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ざぶっ、と勢いよく海面から飛び出した葵。
少し暗かった海中とは違い、照りつける灼熱の日光に思わず目を瞑った。
きらきらと光る水面に浮く感覚に少し気が楽になったけれど、やっぱりまだ胸が苦しい。
もう一度潜ろうかな、と葵がぼんやり思っていると、


「あー!ここに居たの!?」

「本当だ!葵1人で何してンのー?」

ちょうど、優子や竜一達のいる所へ出たらしい。
彼らは大きい浮き輪やボートを借りて、ぷかぷか浮いて遊んでいる。
ぱっと葵の気持ちが変わり、立ち泳ぎをしながら皆に近づいた。
みんなと遊べば、この苦しい気持ちも無くなるかもしれないと思っての行動。

がしっと竜一の使っていたボートに捕まって、


「暑くて飛び込ンじまったの!俺も混ぜろーっ」


わざと竜一を沈ませるかのように、体重をかけた。
案の定沈みそうになるので、竜一はけらけら笑いながら「止めろよー」と茶化す。
ばしゃばしゃと遊ぶ葵たちを見て、負けじとみんなも参戦。
笑いあう時間が、葵の胸の苦しみを飛ばしてくれた。 一瞬、だけ。


「もっとー!もっとクジラがいるとこまでー!」

「行けねーよ」


それほど近く、という訳でもないが昼休憩を終えたのだろう鷹島達が近づいてきた。
啓太を浮き輪に乗せて、後ろから押してやっているらしい。
早い早いー!とはしゃぐ啓太。鷹島はすっかり啓太のお守り役。
そんな彼らに気づいて、女子達がほんわかと頬を緩める。


「子どもに優しい人っていいよねー」


子ども、という単語に葵の肩はびくりと跳ねた。現に鷹島と啓太から目線を外すことが出来ない。
忘れていたはずの苦しみが蘇る。ましてや今度はずきんずきんと痛みすら出てきた。
目を背けたいのに出来ない。どうして、と葵はぐるぐる考える。

願うことはただ1つ、鷹島がこちらに気づかないこと。
いつもだったら話しかけて欲しいし、近寄りたいのにどうしてか今は近寄りたくなかった。
だが、周りはそんな葵の葛藤なんて知らない。
大きな声で騒ぐものだから、鷹島が何だとゆっくり此方を向こうとした。が、その時。

そんな気持ちに海が比例したのか、その変化がいきなり彼らの目の前に広がった。

ざあっ、と大きな音を立てながら波が此方へ向かってくる。
それほど沖ではないので、溜まりに溜まった海水が押し上げて結構な高さだ。
今日は波が高くないと天気予報で告げられてはいたが、自然はそうそう規則的ではない。
いきなりの高波に、みんな驚いて「やばい!」と声をあげた。

その声で、ようやく鷹島は目の前に高波が来ていることに気づく。
啓太は「わあっ…!」と何も分かっていないのか感動の声を上げていた。
しかしこのままでは、啓太もろとも飲み込まれる。急いでどうにかしようとした、けれども。

不条理にも波はどっと沖近くに居た人たちを飲み込んだ。
一気に人が海中に飲み込まれる。一瞬の沈黙、そして一瞬にして人々はバッと海中から顔を出した。
それもそうだ。高波と言え、それほどでもない。せいぜい、さっきの波凄かったねー程度。
だが、小さな子どもは別だ。

飲み込まれた衝撃に、啓太と離れてしまった鷹島。
慌てて海中から出て、また潜り啓太を探す。お願いだから浮き輪で浮いてきてくれと願いながら。
だが、浮き輪は無情にも啓太を残して1つ浮き上がってきた。


小さな身体を必死に探す鷹島。
波に飲み込まれて、沖に攫われたと嫌な考えが走り目が血走る。
一度、呼吸を整えてもう一度海中へ潜った。なるべく、沖に向かって。


すると、少し遠くに金茶の髪がゆらゆらしていた。
はっと目を見開き、ぼやける視界の中必死にその金茶の髪を目印に近づく。
ある程度近づくと、鷹島が思っていた通りその金茶の髪は葵のものだった。

細い四肢が綺麗に水をかき、綺麗な髪がゆらゆらとなびく。
まるで人魚のように綺麗に泳ぐ姿に、鷹島は呆然と見惚れた。
葵は鷹島に気づく様子も無く、急いで鷹島から岩陰で見えない誰かへ必死に腕を伸ばす。
心底心配そうに、それでいて必死な表情で。

苦しそうにもがく啓太をぎゅっと抱きしめて、海中へと昇っていった。


「…ごほっ!ごほ…!」

葵は海中に上がり、ちょうど浮いていた浮き輪を掴んで啓太に被せる。
海水を飲んでしまったのか、咽る啓太の背中を優しく撫ぜながら、

「大丈夫か?今、お母さん達のトコ連れてってやるからな?」

優しい言葉をかけて、心配する。
まだ5歳くらいの子どもだ。あんな波に飲み込まれたら対応できない。
そんな優しい葵に、初めてのことで恐怖に怯える啓太は「うええ」と泣きじゃくり始めた。
落ち着いて、と葵は頭を撫でながら浮き輪に身体を預けさせて浜へと向かい始める。

波に飲み込まれた瞬間、潜った葵は啓太が沈んだのを見逃さなかったのだ。
考えるより先に、葵は今までに無い位の泳ぎで啓太を助けに向かった。
とにかく大事に至らなくてよかった、と安心しながら母親の元へ届けようとする。
すると、ちょうど目の前にざばっと音を立てて鷹島が海中から顔を出した。

びくっと葵の肩が揺れる。
そうだ、母親以前に啓太には父親がいた。…それは、葵の未だ抱く勘違いなのだけれども。


「齋藤、」

声をかけられる。
呼ばれる名前が嬉しいのに、今は苦しくて仕方が無い。
鷹島を見ると一気にショックな映像を思い出してしまい、息が詰まった。
そして、鷹島が何か言おうとした瞬間、会いたくないと全身で拒否するかのように潜る。

鷹島が追いかける間もなく、葵は素早く逃げていってしまった。
だが、鷹島に追いかけることなど出来ない。今は、啓太の安全の方が大事だ。

急いで浜に向かい、泣きじゃくる啓太をよしよしと抱っこしながらユキ達のところへ戻っていった。
葵にもう一度会いたいと、無意識に思いを引きずりながら。


一方、そんな思いを寄せられているだなんて微塵も思っていない葵。
1人浜辺の隅っこの岩陰で俯いていた。
もっとみんなと遊びたいけれど、もうそんな余裕がなかった。
ずきずきと痛む胸の奥。断続的なその痛みを消したいのか、自分の胸に爪を立てた。
痛い、けれど胸の奥はもっともっと痛い。
お願いだから早く時が過ぎてくれ、と葵は願った。


しばらくして、何とか復活した葵。
作り笑いばかりになってしまうけれど、みんなと楽しく遊んで何とか夕方を迎えた。
狙っていた優子のことなんて頭に入らない。
見たくないと思うのに、チラチラ鷹島たちがいたエリアを見てしまうほど彼らを気にしていた。
それ以上に人がごった返して、もう見つけることは出来なかったのだが。


「じゃ、帰ろっかー」

水着から私服に着替えて、荷物も持ってバス停まで行こうと浜辺を出る。
焼けたねーなんて会話をしながら葵達は近くのバス停までのんびり足を進めようとした。
すると、


「あー!金髪の兄ちゃん待ってー!」


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