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明日、5時頃に迎えに行くと約束する2人。
鷹島の家に着くと、ユキ達がもう帰りの準備を終わらせたらしく、玄関で手を振っていた。
誠一が「遊んでくれてありがとう」と葵にお礼を言いながら、啓太をおんぶした。
ユキも、嬉しそうに微笑んで「お祖母さん達によろしくね」と葵に告げる。
相変わらず綺麗な人だ、と葵が見とれていると、


「彰ずるーい!私も葵クンと遊びたかった!」

「うぎゃっ!?」

無防備な葵の背中に、琴美が思いっきり飛び掛ってきた。
どがっと嫌な音を響かせながら体重を乗せてくるので、葵は悲鳴をあげて何とか踏ん張る。
葵のふわふわな髪に鼻を埋めて、「いい匂いがするー」と変態混じりなことをしてきた。
女性にこんなに迫られた事の無い葵。いくら周りにチャラい女子が多くとも、普通こんなことしない。
すると、またまた鷹島が琴美の首根っこを掴んで引き剥がした。


「琴美!いい加減にしろ…つーかお前、レポート終わったのか」

「ふんっ、彰が遊んでる間に必死に終わらせたっつーのっ!
もうやだー、あの教授嫌いー」

口を尖らせて、鷹島の手から逃れると一足先にワゴンに乗り込んで、


「葵クンばいばーい!受験する時は、うちの大学受けてねー!」

なんて言って手を振った。葵もつられて手を振るが、「大学?」と疑問を浮かべる。
一応説明しとくか、と鷹島はひとりごちながら、

「アイツはK大学の院生だ」

と、意外にも意外すぎることを葵に教えた。
琴美は、東京の大学でもトップレベルの学科に通い、尚且つ院生だという。
鷹島一族は頭も良いのか、と葵はしかめっ面をしながら「凄いな…」と呟いた。
自分がK大学に受かるわけが無い。

誠一とユキもワゴンに乗り、エンジンをかけた。
高速に乗って帰るのは大変だけれども、新幹線を乗り継ぐよりは楽らしい。
葵は彼らに手を振りながら、啓太に「また遊ぼうなー」と声をかける。
まだ眠いのか、閉じそうな瞼を必死に上げながら「ばいばい」と手を振る啓太。

ワゴンの音が遠ざかり、辺りにまた沈黙が広がる。
キジバトも鳴くのを止め、フクロウが鳴き始めた。もう、夜になる。

葵を家まで送っていくか、と鷹島が歩こうとすると、


「じゃあまた明日な、鷹島先生!」

葵は嬉しそうに両手を振りながら、家まで駆けていった。
大丈夫かと鷹島が呼びかけるが、「平気!」と返事をして走って行く。
久しぶりに見た、葵の嬉しそうな笑顔に、自分を呼ぶ声に鷹島は嬉しくなった。
葵の影が見えなくなるまで、鷹島はその場所をじっと見つめ続ける。
眩しいな、と想いながら。





その日は、雪が降っていた。
静か過ぎる家に、先ほどまで沢山居た親戚や近所の人たちはもういない。
鷹島はその家の中心に、ぼんやりと座り込んでいた。
葬儀の後片付けが終わった後のこの家は、ひどく静かで、とても広く思えた。

うつろな目を、母の遺影に向ける。
最後まで、息子のことばっかり考えていた母。
俺は何か母に親孝行が出来ていただろうか、と思い出に浸りながら涙を堪えていた。

畳の上を歩く音が近づいてくる。
視界の端に、真っ黒なスーツが見えた。
鷹島は男に視線を移すことなく、母親の遺影を見つめながら呟いた。


「…帰れよ、もう関係無いだろ」


小さく掠れた声は、部屋が静かなせいで嫌な響きで広がる。
しかし、もう一度言い直すなんて出来ず、鷹島はまた無言でぼんやりと宙を見つめた。
母との思い出を振り返ったり、これからどうしようと考えたり。
頭の中はキャパシティオーバーだ。…それなのに、男は静かに告げた。


「確実にK大学に受かって、私の所に住みなさい」


母への弔いの言葉も、鷹島への優しい言葉も無い言葉。
住みなさい、という言い方も優しいものじゃない。めんどうくさがったような色をしていた。
腹の中が煮え繰りかえりそうになるが、何とか堪えて鷹島は「いやだ」と拒否をする。


「ならば就職する気か?教員になる気持ちはそれほどのものか」

私の息子が高卒で働くと知ったら、周りはどうなるか。と、鷹島の拒否を真っ向から否定した。
鷹島に面影が似ている男は、彼の父親だった。
心の無い言葉に、思わず鷹島は目を見開き窓際に居た父親を睨みつける。
10年ぶりにあった父親は、当たり前だが別れたあの日から大分老けていた。
けれども、鷹島にはそんなことどうでもよかった。

抑えていた感情がぶわっと溢れ、頭の回線がショートして爆発しそうになる。
畳みを思い切り拳で殴り、怒りを示した。


「うるせぇんだよ!今更父親ぶってンじゃねぇ!
俺は親父の世話になンかに絶対ならねぇ…!」


母さんが居なくなった今、1人で頑張るしか無いのだと自分に言い聞かせる。
母から、夢は絶対に叶えてくれと最期に願われた。
少しばかりかもしれないが、母が残してくれた貯金と自分のバイトで貯めた貯金で何とかするしかない。
そう、彼は決心していたのに。


「1人で出来るわけが無いだろう、大学に通うことにどれほどの金額がかかるか知っているのか?
お前はまだ子どもだ!1人で出来ると過信しているただの子どもだ!」


薄々気づいていたことを、この世で1番憎い父親に抉られたように理解させられてしまった。
分かっている、自分が大学に行くことがどれほど大変なことであるかなんて。
それでも、目の前の父親だけにはそのことを指摘されたくなかった。何も言われたくなかった。
彼の言う正論さえも間違いだと、思えてしまうから。
ぐるぐると真っ黒な煙が、心の中で煙り続ける。

鷹島は思い切り立ち上がって、父に殴りかかろうと拳を振りかざす。
ムカつく顔を殴ってやろうかと思ったが、それは不発で父の肩から鈍い音が出るだけだった。
父は痛がりもせず、訝しげな目で鷹島を見つめるだけ。


悔しい!辛い!悲しい!憎い!
負の感情ばかりが駆け巡って、鷹島は力を無くしその場に座り込んだ。
心臓が痛くて痛くて、このまま同じように死んでしまいたくなった。
母のように。そう思った瞬間、鷹島の両目からはぼろぼろと涙が溢れて止まらなくなった。
感情が心の中でしっちゃかめっちゃかになり、もう何が何だか分からないうちに彼は叫ぶ。


「…何で母さんが死ぬんだよ!なあ!テメェは悲しくねぇのかよ…!
 
…母さんじゃなくて、お前が死ねば良かったのに…!」






ドッ、と心臓が飛び出すくらいに跳ねて、鷹島は目が覚めた。
汗だくの身体を起こして、辺りを見渡せばそこは寝る前と同じ風景。

(…夢か…)

息を整えて、鷹島はもう一度横になる。
ぼんやりと真っ暗な天井を見つめながら、近くにあったタオルを引き寄せて首の汗を拭った。
今夜はひどく寝苦しいから、昔の夢なんて見たのだろうかと憂鬱になり溜息を吐く。
けれども、瞼を閉じたらまた嫌な夢を見そうになる気がして鷹島はまた起き上がった。
真っ暗だったが、徐々に曇りがちだった夜空が晴れ、月の光が若干部屋を明るく照らす。

ふと、自分が首周りだけではなく全身汗だくなことに気づき、慌てて胸元や背中を拭いた。
これは明日また風呂に入らなければならない。
そんなに嫌な夢だったのか、と鷹島はまた大きく溜息を吐いた。


(…俺はもう30前だぞ…)


いつまで昔の事を思い出しているんだ、と肩を落とす。
父親に浴びせた自分の罵声が、未だ脳にこびりついて離れない。
あの時彼はどういう表情をしていただろうか。思い出せないし、思い出したくも無い。
鷹島は早く忘れるために、乱暴に布団に横になると閉じた瞼の上に腕を乗せた。

色々と考えることを止めようとすると、何かが心にこみ上げる。
喉元まででかかったその感情を飲み込み、鷹島は無意識に心の中で小さく叫んだ。


(齋藤に会いたい…)


葵に、会いたい。
葵の笑顔、声、言葉、体温。
全てに触れて、感じて、抱きしめたい。傍に居たい。笑顔にさせたい。
葵のあったかい優しさに、触れたい。

バカみたいに葵を求めている自分が嫌になって、鷹島は全てを忘れるために電気をつけて台所へと向かった。
残っていたビール1缶を開けると、勢いよく喉に流し込む。
酒の力で何も考えずに眠るためだった。

自分の過去の出来事を忘れるために。そして、
何度も、何度も何度も、葵への想いを忘れようとしているのにどんどん強くなってくるこの気持ちも。



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