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鷹島の後ろで、余ったお供え物を持っていた啓太が葵を見つけたのだ。
命の恩人と言えるべき葵の顔を忘れる訳が無いと言わんばかりにきらきらした瞳を向けて、走り寄って来る。
ヤバい、バレたと葵は慌てて顔を隠すが意味が無い。

ぺたぺたとヒーローもののサンダルを鳴らして葵の元へ辿り着いた。
がっしり葵のズボンを掴んで離さない。


「…葵、会ったことあるのか?」

すっかり葵に懐いている啓太を見て、隣に居た父は驚いて目を見開く。
葵は鷹島達に会ったことが無いと思っているのだ。当たり前である。
すると、祖母と母と談笑していたユキが啓太が此方に来たことに気づいた。そして、葵に懐いていることも。

「あら…啓太、どうしたの?」

お兄ちゃんと友達なの?と笑顔で啓太を抱っこしながら尋ねた。
もちろん、葵に「こんにちは」と笑顔で挨拶も忘れずに。
どこか鷹島に似ている雰囲気の美人に、笑顔を向けられて一気に葵のテンションは上がる。
へらへらと笑って「こんちはー」と挨拶を返した。美人は、やはり良いものだと浮かれながら。


「海でね、助けてくれたの!たんけんぶるーみたいだった!」


たんけんぶるーとはただ今絶賛放映中の探検ジャーのブルーポジションのことである。
そんなにかっこよかったのか?と葵は幼子に慕われて良い気分になる。
いやたいしたことはないですよーと、謙遜しつつもっと褒めて欲しいな、なんて思ったり。
だが、そんなに浮かれている場合ではなかった。

啓太の声に反応したのは、ユキだけではない。
鷹島はもちろん、琴美と誠一もぞろぞろと葵達のところへ向かってきたのだ。
琴美と誠一は、「こんにちはー」と葵達に挨拶をしながらユキと啓太の傍に向かう。
久々に会う近所の人へのご挨拶気分だ。だがしかし、鷹島は訳が違う。

まさか、彼がここにいるとは思ってもみなかったからだ。
呆然と目を見開いて、動きを止める。息も止めているのではないか、という位。


「…齋藤、お前…どうしてここにいるンだ?」


それはこっちのセリフだ、と言いたくなったが啓太が鷹島のズボンを掴みユキを見つめているのを見てしまったために飲み込んだ。
わざとらしく視線を逸らして、兄の後ろに隠れるように逃げる。
本当は逃げたくなんて無いのに、居たたまれないから葵は視線をひたすら外した。
せっかく沈静化してきたと思っていたのに、本人に声をかけられて心臓は先ほどから跳ね続けている。
ドキドキするのに、海の映像を思い出してはそこはズキズキと痛みを帯びた。

お願いだから、どこかに行ってくれ。
そう願いながら葵は目を逸らす。鷹島のどこか寂しそうな視線に気づかないまま。


(…やっぱり嫌われたのか…)


ズキッと音を立てて、鷹島の胸の真ん中に槍が刺さる。
あからさまに避けられているからだと自分に言い聞かせているものの、その痛みは拭えない。
こっちを向いてくれ、嫌いになった訳を聞かせてくれとぐるぐる考えながら、葵の家族に会釈をして挨拶をした。
すると、拓也は「げっ」と言わんばかりに表情を顰めたが、

「あら!?鷹島先生…!どうしてここに?」

鷹島に一度会ったことのある母は、驚きと喜びで大きな声を上げる。
その母の反応に、父だけではなく鷹島サイドの人間も目を丸くした。
母は声が大きすぎたと反省しつつ、父に「葵の学校の先生よ」と説明する。

すると、父は前に聞かされた例の教師だと気づき、「葵がお世話になってます」と丁寧に会釈をした。
もちろん鷹島も葵の父に会釈をして「いえいえ」と返事。
初めて見る葵の父は、母とは真逆で寡黙で無表情に近い人物であった。顔は拓也に似て男前だ。
齋藤はやはり母親似か、なんて思いながら今度は自分の親戚達に説明。


「海で会ったろ、生徒とその家族だ」

「へぇー!でもあの中にはいなかったような気がするけどなー…」


すると、話を聞く間もなく琴美が葵にぐいぐいと近寄った。
遠慮の無い彼女は初対面にも関わらず、じろじろと拓也の後ろに居た葵を観察する。
琴美を、鷹島の恋人と勘違いしている葵にとっては辛すぎる時間。
こんなに近くに、鷹島の恋人がいるだなんて嫉妬と苦しみで涙どころか体中全ての水が瞳から零れるんじゃないかと思えた。

ぶるぶる震えるのを何とか抑えて、小さく会釈をする。
そんな葵を見て、琴美は。

「…なんかキミ、チャラいのにかっわいー!」

ふにふにと葵のほっぺを突いて、肩を思い切り抱き寄せた。
どうやら大人しい葵を気に入ったらしい。別に葵は大人しい訳ではないのだが。
いきなり抱き寄せられて、葵は心底驚いたらしく「ひぎゃ!」と変な悲鳴をあげる。


「おい、琴美!やめろっつの!」


すると、ひっつく琴美を力いっぱい引っぺがす鷹島。
さすがに親戚とは言えども、葵にひっつくなど言語道断らしい。
無意識に嫉妬で怒っている鷹島が怖かったのか、琴美は珍しく「はいはい…」と大人しく退散した。
ふわりと茶髪の長い髪を揺らして、誠一の斜め後ろに戻っていった。

あの女性は琴美というのか、と葵はぼんやり彼女を見つめながら思った。
名前も何て可愛らしい女性なんだろうか。
自分も悲しいが名前は可愛らしい方だ。…男の名前が可愛くたって仕方ない。

葵から琴美を離す仕草を、葵は「鷹島は琴美を他の男に触られたくない」と嫉妬の仕草だと思ってしまった。
とことんネガティブに行ってしまう今の自分に苦しめられている。
すると、


「昔っから琴美ちゃんは彰くんに怒られてばかりなんだよねぇ」


ニコニコと優しい笑みを浮かべながら、葵の祖母が彼らに話題を振った。
すると、ユキも「そうそう!本当のお兄ちゃんみたいに世話焼きだから…」と話題に乗る。
琴美はこんな口うるさい兄はいらない!と喚いて、まだ5歳の啓太に「怖いよねー!」なんて言ってみたりした。
葵は「昔から」というフレーズと、祖母が2人を知っているという事に驚きを隠せない。


「昔からっつっても…夏だけですけどね」


祖母に向かって苦笑しながら、鷹島は「コイツがだらしないのが悪いんです」と愚痴をこぼす。
呆然とする葵に気づき、祖母はニコニコと相変わらず優しい笑みを浮かべながら紹介した。

「そこのお家に住んでた鷹島さん家のお子さん達だよ」

10年位前まで、彰くんとお母さんが住んでいたんだよと説明も付け加えて。
葵はその説明を受けても、何の理解も出来なかった。
当たり前だ。強くそう思っていたことが、あっさりと意外な事実で覆されたのだから。
葵はわたわたして、何から聞こうか迷っていると、その前に拓也が母に詰め寄っていた。


「母さん…!何で近所の人なのに覚えてないのさ?」

確かに、この子どもの少ない地域で母が川を挟んで目の前にある家の子どもを覚えていないなんておかしい。
葵も気になって母に無言で詰め寄ると、母は明後日の方向に視線を逸らして、
「えー…っとねー…」

と、言葉を濁した。すると、


「そりゃあそうだろう。見たところ母さんと鷹島先生は15近く離れているしな」

父が身を乗り出してまともな正論をあっさり言ってきた。
ああ、と納得する拓也と葵を余所に、母が父への軽い制裁(チョップ)を食らわす。
2人の大きい息子を持っている母とはいえ、女性。
鷹島よりとっても年上なので、近所の人を把握する前に上京して父と結婚したなんて言えなかったのだ。

そして、もう1つ気になることが葵にはあった。


「祖母ちゃん…お子さん達って…この人たちは兄弟?」

祖母にコソコソと耳打ちしながら聞く。
そう、「鷹島さん家のお子さん達」というフレーズに疑問を抱いたのだ。
すると祖母はびっくりして「まあ」と声をあげながらコロコロ笑った。その笑い声に鷹島達も視線を向ける。


「みんな従姉妹同士だよ、誠一さんはユキさんの旦那さんだけどね」

お子さんが生まれてたんだね、と言いながら啓太の小さな頭を撫でた。
啓太は恥ずかしそうにはにかみながら、誠一の後ろに隠れる。
そんな啓太を誠一は抱っこしながら、ご紹介ありがとうございますなんて爽やかに言ってみせた。
隣には、ユキが肩を並べて「家族ともども夏と冬だけですが、これからよろしくお願いします」と改めて挨拶をする。


「…みんな、従姉妹…」

ゆっくりと、葵は鷹島と琴子を見つめる。
琴美は「また勘違いしてたンだ、彰の生徒さん」とくしゃっと笑いながら鷹島の髪を掴んだ。
こんなクソ真面目な男と付き合うなんてありえなーいとケラケラ笑って海の思い出話を始める。
鷹島は「いい加減にしろ」と怒りながら、琴美の頭をチョップした。
確かに、言われて見れば恋人同士と言うよりは兄妹のよう。

葵のずっと痛かった胸の真ん中が、どんどん、どんどん痛みを失くしていった。

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