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その日の夜、葵は何だか眠れずに居た。
いつもならものの数十秒で夢の中におちるのだが、何度寝返りを打っても、何度もやもやと明日のことを考えても、最終手段に数学の教科書を読んでも。


(寝れない…!)


目を閉じれば、思い出すは今日のこと。
何だか鷹島のことを思い出すたび、目が冴えてゆく気がしたのだ。
そんなに鷹島が怖いのだろうか、とビビリな自分に溜息を吐きながら、葵は仕方なく携帯を開く。

適当に友達の日記を見てみたり、音楽サイトを回ってみたり。

それでも眠れない自分に溜息を吐く。
またごろごろと寝返りをうちながら、ふと目を閉じた。



『気ぃつけて帰れよ』


黒い上下のジャージ。
白いラインが入っているそれは、鷹島によく似合う。
いつも怒っているところしか見たことのない男前のキリっとした顔が、自分に笑いかけていた。
でもそれは、生徒全員に向ける笑顔。


『齋藤、テメーまた服装乱しやがって…!』

だが自分にはほとんど怒りの顔。
やっぱり嫌われているのだなぁ、と軽くしょげてしまう。
嫌われてもどうでもいいと思っていたのに。


気づけば、葵の瞼は降りて夢の中におちていた。





「葵、あーおーいー!」


薄っすら聞こえる男の声。
柔らかく揺さぶられる感覚にまどろんだ意識が覚醒してゆく。
あ、いつのまに寝てたのか、と葵はぼんやり思いながら目を開けようとした。そのとき、


「起きろ!バカ弟!もう8時過ぎてンだよ!」


「ぐほぁ!?」

どす、と鈍い音が部屋に響く。
葵は文字通り飛び起き、痛む腹を押さえながらベッドの上でのた打ち回った。
突如覚醒した意識は、ようやく兄によって腹を殴られたことを悟る。

「兄ちゃん…!可愛い弟の腹を容赦なく殴るってどういうこと…!?」

胃に何も無いので吐きそうにはならないが、それでも鈍痛には変わりない。
仁王立ちで見下ろす齋藤葵の兄、齋藤拓也は


「アホ!可愛いからこそ社会人の俺がわざわざお前を起こしに来たンだぞ?ほら、早くしねぇと遅刻するぞー」


「だからって殴ンなくても…って、8時!?」


葵が部屋の壁掛け時計を見れば、もう8時をとっくに過ぎていた。
朝のホームルームが始まるのは8時25分。因みに齋藤兄弟の自宅から高校までは徒歩で30分の道のりである。

一気に血が足元にまで落ちたようになった。


「ああああ!兄ちゃんのバカ!もっと早く起こしてくれよ!また鷹島センセに怒られる!」

「お前がすやすや寝てるのが悪いンだよーん」

けらけら笑う兄とは対称に、葵はバタバタとやかましい音をたてて制服を着、顔を洗い身支度を整えて鞄とギターケースを持って家を慌しく出て行った。

そんな弟の後姿を見送りながら、兄はゆったりと朝食を取ろうとリビングに向かう。

テーブルのの上には、青色の携帯が1つ。


「…アイツ、携帯置いてってンじゃねぇか…」


やっぱバカだな、と思いながらその携帯を部屋に戻してやった。
6つも年が離れている弟は可愛いのだ。
しかし、その優しさが弟にはなかなか通じなかったりする。



その頃その弟は。



「あと、2分ッ…!」

滅多に走らないので、息が荒れ放題。
ましてや足が遅いのでなかなか学校に着かない。
とはいえ、奇跡的に2分前に校門が見えた。
が、しかし。

直前で鳴り響くチャイム。
葵は急いで閉まり始める校門に滑り込もうとした。
が、


「はい、遅刻」


無情にも目の前で門は閉められた。
悲しいことに、今朝の当番は鷹島だったらしい。
他の教師ならば「ほら早く!」と入れてくれるのに。
葵は荒い呼吸のまま、必死に


「い、入れてくれよっ!あ、あの人入れたじゃん!」

葵の指差す方には言うとおり、葵の前を走っていた生徒が必死に教室へと向かっていた。
ちらりと鷹島はその生徒を見たが、すぐに葵に視線を戻し、

「あいつはギリギリセーフだったンだよ。お前はアウト!つー訳で今日も罰掃除…」

「俺が寝坊したのはっ、先生のせいだかンなっ!」

罰掃除をしろ、と言おうとした直後、葵が息を整え意味不明なことを叫んだ。
俺はそんなにこっぴどく掃除をさせたか!?と鷹島は驚愕する。しかし、


「先生のせいで眠れなかったンすよ!責任とって入れてください!」


鷹島は目を白黒させる。
当たり前だ、どう考えてもそれは。


「…は?え、お前?俺のこと考えて…?」

鷹島の目の前がぐらりと歪んだ。
一体何を言っているんだこいつは、と思いながら。
いきなりの告白まがいに鷹島は返事に詰まった。


「俺に掃除ばっかさせるからー!」


「…あ、そう…」

だが、それは告白でもなんでもなく。
ただのバカなあがきだった。
鷹島は拍子抜けして、溜息を吐きながら静かに門を開けてやった。

「ほら、早く教室行け。あと放課後俺ンとこな」

「うん!」

葵は元気よく頷いて、笑顔で玄関へと走り去っていく。その後ろ姿を見て、更に鷹島は拍子抜けした。

「いや、何喜んでンだよ…」

今まで、何度も「罰掃除だ」と告げればとてつもなく嫌そうな顔をして逃げ惑っていたはずなのに。
そんなに掃除が好きになったのだろうか。
鷹島はそんなことをを思いながら肩を鳴らし、体育教師用職員室へと足取り軽く向かっていった。



何だかんだ、鷹島も葵との罰掃除を喜んでいるのだ。知らぬは本人ばかり。

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