夏空の終着駅
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「葵、ほらトウモロコシ湯がいたから食べなさい」

ジーワジーワと規則的に鳴くセミの声をBGMに、葵の母方の祖母が話しかける。
ごろごろと畳の上で寝ていた葵は、その声を聞いてゆっくりと起き上がった。
重たい瞼を擦りながら「うん」と小さく頷く。
のそのそと立ち上がり、日当たりの悪く涼しい北側の部屋から皆のいる居間へと戻ってきた。

夏季休暇(と言っても4,5日だが)をとった両親と、拓也が一足先にトウモロコシを食べている。
葵も食べなよ美味しいよ!と母に言われて、葵はまた「うん」と小さく頷いて小さめのトウモロコシを手に取った。
パキ、と手ごろなサイズに折ってティッシュの上に乗せる。
祖母から渡された塩を適当に振って味をつけ、静かに頬張った。

いつもなら、「いただきまーす!」と無駄に声を大きくしてかぶりつくというのに。
元気の無い彼に気づかないほど、家族は薄情ではない。
みんな葵の元気の無さに、とても心配になった。
楽しみにしていた海から帰ってきてから、葵の口数はめっきり減ってしまったのだ。

最初は疲れたのだろうと思っていたが、数日経って葵の母の実家に来てもこの調子。
いつもなら、カブトムシとるぞー!とかはしゃいでいたというのに。
母の実家は普段住んでいる所から車で2時間程離れた小さな田舎町。
車もあまり通らず、大きな山々に囲まれ、綺麗な川がある喉かな村に近い町である。
今は国際的な仕事に就いてバリバリ働いている母は意外にも田舎の出身だったのだ。

葵は、そんな田舎が好きで夏休みは絶対に来ている。
暇があれば外に出て、川で魚を釣ってみたり山を散歩してみたりと子どもみたいにはしゃぐのだ。
そんな葵が、こっちに来てから一度も外に出ていない。
来てまだ1日目なのだが、いつもは初日から外に出て遊んでいるのだ。


「…葵、どこか具合が悪いの…?」


とうとう、母が痺れを切らして聞く。
父も母に同意するように頷きながら、「元気が無いぞ」と心配そうに眉を顰めた。
拓也ももちろん、「具合が悪いなら言えよ?」と心配した。更に、祖父母も同様に。
末孫、末っ子は可愛くて仕方ないのだ。ましてや、ちょっとチャラくても元気で明るい葵が落ち込むなんて心配しないわけが無い。
葵はみんなの心配が嬉しいようで、申し訳なかった。
言えるわけが無い、…鷹島が好きと気づいてしまったなんて。
更に、彼は結婚していて子どもがいるなんて口が裂けてもいえない。

鷹島に犯された時よりも重たいこの気持ち。
まだそちらの方が打ち明けることが出来そうだなんて、自分はバカなんじゃないかと葵は心の中で自嘲した。


「んー…海ではしゃぎすぎて疲れたンだよなー…」


めっちゃ暑くてさ!と無理に笑ってみせる。
その様子を見て、彼らはそんなに疲れているのかと察した。…気持ちの問題ではなく、身体の問題だと。
無理しないでゆっくり休んでいなさい、と母に言われて葵はトウモロコシを半分だけ食べてまた涼しい部屋へと戻った。
また、葵が畳みにごろりと寝ていると父が心配そうにやってきた。
普段は堅物で真面目な父なのだが、末っ子の葵は猫かわいがりしている。なので、


「畳みに直接寝たら痛いだろう、ほら布団を敷くから」

「えっ、座布団で大丈夫だし…」

「明日は墓参りに行って、夜はお前の好きなバーベキューだから、しっかり休みなさい」


昼間からわざわざ布団を敷いて、葵を寝かせた。
正直身体は元気な葵。確かに、心配される程元気は無いけれどさすがに布団は…と思いつつせっかく用意してくれた父に悪いので葵は布団に潜った。
北側の部屋とはいえ今は真夏。
さすがに掛け布団までは暑いので、タオルケットに包まる葵。
何気なく手元にあった携帯を開き、アドレス帳を眺めた。

『鷹島先生』のアドレス。
交換したとはいえ、結局今日まで一度も使わなかった。
きっと、これからも使うことは無いんだろうなと思った瞬間、深い溜息を吐く。
心が痛いのにも、もう段々慣れてきた。
慣れてきた、というよりは単に鷹島の事を考えることから逃げているだけ。

目を閉じると、夕陽の中琴美をおぶる鷹島の姿が瞼の裏に浮かぶ。
また葵は深く溜息を吐くと、忘れるために散々寝たはずなのに眠りに落ちた。

その日の夜も、葵は夕食の箸が進まずみんなにまた心配されてしまった。
本当は心配をかけたくないのだけれど、どうにもこうにも食欲が出ず、結局テレビも見ずに風呂に入って布団に潜ってぼんやり。
今まで、女子にフられたことは幾度かある。好きだったのにフられたこともある。
それでも葵は3日以内に立ち直ってきた。

けれど、あの海の日からもう5日が経っていた。
未だに、葵の心は晴れないまま。



翌日、葵は気だるい身体を何とか起こし、家族全員で墓参りへと出掛ける。
少し離れた所にあるので、晴れているし徒歩で行こうということになった。
歩き慣れた道を、葵は仏花を持ちながらぼんやりと歩く。
まだ午前なので、それほど暑くも無く心地よい空気。

遠くに見える滝からは、水しぶきが上がり光っているのが見える。
今日の午後はあの辺に行って元気を取り戻そう、と葵は何とか決意しながら歩調を速めた。

興津家(葵の母の旧姓)の墓に花を手向け、線香と菓子類を捧げる。
綺麗なお墓を保つために、拓也と葵は手分けして周りのゴミ拾い。
お盆シーズンなので、ゴミ袋や枯れた花の残骸がこちらへ来てしまうのだ。
一通り拾い終えると、家族揃って手を合わせる。
先祖を弔うことは大事である、と教わったので葵は雑念を払い手を合わせていた。

ふと、自分達の場所より少し遠くから声が聞こえる。
近所の人だろうか、と葵が目を開けてそちらをじっと見つめた。
すると、そこには黒髪美人の女性が静かに花を持って此方にやって来たのだ。


「あら!こんにちは」

女性は祖父母に近寄ると軽く会釈をする。
どうやら知り合いらしく、祖父母は嬉しそうにぺこぺこと会釈を繰り返した。

「こんにちは、興津さん。お花と線香、いいですか?」

凛とした声に、葵は思わず聞きほれてしまう。
なんと優しく、凛とした美しい女性なのだろうかと。
だがしかし、女性の顔にどうもひっかかる葵。
似ているのだ、どこかのパーツというか、バランスというか、全てではないのだが。…鷹島に。
まあ美形は大体似る、とよく分からない結論に至ろうとしたとき。

女性がやって来た方向を見ると、そこには立派な墓石があった。
それは問題ではない。問題は、そこで静かに手を合わせる人物。
葵の口内がどんどん乾き、汗がつうっとこめかみを伝った。彼を、見て。

そこに居たのは鷹島。
鷹島だけではない、琴美や啓太もいた。


(…もう、運いいのか悪いのかわっかんねーよ…!)


海といい、今現在といい、どうも鷹島と出逢う確率が高すぎる。
嫌なわけでは無いけれど今は会いたくなかった。見つからないように早々と帰ろうとした、その時。
思わず見てしまった鷹島の姿。
静かに墓前に手を合わせている。静かに、長い時間をかけて。
何だかその横顔がひどく寂しそうだと葵は思えた。

思わず帰ろうとする足を止めて、ぼんやりと鷹島を見つめる。
見た事の無い、憂いを秘めた悲しそうな横顔から目が離せない。
鷹島がそういう、悲しいとか寂しいとか言う感情で今いるのだと思うと、胸が苦しくなった。
そう、それは鷹島と過ちを犯した時、彼が懲戒免職してもらうと項垂れた時と同じだ。


さわさわと伸び始めたススキ達が風に揺られて音を立てる。
祖父母と両親が女性と会話しているはずなのに、その音は葵の耳に入らない。
ただ、じっと鷹島を切ない表情で見つめ続けていた。

そんな葵に気づいた人物が、1名。


「あ!金髪の兄ちゃんだー!!」


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