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今日はとても天気がいいので、葵と鷹島の服も髪も大分乾いた。

沢蟹を採った後、ちょっと魚釣りをしながらトンボやセミ採りに励む葵と啓太。
意外なことに、葵はセミがどうも苦手なのでそればかりは鷹島に頼んで採ってもらった。
採ったのはミンミンゼミ。もう離せと言わんばかりに鳴き喚くセミに、啓太は興味津々。

「初めて見たー」

啓太達一家は、普段東京近辺に住んでいるのでこういった自然には慣れていない。
まじまじとセミを見つめて、指で恐る恐る触ってみたりした。
鷹島は「コイツは飼えないから放そうな」と諭しながら、少し距離を置いて此方を見ている葵に目を付ける。
離すフリをして、葵にセミを近づけた。
すると、びくん!と身体を跳ねさせ慌てて逃げていく葵。


「ちょ!鷹島ちゃんフェイントかけんなし!きめぇー…!」


ぞわぞわする!と叫びながら、その辺にあった木の後ろに避難した。
そんな葵にけらけら笑いながら、鷹島はセミを放す。
鈍い羽音を鳴らしながら、セミは山奥へと逃げていった。
鮮やかな緑が、日光に照らされて光る山並みを、啓太は「でっかいね」と嬉しそうにはしゃぐ。
啓太は母親似なので、多少女顔だが自分の幼い頃によく似た顔。

幼い頃、母とこの川原で過ごしたことをふと思い出す。
元々無口な家族なので、静かに何も語らずただぼんやりとここに居た。
静かな母が、悲しそうに笑って小さく呟く。
「大きな山を見ていると、小さいことなんて忘れるね」と。
細められた目の縁に、涙が光っていた。



「あきら!でっかいちょうちょ!」

啓太の元気な声に、鷹島はハッと気づく。
どうやらアゲハ蝶を見つけたらしく、葵に借りた虫取り網を持って追い回していた。
石だらけの川原で走るのは危ないので、鷹島は慌てて啓太を止める。
止められて拗ねる啓太の機嫌を直すために、俺がとってやるよとアゲハ蝶を追った。

ひらひらと、予測出来ない方向に飛び回る蝶々。
黒地に赤や黄色の模様が、美しくそれでいて気味が悪い。
アゲハ蝶なんて、捕っても育てられないし彼らは飛んでいるからこそ美しいのだ。
けれども捕らない訳にはいかず、ひょいと虫取り網を振ると。


「…あれ?鷹島ちゃん別の捕ってね?」


アゲハ蝶はするりと逃げ、別の何かが虫取り網に入った。
一体何だと見れば、そこには真っ黒な羽の貧弱そうなトンボが1匹。
その姿を、鷹島も啓太も見た事が無かったので「なんだこれ!?」と気味悪がって手を離した。
トンボは自分から飛び立てないのか、力なくぱたぱたと羽を動かして石に横たわる。
すると、葵の掌がそっとそのトンボを包み、


「神様トンボだから、逃がそう」


近くにあった木の枝にそっと置いた。
トンボは何とかバランスを保ち、身体を休めるようにじっと動かない。
啓太は不思議そうにそのトンボを見つめながら、葵に「これは神様なの?」と問うた。
葵はちょっと首を傾げながら、啓太の手をひいてトンボから離す。


「んー…神様じゃなくて…パシリ?みたいな…使い?
捕まえたらバチが当たるぞー?」

「えー!あきらにバチが当たる!」

「マジかよ…」


トンボの名前は神様トンボではないが(ハグロトンボという)、この辺りではそういう言い伝えがあるらしい。
休んでいたトンボを、少し離れた所で3人で見つめている。
すると、どうやら飛び立てるほど回復したらしく、
ふわふわと優雅に、捕まえられるほどゆっくり雑木林の方へ飛んでいった。
少しだけ、鷹島の頭上に滞在した後に。


「トンボ、許してくれたね」

啓太が鷹島の手を握りながら、嬉しそうにそう話しかけた。
どうやら、啓太の目にはトンボが許した証に鷹島の頭上を飛んだと思っているらしい。
子どもの発想力は豊かだ。あれはたかが虫の一種で、神様の使いでも何でも無いというのに。
それでも、鷹島は「そうだな」と言って啓太の言うとおりにした。
少し、悲しそうに笑って。
その笑顔を、隣にいた葵はじっと見つめる。なんだか、寂しいと思えた。


虫を捕ったり、川で魚を見つけたりしていると時間はあっという間に過ぎる。
夏なので、すぐに暗くなったりはしないが、日が真っ赤に熟れてきた。
そろそろ帰らなければならない時間。
だが、啓太は力尽きたのかうとうとと船をこぎながら、無言で葵と手を繋いで家へ向かう。

「啓太、大丈夫か?」

「んー…だいじょうぶ…」

そう言いつつ、瞼が今すぐにでも下りそうだ。
足はふらふらだし、家まで果たして歩けるのだろうかと葵は不安になる。
すると、鷹島が啓太の前で屈む。広い背中を向けて、「ほら」と呼びかけた。
啓太はそのまま、もごもごと何か言いながら鷹島の背中に乗る。
鷹島におぶられた直後、眠気が一気に来たのかすやすやと寝てしまった。


「寝ちゃった…」

「ああ、疲れたンだろ。はしゃいでたしな」

健やかに眠る啓太の顔を見て、葵は良かったと呟く。
あんな風に子どもと遊んだのは久しぶりだったので、自分も楽しかったのだ。

2人、無言で鷹島の家までゆっくり歩く。
けれど、この沈黙はツラい静けさが無い。
キジバトの独特な鳴き声だけが、辺りに響くだけ。

ぼんやりと、葵は夕陽を見つめながら呟いた。


「…なんか、不思議だな…鷹島先生と歩いてるの」

夏休み前まで、2人で一緒に歩くなんてことは絶対にありえない事だった。
プライベートで、ましてや鷹島の親戚を連れながらなんて。
あの出来事があってから、夏休みに入り、そこでたくさん鷹島と過ごしてきた。

そして、好きになっていた。

葵はふと、自分はこの想いを忘れなければならないことを思い出し、ちょっと距離を置く。
ずきんと心が痛む音がした。

少し苦しそうな顔をした葵を見て、鷹島は溜息を吐く。
まだ、怖いかという言葉を呑んで息だけ吐き出したため。


「そうだな、…俺も生徒とこうして歩くとか思っても無かった」

生徒、という言葉に葵は小さく肩を揺らす。
忘れていたわけではないが、思い出したのだ。自分と鷹島は、教師と生徒という関係なのだと。
夏休みが終わったらその関係はもっと明確になる。
今は、夏休みだから。…だから、こんな風に歩けるのだ。

夏休みが終わらなければいいのに。

なんて、くだらない願いをちょっとだけして葵はへらっと笑いながら、

「俺、鷹島先生ファンクラブに殺されるかもしんねー」

と、冗談を言ってごまかす。
鷹島は案の定、「ンなのある訳ねぇだろ」と乾いた笑いを浮かべた。
ファンクラブは冗談だが、校内の女子生徒で鷹島に並々ならぬ想いを寄せている女子は多い。
自分で言っておいて、葵は悲しくなった。
前まで、あの人の何がいいんだ?と言っていた自分は、今や彼女達と同じ位置。


「…齋藤っていつまでいるンだ?」

ふと、鷹島が葵を見つめながら聞いてきた。
葵は特にごまかす必要も無いので、「明後日くらいまで」と返事をする。
盆が過ぎたら父も母も仕事が始まるし、葵も学校が始まる。
長く居ても明々後日までだ。その言葉を聞いた鷹島は、ちょっと空中に目線をさ迷わせてから、小さく呟く。


「明日、隣町で夏祭りやるらしい…行くか?一緒に」


一緒に夏祭りに行こうという誘いだった。
葵は一瞬信じられなくて、無言で目を見開く。
鷹島から、どこかに行こうだなんて言われるとは思わなかった。
今まで生きてきた中で、鷹島じゃなくても先生が生徒に一緒にどこかに行こうだなんてことはあり得ないと思っていたのだ。
葵は緩みそうになる顔を必死で引き締めながら、聞く。


「えっ、…先生、今日帰るンじゃなかったっけ?」

「いや、帰るのは明後日の朝」

俺はしばらくいる、と告げた。
つまり、明日も暇だと言っていたのはココにいるから暇だということだ。
もう少し一緒にいることが出来る、と気づいた葵は顔を引き締めることも忘れてふにゃあと頬を緩める。
幸せそうな笑顔が、夕陽に照らされる。
横目でそれを見た鷹島の胸が、どきんと跳ねた。


「…行く!夜店どんくらいあるかな〜」

明日も特に予定は無いので、葵は二つ返事で行くことを決めた。
両親には鷹島に連れてってもらうと言えば、こちらも二つ返事でOKを貰えるだろう。
好きなことを忘れなければならないと分かっているのに、止められなかった。
…それは、鷹島も同じことだと葵が気づくわけが無い。


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