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「うそー!?鷹島ちゃんって結婚して子持ち!?」

葵が行った直後、あまりの事に竜一が叫んでしまった。
さすがに少し距離があるとはいえ、大声を出して名前を呼べば誰だって気づく。
案の定、鷹島はびっくりして竜一達の方を振り向いてしまった。
もちろん、鷹島の傍に居た啓太と女性も。

竜一はやってしまったと口を塞ぐがもう遅い。
女子達は話しかけられるとワクワクするが、男子達は「お前なにやってんだよ」と竜一を攻めた。
すると、竜一達が自分の学校の生徒だと気づいた鷹島はゲッと言わんばかりに顔を歪ませる。


「なーに?彰の生徒さんたち?」

すると、鷹島が何か言おうとする前に女性が竜一達に疑問を吹っかけた。
特に気にしていないのか、鷹島に引っ付いたまま。
この暑さでよく人(しかも20代後半の男)にくっつこうと思うものだと周りは半ば呆れてくる。
だが、誰よりも呆れていたのは、


「…琴美、離れろ!さっきから暑苦しいっつの!」


ひっつかれていた鷹島だった。
無理やり長い髪を掴んで後ろに引っ張り剥がす。
さすがに女性相手なので、それほど力はいれていないのだろうが。
鷹島の妻、と竜一たちが思っている琴美という女性は「いやー」と子どものように駄々を捏ねながらも離れさせられた。
それを見て唖然とする竜一達。
いくら結婚して、妻となった人にここまでするのか?と。
未だ展開に着いて行ってない鷹島を知っている彼らに、更に追い討ちをかけるかのよう人物が増えた。


「あ!おかーさんっ」

パラソルの影から、これまた美人な、どちらかと言えば鷹島と同じような黒髪美人が現れた。
そこで察しがつく。啓太は鷹島に似ているのではない、新たに現れた黒髪美人(しかも母と呼ばれている)に似ている。
と、いう事は鷹島の妻はこちらか?いや、しかしでは茶髪の可愛い系美人は一体どういう交遊なのだ。
竜一も高平兄弟も、もう1人の友人である赤坂もパニックになって頭を抱える。


「ただいまー、琴美の好きなナポリタン買ってきたよ」

「やったー!ユキ姉ぇありがとうっ」

黒髪美人、もとい啓太の母はユキというらしい。
更にそのユキは琴美の姉らしい。
つまり、琴美にひっつかれてたのは妻であるユキの妹だからか?と徐々に納得がいった。
4人とも、鷹島が結婚していて子持ちであるという結論付け。
だが、鷹島がそんな『勘違い』を起こしている4人に気づいて何か言おうとした瞬間。


「彰くん、ビール飲むかー?帰りはユキが運転してくからさぁ!」


新たに現れた爽やかな男性が、ユキの隣に寄り添うように座りながら鷹島にビールを渡した。
すると、ユキに引っ付いていた啓太が、

「おとーさんおとーさん、僕のジュースは?」

男性の膝にちょこんと移動してジュースをねだる。
ユキが、隣で「もう、すぐお酒飲むンだから!」と男性に注意をしていた。
どう誰が見てもその3人は仲の良い幸せそうな親子。
つまり、啓太はユキとその男性の子ども。鷹島と関係は無い。
ということは、やはり琴美が鷹島の恋人なのだろうか、ともう混乱しすぎて竜一達はぽかんと口を開けたまま。

そんな生徒達にようやく声をかけることが出来た鷹島。
なんでいるんだ…とガックリしながら、


「…お前らがどういう勘違いしてンのか見てみてぇな…」


と呟いた。
先ほど竜一が叫んだ言葉で、どのほど勘違いしているのか彼は察したらしい。
すると、やっとユキと夫である誠一が竜一達に気づいた。


「あら?この子達は…?」

こんにちは、とおっとりした口調でユキが小首を傾げながら問う。
竜一達はもちろん、女子である優子たちでさえぽっと顔を赤くしてその美しさに照れてしまった。
なんて美形な集団(誠一はまあ普通の容姿だけれども)なんだとちょっと自分達に劣等感。
応えてくれそうになかったので、誰?とユキが鷹島に問う。

鷹島はめんどくさそうに呆れながら、俺の学校の生徒と簡潔に答えた。
確かに、この中に鷹島の受け持つクラスの人間は誰一人いない。
あんまり呆れられるとムカつくな、と竜一はむっと口を尖らせながら、


「…恋人とその家族を俺らに見られたからってその言い方は無いンじゃないすかー」


と、拗ねてみせた。
10代だからこそ出来る思い切った攻撃である。うっ、と鷹島の詰まった顔を一同は期待した。
だが、予想と反して鷹島は「はぁ?」と言わんばかりの表情を浮かべていた。
それはユキ達も同じで、彼女達はきょとんと目を丸くして竜一達を眺めている。
すると、先ほどから大人しく鷹島の隣に座っていた琴美がケラケラと爆笑し始めた。
せっかく可愛らしいのに、足を広げてばたばたその脚を暴れさせるほどに。そして、


「えっ!?なにそれー!あたしが彰の彼女って思ってるのー!?」


きゃー!やったー!とバカにしたようにケラケラ笑いながら腹を抱えた。
見た目が台無しな爆笑加減と、その言葉に竜一含む全員がぽかんと口を更に大きく開ける。
もう何が何だか分からない。
そんな9人に、ようやく鷹島が真実を告げた。


「コイツと隣のこの人は俺の従姉妹、ンでその旦那と息子だ」

簡潔に、それでいて竜一達が想像していたより遥かに普通なことを。
未だ爆笑している琴美の頭を軽く叩いて「うっせ!」と牽制しながら。
だが、竜一達の勘違いに爆笑しているのは琴美だけではなかった。
鷹島の隣にいるユキと、誠一も若い勘違いにお腹を抱えて笑っていたのだ。

一気に自分達の勘違いに恥ずかしくなる竜一達。対する女子達は「結婚してないんですか!」と言わんばかりに安心してほっと息を吐く。
やはり、イケメン相手に叶わなくても、結婚していないだけで何だか嬉しく思ってしまうらしい。
だが、その勘違いを未だ抱いていて、更に笑えない感情も抱いている1人がここに居ない。
サラブレット美形集団に笑われて「くっそー」と悔しがっていた竜一がやっと気づいた。


「…あれ?葵は?」


先ほどから1番騒ぎそうな葵が忽然と姿を消していることに。
その姿を探そうときょろと辺りを見渡すと、どうやら居た所に葵の財布が落ちている。
トイレにでも行ったのだろうか、と赤坂が呟きながらその財布を拾った。
すると、


「齋藤も来てンのか?」


葵という単語に即座に反応する鷹島。
誠一からビールを受け取りながら、きょろきょろと葵を探すために視線を泳がせる。
そういえば、臨時マネージャーを頻繁にしていたらから少しは仲良くなったのだろうかと竜一はぼんやり思いながら、

「あ、ハイ来てます。けど何か居なくなった…」

「迷子じゃないのー?」

スパーン!という擬音が似合うくらい素早く失礼なことを琴美はビールを呑みながら茶々入れ。
見た目とは裏腹な豪快さに、竜一達はドン引きしながら「いやさすがに…」と言葉を濁した。
鷹島もさすがに「相手は17だぞ」と葵をフォローする。
しかしそう言いつつも、まだ葵を探そうときょろきょろ視線を泳がしていた。

竜一達が自己紹介をユキ達にした後、さすがにこれ以上プライベートに関わるわけにはいかないと離れる。
女子達は「美形一族だったねー凄いねー」ときゃっきゃ盛り上がった。
対する男子達は、これはいいスクープだとニヤニヤ。
鷹島がまさか親戚ぐるみで海に訪れるなんて誰が想像出来ようか。
校内でも広まらせようと計画立てながら、自分達のスペースへと戻ってきた。

しかし、葵がそこにいるかと思えば居ない。
大の方だろうかと皆デリカシーの無いことを口々に言いながら、葵の財布を鞄に戻してやる。
1人ぼっちが嫌いな葵のことだからきっとすぐに出てくるだろう、と海に向かう。
次は沖まで出て遊ぼう!という計画だ。

そんな楽しそうに、鷹島のことなんて忘れ始める彼らとは裏腹に、葵は1人海に沈んでいた。


沖より遠くは無いが、足のつかない綺麗な場所。
元々葵は水泳が得意で、人より潜る時間が長い。
鷹島達を見てから、すぐに海へと飛び込み苦しくなる呼吸を止めるかのように潜り続けた。
目の前にゆらゆらとワカメやらコンブが揺らぎ、時折小さな魚達が泳ぐのが見える。
でもそんなこと、葵にはどうでも良かった。

何度も何度もしつこくフラッシュバックする、鷹島の姿。
楽しそうに、いとおしそうに啓太を抱っこして琴美に抱きつかれていた。
葵は彼らが真実を言う前に逃げてきたので、もうそうとしか思えない。
鷹島には、恋人どころか家族がいるのだと。


(…嘘じゃねーか、何年も居ないって言ってたじゃンか)


それがもし、彼女は居ないということを指していたら?
鷹島がそんな姑息な人間ではないこと、葵は知っている。分かっている。
本当は信じてなどいない、心のどっかでまだ鷹島を信じている。

苦しくなる息、これ以上呼吸を止めたら死んでしまうので葵はゆっくり海面に浮き上がった。
ぎゅっと胸のあたりで拳を握り締めながら、この苦しさに耐えて。


(…なんで、こんなに…)

苦しいンだろう?
葵は、まだその胸のひどい苦しみや痛みの原因が鷹島であることを、知らない。


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