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延々と霊園で談笑しているのもおかしいので、とりあえずまたと意味深な挨拶を交わしながら解散した。
空のペットボトルを持ちながら、葵は母と祖母の話を聞きながら帰路へ向かう。
父と拓也は元々それほど話をしないので、ぼんやりと同じように会話を聞きながら。
じりじりと焼け付くような熱さがアスファルトに反射してより暑さが増した。
それでも、今この天気のように所々雲が見えるが葵の心は晴れていた。
(…よかった…)
鷹島が結婚していない上に、彼女は恋人ではなかったのだ。
本人にまた確認する必要は少しあるけれども、以前言っていた「ここ最近ずっと居ない」という言葉は真実。
海に行った後からずっと引きずっていたモヤモヤした煙が消える。
良かったなんて思っても、この想いが叶うわけでもないのに。
理性的な自分がそう囁いて、せっかく晴れた気持ちがまたモヤモヤしてきた。
鷹島を好きになりたくない気持ちは、まだあるからだ。
矛盾した願いをまた思いながら、葵は早く帰ってアイスを食べようと早歩きを始める。
帰宅してのんびりアイスを食べながらお昼のニュース番組をぼんやり見る葵。
昨日まで部屋に引きこもってぐったりしていたので、家族は皆安心したようにほっと安堵の息を吐いた。
そんな葵を見て、拓也は早速午後一緒に遊ぶかと誘おうとする。
が、しかし。
「美代子、今日の夕ご飯鷹島さん家の人達も誘っていいわよね?」
なんと、先ほどから誰かと電話していると思えば祖母がユキと夕飯の約束を取り付けていたのだ。
もちろん葵の母・美代子は拒否することも無く二つ返事でOKを出す。父ももちろんOK。
拓也はあまり鷹島と会いたくないのか、思い切り嫌な顔をして「本当に?」と軽い拒否をしたのだが。
そして、葵はというと。
「…え!?嘘!?」
拓也よりもあからさまに嫌な顔をして首を横に振った。
鷹島達と一緒にご飯を食べるのはいいのだが、鷹島に会うことが問題だ。
先ほどは色々あって話すことは無かった。だから、まだ普通でいることが出来た。
けれど、一緒に夕飯なんて食べたら絶対に会話せざるおえないだろう。
自分がどうなってしまうか分からない。葵は何度も「そんな悪いだろ」と無駄に頑張った。
しかし、
「いいじゃない!ご近所さんなンだから仲良くしなくちゃ!
それに、葵だって鷹島先生にはお世話になってるでしょ?」
母の有無を言わさぬ明るい声にあっさり負けてしまったのだった。
がっくりと項垂れる葵。けれど、前のように本気で落ち込んでいる訳ではない。
(着替えようかな…)
そわそわと時計を見つつ、今からタンクトップの上に何か重ね着をしようかなと荷物場へ向かう。
結局、午後はそわそわしっぱなしで買出しに出たりバーベキューの準備を手伝ったりで終わってしまった。
そして、午後6時30分。
ようやく暗くなってきたか、という位の時間に鷹島達がぞろぞろとやって来た。
ユキが2つ返事でOKしたらしく、ちょうど夕食をどうするか決めかねていたので好都合だったのだ。
「こんばんは!お誘いありがとうございます」
啓太と一緒に手を繋いで現れたユキが、それはもう美しい笑顔で嬉しそうに祖母達にお礼を言う。
マキシ丈の白いスカートがよく似合っていて、とても清楚な女性だと葵はうっとり見惚れる。
何だかんだ鷹島の事が好きだと気づいても、好きになりたくない思いがあるからかもしくは性質なのか、女性には目が無い。
綺麗なお姉さんもいいよなぁと内心デレデレしながら、挨拶を返した。
すると、その後ろからいきなり現れた琴美がまたもや懲りずに葵に飛びつく。
さすがに大人の女性が急にタックルまがいのことをすれば、葵だってふらついてしまう。
「こんばんはー葵クン!やはははっ小っちゃぁい!」
「は、離れてください…!」
ぐりぐりと頭を顎で攻撃される。
綺麗な女性に抱きつかれるのは嬉しいことなのだが、琴美は何だか別問題だと葵は思えた。
鷹島の親戚だし、何よりなんだか怖い。しかも、小さい呼ばわりなんて失礼だとちょっとムッとしたのだ。
彼らは皆背が高い遺伝子を持ち合わせているのか、琴美はざっと見て170センチはある。葵は、164センチ。
何とか逃れようと細い腕を掴むがびくともしない。
すると、それを見て察したのか荷物を持った誠一が琴美を優しく葵から離した。
「彰くん生徒思いだから怒られるぞ?」
「えー、ケチー」
諭すようにそう言うと、ぶつくさ言いながらもあっさり琴美は離れていった。
誠一が葵の頭をうりうりと撫でながら「ごめんな、琴美は早速ビール2缶飲んできたから」と、彼女が酔っていることを教える。
酒癖悪いな、と葵は苦笑しながら「あざっす」と誠一にお礼を言った。
しかし、彼も彼でなぜ高校生にもなった自分の頭を撫でるのかとちょっと嫌気が差す。
それは恐らく誠一から見て葵がとても背が低いからだ。
彼も鷹島に負けず劣らず背が高い。
羨ましいな、と葵がしょんぼりしているとようやく最後の1人が重たい荷物持ってやって来た。
ダンボールには大量の食材が入っている。
どうやら、此方に来る前に買い込んできたらしい。自分達も食材を出して豪勢に行こうと言う魂胆らしい。
どさっと玄関横に置くと、鷹島は早速祖母と葵の両親に挨拶をしに行ってしまった。
「こんばんは、お誘いありがとうございます。これ、良かったら」
普段の鷹島とは全く違うバカに丁寧な喋り方。
何だか変なの、と葵は内心笑いながらも鷹島が自分の身内と話しているのは何だかくすぐったく思ってしまう。
嬉しいような、恥ずかしいようなそんな中途半端な感覚に思わず傍にあったジュースに手をつけた。
「こんばんは、鷹島センセ!こんなに沢山ありがとうございますー!
ささ、遠慮なさらず皆さん好きな所に座ってくださいねっ」
母がそれはもう嬉しそうに食材を受け取って、バーベキュー台にそれを持っていく。
因みに、田舎な分土地が広いので興津家の庭は広いのだ。
庭、というよりは駐車場を兼用しているのでアスファルト。
バーベキュー台が2台と、外で食事が出来るための折りたたみ式椅子が数台・テーブルセットが1台。
意外と豪華に出来るのは彼等がまあまあ良い収入を得ているからである。
豪華だやったー!と琴美と啓太は一緒になって喜び、早速テーブルセットの席に座らせてもらった。
5歳児と一緒にはしゃぐとは…と、鷹島は呆れながら葵の父と一緒に焼く手伝いをする。
こういうのは大体男の仕事なのだ。
「どうぞ、鷹島先生も1杯」
「ごちそうさまです」
みんながわいわいと肉や野菜を食べながら談笑する中、鷹島は葵の父・寛行と静かに酒を呑みながら魚の塩焼きの調理をする。
パチパチと炭が音を立てるのと同時に、魚の香ばしいかおりが塩の風味に乗って広がる。
何だか、葵の父親と会話をするのは緊張を覚えさせた。
彼が寡黙に近く、キリッとしているからかもしれないが、それよりも。
(一気に罪悪感が…)
大分時は経ったとはいえ、あの出来事からまだひと月ほどしか経っていない。
思い出そうと思えば鮮明に思い出される、葵を犯したという事実。
更に親密になって、恋心(鷹島は否定しているが)を抱いているのかもしれないだなんて、親が聞いたら顔面蒼白間違いなし。
申し訳ありませんと心の中で謝りながら、ぐいっと一気にビールを飲み干した。