と葵が基本的にやかましいのだな、と鷹島は呆れながら麦茶を飲む。


「もう時間無いからそのまま行きなさい!大丈夫、隣町でしょ!?」

「何が大丈夫なンだよ!?」

「鷹島先生をお待たせしないの!髪飾りは外してあげるから!」

「あいててて!引っ張るなよ!」


ぎゃあぎゃあ聞こえる2人の言い合いに、父は恥ずかしくなって咳払いを何度もした。
すみませんと鷹島に謝りながら、茶菓子を持って来た拓也に「静かにしてくれと伝えなさい」と小声で伝える。
拓也も苦笑しながら、「多分聞かないと思うけど…」と2人の元へ向かった。
しばらくすると、やっと静かになった家の奥から、おずおずと葵が鞄を持って鷹島の元へ向かう。

「…えと、すんません、着替えらンないからこれで…」

キモい格好ですいません、と何度も謝りながら鷹島の隣で下駄を履いた。
さすがに、スニーカーで浴衣は不恰好だからだ。
慣れない下駄に葵がフラフラしていると、隣でやんわり鷹島に支えられた。
葵の頬がちょっと熱くなる。


「じゃあ、7時には戻りますンで」

それまでお借りします、なんて両親に真面目な挨拶をして鷹島は葵を支えながら興津家を後にした。
ドアが閉まる前に、葵も「いってきまーす!」なんて元気な挨拶をして。
暗くなりかけた外へ2人並んで出て行く様子を、葵の父はぼんやりと見つめ続ける。
握った掌の中に隠しておいた、葵に渡そうと思っていたうさちゃんのヘアピンを弄りながら。



カラコロ、カラコロと軽やかな音が静かな夕方の道路に響く。
鷹島の車に着くまで、必死に慣れない下駄と格闘する葵を、鷹島は「やれやれ…」と呆れつつも肩を支えた。
サンダルとはまた違った足の開放感と、親指と人差し指の付け根が広がる微妙な気持ち悪さに葵は嫌になった。

「靴、スニーカーでも良かったろ」

暗いから分からないだろうと、鷹島は呟きながら葵の代わりに助手席のドアを開けた。
何だかエスコートされている婦人みたいで、葵は大分嫌になる。
むっと口を尖らせながら、ほとんどジャンプに近い形で助手席に飛び乗った。(浴衣で足が広がらないから)
シートベルトを締めると、更に動きが制限されて葵は思わずしかめっ面になる。
そんな葵を横目で見ながら、鷹島は自分も運転席に乗り込みシートベルトをかっちり締めた。


「浴衣にスニーカーとかダサいっつーか…」

いくら女装だろうと、ダサいのは俺のセンスに関わる!と、葵は相変わらず口を尖らせながら拗ねる。
鷹島に褒めて貰いたい訳では決して無いのだが、何も言われないのはやっぱり切ない。
仮にも好きな相手だ、自分に目線を向けてもらいたいのが恋心。
そんな葵の気持ちを知る由も無く、鷹島はエンジンをかけてギアを踏んだ。

「誰も気にしねぇよ」

なんて、ちょっと冷たい言葉を呟きながら。
その言葉に更にむっとした葵の表情を見ずに、鷹島は車を発進させる。
すると、車内ラジオから夏メロ特集なるものが聞こえてきた。
この季節と、そして今から行く所にちょうど合った曲が流れてきて、葵は耳を澄ます。
鼻歌交じりにそれを歌い始めると、ふと鷹島が呟く。


「…まあ、いいンじゃねぇの」


ちょっと照れているのか、言い終わった後口の端が歪んでいた。
葵は目を見開いて、ぱっと鷹島の方を見つめる。
思わず、じーっと数十秒以上見つめてしまい、鷹島に睨まれてしまった。
元々瞳が鋭いので、葵は怖くて思わず目を逸らす。
怖くて心臓が一瞬跳ねたが、それよりも鷹島に言われた言葉に心臓が高鳴っていった。

ドキドキする心臓に手をこっそり当てながら、そっぽを向いて、


「鷹島ちゃんが褒めるとかキモっ!
ニューハーフ好きとかじゃね?」


思わず心にも無い事を言ってしまった。
照れ隠しにもほどがあるひどい言葉に、鷹島は思わずアクセルを思い切り踏んでしまう。
いきなりのスピードに、葵は「ぎゃああ」と悲鳴を上げてしまった。
しかしその悲鳴も耳に入らない程、鷹島は動揺する。
確かに、男子高校生である葵の女装を褒める男の自分はどう考えても、ソッチ方面だ。

(嘘だろ…!!)

考えたくない事に、鷹島は無意識にアクセルを踏みまくる。
あまりのスピードと、無意識の癖に絶妙なハンドルさばきに葵は気絶寸前だ。


「たっ、鷹島先生!死ぬ!これ死ぬー!!」


住宅街を、スピードを出したままぐねぐねと進む車。
一瞬目の前をご老体の女性が横切った瞬間、葵の全身の血がつま先に落ちるほどだ。
その老婆が渡りきった後に車は進んだので、事故もけが人も出さなかったのは幸いの事。
結局、駐車場に着くまで葵が何度も「スピード!」と注意しても止めなかった鷹島だった。

慣れない下駄と、鷹島のひどい運転のせいで葵はフラフラしながら車を降りた。
何が起こったんだ…とげっそりしながら、またカラコロと下駄を鳴らして鷹島の元へ向かう。

「鷹島ちゃん、いきなりスピード出しすぎっしょ…」

ぐったりした葵を見て、鷹島はようやく自分の無意識の行動に気づいた。
やべっ、と罰の悪そうに呟いて、不自然に目を泳がせる。
どうも鷹島は、車を運転するとついついスピードを出してしまうらしい。
普段あまり車に乗らない葵にとっては、とんでもない速さだったので、何倍もぐったりしてしまった。
しかも、軽く車酔い。


「わりぃ、大丈夫か?」

「…ちょっと酔った」

顔を青ざめさせて口元を押さえる葵。
葵が体調を崩すことに、鷹島は敏感になっているので慌てて休める所を探した。
車で休んでいるかと聞くが、せっかく来たので歩きたいと葵が言うので車は却下。
とりあえず、夜店のある所までフラフラする葵をまた支えながら向かった。

田舎町だというのに、人が大勢で活気のある通り。
子ども達がはしゃいで射的やわたあめに群がり、カップルは楽しそうに2人で焼きソバを食べている。
屋台では、気さくな人たちが「いかがっすかー!」と声を張ってお客を呼び込もうと必死だ。
楽しそうな祭りの雰囲気に、葵は徐々に回復していく。
病は気から、とはよく言うがその通りかなと葵はぼんやり思った。
目に入ってくる美味しそうな屋台の食べ物に、ついついチラチラ視線を送ってしまう。
そんな葵に気づいたのか、鷹島は特に葵が注目していた果物飴の屋台に向かった。

「どれがいいんだ?」

「えっ…じゃあ、ブドウのやつ…」

さらっと聞いてきた鷹島に、葵も疑いなく応えてしまう。
葵の返事を聞いた途端、鷹島は果物飴売りの女性に「ブドウのやつ1つ」と頼み、素早く料金を払った。
特に綺麗なやつを受け取ると、呆然としている葵に渡す。
てらてらと鮮やかな紫色に光るぶどうの飴を、葵は恐る恐るぺろりと舐めた。
とても甘くて、甘いものが好きな葵にはたまらない味に思わず頬を緩める。

やっと笑った葵に、鷹島もふっと頬を緩めた。
浴衣がとても嫌だったのだろう、会ってからずっとしかめっ面だから鷹島はちょっと焦っていたのだ。
嬉しそうにぶどう飴を舐める葵を見て、もっと何か買ってやろうと鷹島は辺りを見渡した。
すると、ぶどう飴に夢中だった葵がようやく気づく。


「あっ!金…!」

払う、と慌てて鞄から財布を取り出そうとする葵。
しかし、母に持たされた浴衣用の可愛い巾着から男物の財布が取り出される様は面白い。
鷹島は思わず喉を鳴らして笑いながら、


「奢りだ」

くしゃくしゃと葵の髪を触る。
ヘアスプレーのおかげでちょっと硬いけれど、細い髪の毛は触り心地が良い。
無意識に葵に触れてしまう鷹島。
葵は、鷹島に触れられるだけで頬を赤く染めてしまうというのに。

葵の睫毛が震えて、視線を下に落とす。
口をへの字に曲げて唇を噛み締めながら、早まる鼓動を何とか抑えた。
その表情に、鷹島は思わず見惚れる。
困ったような、嬉しそうなその表情は初めて見るもので、夕暮れの日差しでより綺麗に思えた。


2人の間に気まずい沈黙が静かに流れた。


「…あンがと…、ヨーヨーとか金魚は俺が奢るぜ?」

それを葵は何とかチャラけながら打ち破る。
別に鷹島はヨーヨー釣りも金魚すくいもしたい訳ではないのだが、「分かった」と同意した。
途端、葵は急に元気になって顔を上げると、早速見つけた金魚すくいに目をつける。
ぐいぐいと鷹島の袖を引っ張りながら、「やろうぜ鷹島ちゃん!」とノリノリでポイを手に取った。
鷹島は別にやる気が無いのだが、葵があまりに楽しそうにしているので自分もポイを手に取る。

屋台の明かりで揺らめく水面に、葵の楽しそうな笑顔が映る。
それを横目で見ながら、鷹島は尾が綺麗に揺らめく真っ赤な金魚を1匹掬い上げた。

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