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何とか教室に辿り付く事が出来(と言ってもクラス全員から注目を浴びてしまったのだが)、何とか3時間目を終えた葵。
朝ごはんを食べてくるのも忘れて出てきたため、先ほどからお腹が鳴っている。
何とか女子からお菓子を貰ったりして凌いでいるのだが、育ち盛りの男子。やっぱり炭水化物が欲しい。
今日は購買で弁当を買おう、と財布の中身を確認し始める。そのとき、隣で携帯片手に喋っている女子の声が聞こえた。
「今月の限定デコメ特集うさちゃんだってー、しかも12時から1時まで限定とか超イミフなんだけど」
きゃはは、と爆笑の波。
だが、葵にとっては笑えなかった。
うさちゃんことウサギのキャラクターが今、葵の一番のマイブーム。
そのうさちゃんが時間限定のもの、尚且つ特集となれば黙っちゃ居られない。
急いで探さなくては、とズボンのポケットに手を入れた。
直後、違和感に気づく。
あるはずのものが、無い。いくら探っても。
慌てて鞄も探るが、いくら教科書やら財布を机の上に出しても携帯は出てこない。
血の気が引いた。それは今朝の寝坊とは比にならないくらいに。
(おれ、俺のうさちゃんがっ…!)
別に葵のものでは無いが、そんなことを思うくらい葵は焦っていた。
友人の竜一たちに頼めばいいのだが、彼らにこの可愛いもの好きはバレていない。というか暴露していない。
なので軽々しく「あとでこのデコメ送って」と言えば、爆笑の嵐が簡単に思い浮かぶのだ。
どうしようと頭を抱える葵。
そのやわっこい髪をくしゃくしゃと掻き回しながら。
ふと、思い浮かぶはこの趣味を唯一知っている人物。
一か八か。
葵は腹が減ったことも忘れて、早く授業が終わるよう念を込めながら、机に突っ伏して寝た。
50分というものは意外に早い。
葵は睡眠不足だったので爆睡でき、安易に50分を早く過ごすことが出来た。
教科書ノートを慌しくしまっていると、竜一と彰人がコンビに袋を片手に葵に話しかける。
「葵ー、飯食おうぜー」
「わりっ、先食ってて!」
用事済ませてくる!と言い、一目散に教室を飛び出した。
あまりの速さに、竜一と彰人は呆然とお互いの顔を見合わせる。普段、昼飯といえばだらだらと携帯をいじりながら食べている葵が、あんなに急いでどこかに行くなんて2人には考えられないからである。
「…葵、どこ行ったンだろな」
「…便所じゃね?」
「そーかも!」
と、言っても2人とも結局は葵のバカさっぷりを知っているので適当に理由を考えたのだが。
一方、そんな噂をされていると知らない葵は。
階段駆け下り、廊下を突っ切って4時間目の体育を終えた生徒達の波を逆流し、体育教師用職員室へ。
そう、葵の可愛いもの好きを知っている(偶然の事故に似ているが)唯一の人物、鷹島に頼みに来たのだ。
急がなければ、限定時間が終わり尚且つ自分の腹が限界を迎える。空腹的なもので。
葵はバカにされる覚悟で、重たいドアを開けた。
「失礼します!た、鷹島先生いますかっ!」
元気よく言えば、職員室に居る教師一同がきょとんとした顔で振り向く。
そこには当の鷹島本人も居て。
「お、おー…どうした?お前から来るなンて珍しいな…」
鷹島はそれこそ不思議そうに葵を見ながらも、彼に近づいていった。
すると、ドアのすぐ傍に居る葵のクラス担当の体育教師がそれこそ不可思議そうな顔をして、
「本当、どうしたの齋藤くん」
と聞いた。
もちろん、葵が理由を話せる訳も無く。
もじもじと足を揺らしながら、
「えと、その、保健体育を教わろうと…」
「は!?」
鷹島は目を丸くする。
それこそその切れ長の形のいい目から目玉が飛び出しそうになるくらいに。
なぜならば、
「え?なんで僕じゃなくて鷹島先生!?」
目の前に自分の保健体育教師がいるのだ。
周りの体育教師たちも目を丸くする。
なぜ、鷹島に個人指導…そんなに気に入っているのか、と。
そう素直に思うものも居れば、鷹島のように深読みしてしまう教師も居るのだ。
俺に保健体育を教えてセンセイ!みたいな。
だが、
「え、えと、違くて!背を高くする方法を教えてもらおうと思ったンす!常盤先生小さいから!」
バカな葵は必死に考えた言い訳で雰囲気をぶち壊した。特に、小さいと言われた常盤に鋭い刃が刺さる。
何を言ってるんだコイツ、と鷹島は思いながら常盤に小声で「大丈夫です、常盤先生小さくないです」とフォローを入れた。
そんなこともいざ知らず、葵の頭の中はとにかくうさちゃんでいっぱいいっぱい。
ぐいぐいと鷹島の肩を引っ張り、
「先生、携帯、携帯持ってきて!」
「あ?お前保健体育教わりに来たンじゃ…」
「いいから!いいから、弁当とか持ってきて!」
何なんだ一体と鷹島は思いながらも、他の教師陣の視線が非常に気になるので、葵の言うとおり弁当と携帯を持って彼の後を仕方なく着いていった。