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合宿も、夕方までの練習で終わりだ。
和洋中混じった不思議なバイキング朝食を食べ終えて、食休みを摂った後は昼休憩までまた練習に励む。
夏休みが終わったらすぐに始まる大会に向けて、皆必死なのだ。
たとえ強豪校と言われなくても、1人1人自己の成績を伸ばすために。

葵も、そんな皆の手助けをしたいので必死にサポートに回る。
昨日とは違い、今度は短距離メンバーのサポートだ。
タイムを計り、ドリンク補充とタオル補充。
短距離メンバーが筋トレをしている間は、走り高跳びの記録とバーを動かす仕事。
意外に目まぐるしい程の忙しさに、一瞬座り込みたくなるけれども葵は頑張る。

休んでいる時間がもったいない気がしてしまうのだ。
出来る限り力になりたいし、出来る限りここに居たい。
ちょっとだけ腰を下ろして、息をゆっくり吐き出す。
溜まってきた疲れを吐き出すかのように、すっかり熱くなった砂に向かって。
舞い上がる砂を吸わないように、葵は立ち上がってまた短距離組のところへ向かおうとした。


「おい、齋藤」


すると、背後から急に声をかけられる。
走ってきたのだろう、少し息を荒げた鷹島が葵にペットボトルを差し出しながらタオルで汗を拭いていた。
葵は差し出されたペットボトルを受け取りながら、不思議そうに鷹島を見上げる。


「水分補給ちゃんとしろ、それは後でベンチ辺りにでも置いとけ」


そう言いながら、別のタオルで葵の額をガシガシと擦る。
地味に痛いので葵は顔を思い切りしかめて「いってぇー!」と喚いた。
しかし葵の額に浮かんでいた汗はタオルで拭かれたのだ。
べし、と葵にタオルを押し付けて鷹島はさっさと長距離組の所へ戻っていってしまった。

鷹島が行った先をぼんやり見つめる葵。
ちょうど長距離メンバーは休憩でグラウンドの隅の方でのんびりしていた。
鷹島ちゃんこれあげるーとその辺の草で作った笹船を渡すふざける男子。
鷹島は怒るわけでもなく、おーサンキュと適当な返事をしながら側溝に流して捨てた。
ひでー!と言いながらも楽しそうに盛り上がる長距離組。

もやっと葵の心が煙る。


(なんで俺には厳しンだよ…)


楽しそうにみんなと笑う鷹島を見て、自分への扱いの悪さにムカつきを覚える。
差別だ、と眉を顰めながら葵は貰ったドリンクを一気に飲む。
灼熱の中で飲む冷えたスポーツドリンクほど美味しいものはない。
先ほどまでのムカツキはどこへやら、葵は幸せそうに頬を緩めた。
ついでに汗でびしょびしょな背中も、先ほど貰ったタオルで拭く。

さっぱりした葵は、半分まで飲み終えたスポーツドリンクをベンチに置くために一旦グラウンド入り口へと戻った。
グラウンド入り口は外とはうってかわって薄暗い。
少々涼しいので、葵はちょっと自分に休憩と言い聞かせながら適当な所にペットボトルを置いた。
そして、ちょっとだけ座っていると、


「あれ?齋藤くん休憩?」


新しいタオルを運んでいる冬香に見つかった。
葵は「いやっ、これ置きに来たンだ!」としどろもどろ言い訳をする。
サボるなと怒られたくないためだ。
しかし、冬香はそれほど気にしていないのか「そう」とだけ言った。

葵がホッと胸を撫で下ろしていると、ふと冬香は気づく。


「冷蔵庫の場所分かったンだ、用意周到だねー」

葵の持っているペットボトルがとても冷えていることに。

「えっ?冷蔵庫?」

しかしそれは本人のものではないので、葵は首を傾げる。
冬香はそれを見て同じように首を傾げた。


「齋藤君のじゃないの?」

「うん、これは鷹島先生から貰った…」


そういえば、新品で且つとても冷えていたことを思い出す葵。
貰ったタオルも、鷹島が使っていたものではなく新しいものだった。
もしかして、と思う間もなく冬香が「よかったね!」と言いながら去っていってしまった。
その後姿をぼんやり眺めながら、葵はもう一度貰ったドリンクを飲む。
甘いそれが喉を潤した。
喉だけではなく、胸の辺りがなんだか不思議な気分で広がる。


(…逆…?)


葵にだけ厳しいのではなく、葵にだけこれをくれた。
単にまた熱失神になることを心配しただけかもしれない。
それでも、やっぱり大事にされている感覚が広がる。
胸が締め付けられるように痛くて、葵は何だか泣きそうになった。


(俺、キモいだろ…)


自分が浮かれていることに気づいて、心の中で自分を罵倒する。
それでも止まらない心の浮きっぷり。
忘れるかのように、葵はペットボトルをベンチの上に置いてダッシュでグラウンドへ戻った。
それでも浮きだつ気持ちは抑えられない。
鷹島に他の生徒とは違う扱いを受けただけで、こんなにも喜ぶ自分が嫌だ。
葵は先ほど行こうとした短距離組の所へ向かう。

先ほど貰ったタオルをぎゅっと握り締めながら。


夏の日差しが葵の髪を照らす。
髪が伸び始めて、地毛である濃い茶髪がつむじからちょっと見えた。


あっという間に時は流れ、気づけば練習時間終了。
夏なのでまだ空は明るいが、これからバスに乗って学校へ帰るので皆帰りの準備を始める。
最後にお世話になった宿泊施設や、グラウンドの管理者に挨拶へ行くため鷹島は部屋に居ない。
葵は1人、自分の荷物をまとめながら貰ったペットボトルを眺めていた。
もう飲み干したのだが、何となく捨てるのがもったいない。
かと言ってとっておくのも意味が無い。葵はもやもやした気分の中、それをゴミ箱に放り投げた。


(何か、俺変じゃね?)


どうも、最近自分が変だ。
葵はそんな自分に疑問を浮かべて、ひたすら1人で首を傾げる。
もやもやする気持ち、時折胸が締め付けられるように痛い。
けれど、どれもこれも鷹島が関わると起こる感覚だ。
今まで、好きになった女子への感情とはまた違ったもの。

(って!俺は別に鷹島ちゃんを好きな訳じゃ…)

無い、とまで思うことが出来ない自分がいた。
ぞっと腹部から嫌悪があふれ出る。ぞわぞわと全身に広がって吐きそうになった。
ありえない、ありえないと何度も何度も自分に言い聞かせながら葵は自分の鞄に顔を埋める。


「行くぞ齋藤…お前、なに寝てンだ?」


すると、ドアが開いて鷹島の声が降ってくる。
葵がバッと顔をあげると、起きてたのかと驚かれた。
驚かせたつもりは無いが、驚いた鷹島が面白くて先ほどのもやもやが吹っ飛ぶ。
思わずへらへら笑いながら、「ビビりー」とからかってみせた。

「ビビりじゃねぇよ!行くぞオラ」

「ぎゃっ!蹴るなー!」

すると、ちょっとばかし不機嫌になった鷹島が弱い力でぐいぐいと葵の肩を踏み、押す。
けらけら笑いながら葵はその蹴りを受け止め、ころんと畳みに転がった。



帰りのバスは、また行きと同じで葵は副顧問の相澤の隣。
ただ、行きと違って葵はすやすやと熟睡していた。
窓に頭を預けて寝息を立てる葵を、隣で見つめる相澤。
おとなしく寝ていれば、高校生らしい顔をしているのだなと実感した。
一方、鷹島はというと彼もまた同じように前の席で窓に頭を預けて寝ていた。

同じように眠る彼らに気づく人はいない。
みんな、同じように疲れを少しでも癒すために眠りについていたのだった。



そして数時間後。
学校へ着いた頃にはもうすっかり日が暮れていた。
みんな眠そうに目を擦りながら、鷹島の話を聞いた後各々の帰路に着く。
葵もアクビをしながら、家へ帰ろうと校門に向かった。
ふと、何気なく反射的に振り返る。
そこには同じように眠そうな顔をして生徒が帰るまで立っている鷹島。


「…鷹島ちゃん、」

眠い目を擦りながら、葵は鷹島に声をかける。

「…あ?」

どうした、と鷹島が返事をすれば葵はへにゃあと笑って見せた。
夕陽が落ちる中、柔らかな光に包まれながら。


「さよーならー」


ひらひらと手を振って、校門を出て行った。
まるで夕陽に溶け込んで消えていくかのように。
鷹島は目を擦って葵を見つめる。消えることなどないのに、確かめるように。
その手を握って止めたくなる衝動を抑えて、鷹島は「気をつけろよ」と葵に声をかけた。


長かったようで短かった合宿が、終わった。

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