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翌朝、昨日と同じように眩しいばかりの青空が青空が広がる快晴。
葵は鷹島が迎えにくる17時まで、文化祭で発表する曲の練習をしていた。
楽譜を何度も見ながら、自分のパートを必死に練習する。
バイトと陸上部臨時マネージャーの間に、ちょこちょこ練習をしていたが、まだ足りない。

葵達の文化祭は、近くにある工科大学と半ば合同のような形なので意外と豪華なのだ。
しかも、今年は工科大学の軽音メンバーが音響やステージを手伝ってくれるらしい。
人も多く集まるし、本格的なステージなので気を抜くことは出来ないのだ。
気合いを入れて、つまづいた部分を何度も何度も弾いて身体に覚えさせる。

因みに曲は、みんながノリやすいように最近の邦楽ロックとJ-POPだ。
葵達は全部で3曲演奏するのだが、そのうち1曲がまさかのオリジナル。
歌詞、曲共に出来てはいるのだが、どうも葵は納得が未だにいっていない。なぜならば、それは葵が作ったものだから。
まだギリギリ直しても間に合うだろうか、と一旦練習をやめてオリジナルの楽譜を見直した。

それは、恋の歌。
恋愛のことなら俺に任せろ!と意気込んだものの、所詮それはよくある恋愛曲の歌詞に似せたもの。
夏休みのずっと前に考えた歌詞なので、今鷹島を想う気持ちなんて微塵も無かった。

でも今は、違う。
どれもこれも、確かにそうだと思えることもあるけれど、自分の感情とは全く別の言葉だった。
サビに入る前の歌詞、その1つにそっとペンを走らせる。
でもやっぱり、素人の高校生に過ぎない。みんなでやっとこさ考えて、曲にもちゃんと合わせた歌詞を今更変えることが出来なかった。
握っていたペンをその辺に放り、ピックに持ち替えて練習を再開する。

ボーカルは渚だが、この曲は葵も歌う所がある。
弾きながら演奏はあまり得意ではないが、大きなイベントなので完璧にやらなければならない。
足踏みでリズムを取りながら、なるべく大きな音を出さないように自分のパートを歌う。

「…好きって言葉 喉が枯れるほど叫びたい…」

好きだなんて、小さな声だとしても伝えられないのに。
叫ぶなんて尚更だ。
自分で作った詞なのだからもう仕方ないとはいえ、何だか楽譜をくしゃくしゃにしたい気持ちに駆られた。
結局、この歌詞は切り貼りで作ったもの。前までそれがかっこいいと思っていたのに。


(…アイス、食おう)


これ以上考え込んでも、練習にならない。
気分転換にと、葵は冷凍庫にあるアイスを取りに台所へと向かった。

扇風機の音が聞こえる居間を通って、台所に向かう葵。
ルンルン気分でバニラアイスを取り出し、再度練習用の空いている部屋に戻ろうとした。
すると、居間でのんびりテレビを見ていたはずの母がいきなり葵の死角から飛び出して、その腕をがっしり掴む。
いきなり母に掴まれて、葵は思わず「ぎゃあ!」と悲鳴をあげると、母はニヤニヤと笑みを浮かべながら、

「葵は、今日鷹島先生と夏祭り行くのよね?」

再度、昨夜葵から聞いたことを確認する。
そうだよと葵は何の疑いもなく頷くが、何だかその笑みを見ると眉間に皺が寄った。
それもそのはずで、葵を逃さぬようがっしり掴みながら、母はある部屋へと連れ込んだのだ。

そこは、母の昔の服や祖母の服がたくさんあるタンスの部屋。

あまり入ったことが無いので、葵はおろおろしながら辺りを見渡した。
ちょっと古臭い匂いが香る。
すると、母といつの間に居た祖母がガサガサとたくさん箱があるエリアから1つの箱を取り出してきた。


「お母さん、自分の娘にこの綺麗な浴衣を着せるの夢だったのよー」

…なんて、言いながら。
葵は嫌な予感がして、後ずさりを始めた。
案の定、母と祖母の持っていた箱から出てきたのは可愛らしい淡い青色の浴衣。
ぎょっとして目を見張れば、彼女達はきゃっきゃと嬉しそうに浴衣を取り出してはしゃぐ。

「昨日ねぇ、葵が遊んでいる間に買い物行ったら可愛い小物見つけたのよ」

ほら、ちょうちょの帯飾り!と言って見せてきた。
葵は顔を青ざめさせて、慌ててドアへと逃げ込む。

「ざけんなっ!そんなの着れるかー!」

大きな声を出して完全な拒否を見せ付けるも、彼女達は本気らしく、ドアにはがっちりと鍵がかかっていた。
しかも、外からかけてつっかえ棒も忘れない程の本気。
一生懸命ドアノブを回して「父さん兄ちゃーん!たすけてくれー!」と助けを請うも、返事は…無い。
父も兄も女性には勝てなかったようだ。(最初は父が反対していたのだけれども)


「大丈夫、それ着て夏祭り行けなンて言わないから」
「新しい小物がどんな風に映えるか見たいの」

ドアにへばり付く葵に、じりじりと近づく祖母と母。
あまりの恐怖と家族にされるであろう女装への嫌悪に涙ぐみながら、葵は最後に「勘弁してください…」と掠れ声をあげた。
だが、無情なことに勘弁など無く。
葵は下着以外の服を剥がれ、女性2人にパワフルな着付けをされてしまうのであった。



腹を帯でぎゅっと結ばれるという、初めての苦しみに「うっ」と葵は声を上げる。
葵は線が細いとはいえ、女性の体つきではない。
ウエストよりも腰の方がくびれているのだが、女性モノは本来ウエストがきゅっと締まる。

女性用の大きな帯を、くるくると器用に美しく仕上げる祖母。
葵の細い腰に、青色の帯がリボン上にちょんと乗る。
弛んでいないかと、腰をぺたぺた触る祖母がふと口を開いた。

「…葵、もうちょっと食べなさい」

「食べてるよ」

拓也が父に似てとても男らしくがっしりしているのに比べて、葵は細く柔らかい容姿をしている。
本人は頑張ってチャラけているので、多少はその補正がかかっているがやっぱり細さは誤魔化せない。
もっと肉を食べよう、と葵は口を尖らせながら大人しく着せ替え人形状態を続けた。


「さて、新しく買った小物を付けましょ!今の小物は本当かわいくって!」

一通り浴衣を着せ終え、母はウキウキと新しく買った小物達を取り出す。
そんなものを買うお金があったら、もっと他の方向に回して頂きたいと葵はぼんやり願った。

取り出したのは、まずレースの飾り衿。
ピンクの生地に、可愛らしいレースがあしらわれている。
女の子ならば、誰でも「わあっ」と歓喜の声をあげそうな本当に可愛らしい飾り衿だ。
だが、着せられる葵にとってはたまったもんじゃない。
まだ青なので女子!という感じが無く救われていたのに。(柄が花々の時点で諦めればいいのだが)
心底嫌な顔をしてみせるが、もう母はそんなこと気にしていなかった。

飾り衿を付けるだけで、大分華やかになった襟元。
葵からはよく見えないので、どうなったか分からないが祖母と母の反応がキラキラしているので気に入ったのだろう。
そして、華やかな色の兵児帯(しかもレースがある)とビーズや蝶のチャームが光る帯飾りをつけて完成。

大分派手に仕上がるのは、母の趣味だ。これは多少葵に遺伝している。
派手に今風に可愛く仕上がった浴衣姿に、祖母も母も満足して「かわいいー!」と声をあげた。
喜ぶのは結構だが、ようやく終わった着付けに葵はぐったりと肩を落とす。

「それはよかったね…早く脱ぎてぇンだけど」

早速脱ごうと適当に帯を触っていると、母にがっしりと腕を掴まれた。
そして、

「待った!実はこの髪飾りも買っちゃったのよ!」

華やかな大きい花の髪飾りを取り出した。
つまりは、これも付けるということだ。さすがに葵も嫌悪の頂点。
急いで逃げようと、いっそ窓から!と言わんばかりに走り出す。が、いつもの服装ではない。
うまく足を広げることが出来ず、葵はその場ですっ転んだ。
そして、またまた祖母と母に捕まって今度はヘアアレンジとメイクにとひきずられていってしまったのだった。


人生で、女装させられたことは数度ある。
文化祭でふざけてセーラー服とか着た事はあったが、所詮おふざけ。
子どもの頃の女装はカウントに入らない。
だが、カウントしても今までに無かったことをただ今されている葵。

「葵はお母さんに顔立ちが似ているンだから、眉を細くしないの」

頑張って細くした眉を、アイブロウで女性らしく書き換えられる。
逆に言えば、細くしたせいで男らしい太い眉毛でないためにこんなことになってしまった。
さすがに祖母も母も同情したのか、本当はしたいアイラインや口紅は我慢。

そして、長めだった髪のおかげでワックスとヘアスプレーで可愛らしくふわふわにされた。
髪を切って、眉を太くしておけばよかった!と葵は嘆きながら、鏡の前の自分に吐き気を催す。
葵に女装の趣味は一切無いからだ。ましてや、別に自分の容姿が大好きな訳でもない。

最後にちょこんと頭の右の方に華やかな髪飾りをつけられ、完成した。

「やっぱり、今の小物を付けると華やかになるわね!」
「本当に…男の子の葵でもこんなに可愛くなるのねぇ」

綺麗に仕上がった葵を見て、祖母とは母それこそ嬉しそうにきゃっきゃとはしゃぐ。
対する葵はぐったりしながら、早く解放されたいと望みながら、ふと斜め前を見た。
そこには、じろじろと葵を見つめる父と、あろうことか写メを撮りまくる拓也の姿。

「…兄ちゃん…何撮ってンだ消せー!!」

「無理だ!もったいない!」

拓也は急いで葵の写メを保護しながら、風呂場へ逃げ込む。
慣れない浴衣を着ている葵はそれ以上追いかけることが出来ず、後で絶対締め上げると憎しみに震えた。
そんな葵を未だ複雑な気持ちで見つめる父。
普段から男らしく育って欲しいと願ってはいるも、浴衣姿の葵は何という事か母にちょっと似ていて可愛らしい。
自分も後で写真を撮っておこう、とこっそり計画立てた。

「もう俺は早く脱ぎてぇの!時間になっちまうじゃん!」

葵は写真を撮られつつも、早く解放されたいことを叫び伝えた。
彼の言うとおり、着付けに大分時間がかかってしまい外は徐々に暗くなっている。
早くしないと鷹島が来てしまうと慌てていると、タイミング悪く呼び鈴が鳴った。
父がそそくさと玄関に向かい、呼び鈴を鳴らした相手を出迎え、玄関先まで来てもらう。
そう、訪問者はもちろん。


「葵、鷹島先生…来たぞ」


待ち合わせ時間より少しだけ早く来た鷹島。
葵の目じりに、じわりと涙が浮かんだのだった…。

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