5,
-------------

翌日も雲ひとつ無い青空が広がる良い天気。
葵は早速釣り道具や小さめの網、虫かごなどを持って啓太と待ち合わせた場所へと向かった。
どうせ近所なのだから、お互いのどちらかの家でいいのだが、待ち合わせにはロマンがある。
ここらで1番大きな橋の真ん中で会おうと昨夜電話で決めたのだ。

(啓太は虫取りと魚釣りだったら…虫取りのが好きかな…)

どちらが楽しいかな、なんて葵は考えながら歩く。
実は葵、子どもが結構好きである。
中学の時に行った家庭科の幼稚園実習では、子ども達に囲まれ好かれていたのだ。
優しく、明るく、反応が良い葵は子どもに好かれやすい。
その実習で得た評価は、今までの家庭科の評価をひっくり返すほどであったとか。
そのため、ちょうど幼稚園の年長さんである啓太は葵にとっても懐いている。


「あおちゃーん!」

ぱたぱたと可愛い足音を立てながら、啓太は葵を見つけると真っ先に走り寄ってきた。
葵も「けいたー!」とノリに乗って、まるで再会を果たした親子のように抱き合う。
柔らかい黒髪にうりうりとおでこを擦り付けてみれば、啓太はくすぐったそうにケラケラ笑った。
すると、2人の様子を少し離れた所で見ていた鷹島が、


「…何してンだ…」

と、呆れた声を出す。
葵が子ども好きなことも意外で驚いたのだが、啓太が家族以外にあそこまで懐くのは珍しい。
ふと、その声を聞いた葵がばっと顔を上げて「あれっ、鷹島ちゃんも来たの?」と目を丸くした。
無理やり連れてきてみようとは思ったのだが、まさか本人が自ら来るとは思わなかった。
鷹島は葵に近づいて、持って来た虫かごを手にとって見ながら、


「まあ、俺も今日明日は暇だからな…2学期の準備も大体済んだし」

面倒見がてら来た、と告げた。
ついでに葵だけに任せるのは危ないからと付け足して。
2学期、という言葉を聞いて葵はちょっと肩を落とすも、啓太が「何する?」と聞いてきたので気持ちを切り替えた。
せっかく啓太と鷹島と遊べるのだ。
早速啓太の手を引いて、上機嫌に話しかける。


「啓太、虫取りと魚釣りどっちがいい?」

「きのこ採りがいい!」


それは秋の遊びじゃないか、とか子どもの遊びか?とか様々な疑問が生じまくったが、葵は全てを飲み込み、


「まだキノコ生えてないンだ…」

と、優しく諭してあげた。
後ろで鷹島が腹を抱えて声にならない笑い声をあげていたが、葵は知らないふりをして啓太と近くの川原へと駆けていく。
夏の日差しできらきらと光る水面に、少しうるさい位聞こえるセミの声。
川原に辿り着くと、葵は早速流れが緩い所に啓太を連れて行く。
昔、葵がここに来た時に兄と作った川の中の池だ。そこには、


「おー!かに!カニ!」

小さな沢蟹が、石の上にぼんやりとしていた。
早速啓太が手を伸ばすと、沢蟹は驚いてすぐさま岩陰に逃げ隠れる。
捕まえられなかったと啓太がしょぼんとしていると、葵が慣れた手つきで岩をひっくり返すと、


「はさみに気をつけろよー」


そこには先ほど逃げ込んだ沢蟹がいた。
啓太は言われたとおりはさみに気をつけてそれを手に取る。
小さいけれど、ちゃんとカニの形をしたその生き物に啓太はきらきらと目を輝かせて笑った。
早速、持って来た虫かごにカニを入れる。


「あきら、カニって何食べンの?」

そして、早速鷹島に報告に行く啓太。
後ろで眺めていた鷹島は、啓太と同じ視線になるためにしゃがみこんでじろじろと沢蟹を見つめる。


「あー…普通に飯粒とかパンで良いンじゃね?
つーか川の生き物なンだから岩とか水入れねぇとだめだろ」


浅瀬にある岩を適当に拾い、その辺に放棄してあった瓶で川の水を掬うと虫かごに入れた。
ものの数秒で、沢蟹を飼うのに最適な場所が出来上がる。
まるでペットショップに並んであるようだ。あとは草とかそういったものを置けば完璧。
葵も啓太も同じような顔をして、感動する。


「おお…鷹島先生すげー」

「まぁな、10年以上も田舎に住んでりゃ分かる」


鷹島は珍しくどや顔をしながら、あと数匹入れようぜとノってきた。
わくわくした子どものような表情に、葵は思わずじっと視線を向けてしまう。
鷹島が楽しそうで、それでいて新しい一面を見れて何だか嬉しいのだ。
ふにゃ、と締まりの無い笑いを見せるわけにはいかないので、必死に表情を引き締めながら自分も沢蟹を探し始める。
鷹島がさりげなく言った「10年以上」というワードに何も気づかずに。

大概、沢蟹は岩の裏にいるので、岩をひっくり返しながら探す。
しかし、そうそう簡単に見つからないのが野生の生き物達。
先ほどは簡単に見つかったというのに、ひっくり返しても何もいないか気持ち悪い虫くらいしか居ない。
どこだどこだと夢中になって葵はどんどん上流に進んでいく。
今日の服装は、タンクトップにハーフパンツなので簡単には濡れないからだ。

だがしかし、そんな深い所に沢蟹がいる訳が無い。


「あおちゃん、そっちに魚いるの?」

すると、深いところでざぶざぶと岩を拾っている葵を見て羨ましくなったのであろう、啓太が走り寄ってきた。
だが、啓太はまだ幼すぎる。
浅瀬から急に深くなる場所を分からず、がくりと片足を深いところへ突っ込んでしまった。
驚きで「ひゃあ!」と声をあげる啓太に、慌てて葵は走り寄る。両手を伸ばして。


「あぶな…!!」

だが、危ないのは葵の方だった。
川は海と違って底は石でゴツゴツしている。
その1つに、葵は足を引っ掛けてバランスを崩してしまった。
えっ、という声をあげる間もなく、深めのところに勢いよく顔から落ちる。
水しぶきが虹を作るほどに舞い上がり、水面に波紋を次々と浮かばせた。

透明で綺麗な水なので、葵はぱっと目を開ける。
目の前には岩ばっかりで何も見えないが、顔をぶつけていないので良かったと心底思った。
しかしそれよりも啓太だ。急いで助けないと、とばたばた身体を動かそうとする。
が、そのとき。
ふわりと身体が勝手に浮いた。


ばしゃん!と大きな水しぶきの音と共に、水の中の世界から一片眩しいばかりの地上へ出される。
葵は驚いて声を失っていると、彼を水から引き上げた鷹島が、


「バカかお前!ンな深い所で慌てたらずっこけるだろうが普通!」

葵を抱きかかえながら、があっと捲くし立てるように説教を食らわした。
久しぶりの説教に、葵はちょっとしょげつつもまたお姫様抱っこをされてちょっとムッとする。
しかし、鷹島との近さに驚いている場合ではない。


「啓太!啓太は!?」

わたわたと手足を暴れさせて、啓太の心配をする。
だが、鷹島はがっしりと葵を離さず溜息を吐いた。


「大丈夫だ、俺が支えた」


ほら、と顎で方向を示せばそこには「あおちゃん大丈夫?」と心配げに見つめる啓太の姿。
此方に来ないように言ったので、川原で両手を振っている。
どうやら葵が水に落ちたと同時に、鷹島が啓太を支えて川原に戻した後、急いで葵を助けに来たらしい。
ばしゃばしゃと大またで川を渡り、ズボンの裾をびしょ濡れにさせたまま鷹島は川原に辿り着く。

その間、葵はドキドキしっぱなしで大変だった。
肝試しのときも同じようにされたのに、今ではまるで違う。
ぴったりと触れ合う場所が、暖かくてそこにしか意識がいかないのだ。

早く、早く川原についてくれと祈りながら葵は眩しさから逃れるかのようにぎゅっと目を閉じる。
肩口付近から漂う鷹島の香りが、心地よいことを必死に忘れて。


「あおちゃんびしゃびしゃだ」

やっと川原で降ろされた葵を見て、啓太は軽くけらけら笑った。
啓太の言うとおり、葵は全身川に浸かったのでぐしゃぐしゃの濡れ鼠状態。
青地のタンクトップはぴったりと肌に張り付き、ハーフパンツからは水が滴り落ちている。
きっと服を絞れば大量の水が出ることは間違いない。

着替えないと…と葵は思いつつもケラケラ笑う啓太を更に笑わせてやろうと企んだ。
じわじわと近寄りながら追い詰める。
そして、

「うん、すっげーびしゃびしゃー…それっ、巻き添えだー!」

「うわー!冷てーっ!」

わざとびしゃびしゃのまま啓太に抱きついた。
びしょ濡れの葵に抱きつかれると、一気にひんやりして濡れる。
それが面白いのか、啓太はケラケラ笑いながら葵と軽く鬼ごっこ。
そんな楽しそうな彼らを見て、鷹島は満足そうに微笑む。…なるべく、葵の姿は見ないようにして。

なぜなら、葵の今の格好は何だかとてもエロい。
張り付いたタンクトップに、濡れた身体。ワックスで整えた髪はすっかりぺちゃんこで水が滴り落ちている。
ここに来てまで葵に欲情しそうになる自分に自己嫌悪しながら、鷹島は先ほど見つけた沢蟹を虫かごに放り投げた。


「あきらにも攻撃だー!」

「鷹島ちゃん覚悟ー!」

すると、調子に乗った子ども2人が、屈んだ鷹島の背中にダイブ。
鷹島は葵のせいで背中もびしょびしょに濡れてしまったのだった。

- 67 -


[*前] | [次#]

〕〔TOP
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -