21,
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夏の朝は早い。
6時にもなれば外は明るくなってくるのだ。
大して遮光能力のないカーテンは、6時半にもなればその布の意味は無くなる。

普段、遮光カーテンありきで生活している葵には、眩くて仕方ない。
ううんと身じろいだり、布団に潜ったりして何とか安眠しようとするが、無理だった。
しかも気温も上がってきて汗がじっとり背中を濡らす。
ちょっと早いけれど、合宿も今日で終わりなので起きてしまおうと葵は瞼を上げた。
合宿は1泊2日。それほど寝不足でもないし、帰って寝れば大丈夫だろう。

鷹島を起こさないように、もぞもぞと布団から這い出た。
布団の中よりは幾分か涼しく、朝の静けさが身に染みる。
ふう、とゆっくり息を吐けば徐々に覚醒していく意識。
何気なく隣でまだ寝息を立てる鷹島を見た。

当たり前なのだが、昨日の夜とは違う寝方をしている。
昨日は普通に仰向けだったのだが、寝相のおかげでちょっと横向きだ。
寝相はあまり悪くない方なのだろう。布団はちょっとしか乱れていない。
何となく葵はむずむずして、思わず鷹島の上に圧し掛かってみた。


(おお、苦しまない)


たまに寝てる兄にふざけて乗るのだが、苦しがってすぐに起きる。
しかし鷹島は鈍感なのか熟睡しているのか、起きる気配は無かった。
それをいい事に、葵はゆっくりと鷹島の顔に近づく。
まるで、とある田舎を舞台にしたアニメ映画のような状態。
さすがの鷹島も重いのか、ちょっと「うう…」と唸り声を上げた。

だが葵は降りもせずに、鷹島の髪を弄ってみる。
寝癖がちょっと付いてかっこ悪い。思わずふふっと笑ってしまった。


(三十路近いのにまだ肌は若い方…なのか…な?
しっかし焼けてンなぁーいいなぁー)

ぺたぺたと、鷹島の顔を触りまくる。
相手が寝ているからという安心感からだろう。
起きていたら、基本葵から鷹島に触ることは無いからである。

だが相手が寝ていてはあまり楽しくない。
ちょっとワガママで迷惑かもしれないけれど、起床時間の6時半にはあと少しだ。
どうせなら起こしてやろう、と葵は意味不明な親切心で更に体重をかけて圧し掛かった。

もふ、と鷹島の耳周辺に顔を埋めて、


「あーさでーすよー!」

ちょっと小声で言ってみる。耳にダイレクトに声を出しているので小声でもやかましいが。
さすがの鷹島もその声で夢から醒める。
ううんと唸りながら、もう少し眠るために無意識に退かそうとした。
まだ、意識は覚醒していない。

それでも葵はめげずに、うりゃうりゃと頭を鷹島の側頭部に当ててぐりぐり。
また耳元で「あと30分で起床時間だぞーご飯ご飯!」なんてウザったい言葉攻め。

すると、半ば意識を覚醒させた鷹島がようやく目を開けた。
しぱしぱと未だ開ける事が困難な瞼を動かして、葵を見る。
起きたとワクワクしたように言われるが、頭は起きてない。


「…ンだよ…寝かせろ…」


寝起きのため、掠れて篭った声が小さく聞こえる。
もぞもぞと鷹島が動くため、静かな部屋に布団の布擦れの音と鷹島の小さな唸りだけが響いた。
だが葵は更にめげずに、鷹島ちゃーんなンて甘えた声を出して起こそうとした。
…大概、葵も寝ぼけている。
すると、その声を聞いた鷹島が何を思ったか、がばりと布団を巻くって葵を転がした。
横の畳に転がった葵を捕まえると、そのまま布団に引きずり込む。

そして、

「朝早ぇンだよお前は…ジジイかコラ!」

寝起きのおかげでよりハスキーな声を上げて、思いっきり葵にプロレス技をかけた。
怒っている訳ではない。むしろ、ちょっと上機嫌。


「ぎゃぁあ!?いって、鷹島先生寝起き悪くね!?」

しかしかけられた側の葵はたまったもんじゃない。
骨が折れるほど痛いというわけではないが、地味に痛くて思わずバタバタ暴れる。
だが暴れても解放してもらえず、更にくすぐってきた。
脇腹やら足の裏やらをこしょこしょと器用にくすぐってくる。
思わず葵は大爆笑。しかし朝早いので、周りに迷惑をかけないようにとなるべく声を抑えようとする。

「ぎゃはは、っ!止めろよー!セクハラだっ」

「あ?無理やり起こした罰だっつの」

一頻り葵をくすぐりの刑にした後、さすがに飽きて一息吐く。
気づいたら一緒の布団に入って、何だか不思議に絡み合っている状態。
関係的にマズいのだが、今は何となく2人とも寝ぼけている。まともな思考回路ではない。
ふへへ、と葵はへにゃっとした笑みを浮かべながらもぞもぞして布団を捲くる。
そして、

「…はよー、先生」


なんて可愛い事を言った。
すっかり部屋に侵入してきた朝日によって、その髪はきらきらと光る。
寝ぼけ状態なので、柔らかい笑み。ちょっと掠れた声。
思わず、鷹島の目はすっかり冴えてしまった。


「…お、おう。おはよう、齋藤」

しどろもどろに返事をすると、ふにゃっと葵は嬉しそうに笑った。
鷹島の心臓が何故か締め付けられる。
その感情に気づくことが嫌で、鷹島はバッと起き上がり、敷布団を引っ張った。
もちろん、寝ていた葵はまたごろごろと畳みに転がる。本日二度目。

「なっ、鷹島ちゃんいきなし ひでぇっ!」

「うっせ、早く着替えろ」

布団は俺が畳んどいてやるから。と言って急ぐ必要も無いのに急ピッチで畳む。
葵は「はーい」と返事をしながらもそもそとまず顔を洗いに洗面台へ向かった。
葵が出て行ったのを確認すると、鷹島は思い切り溜息を吐いて座り込む。
まだ寝起きだ。身体も付いてきていない。
けれど、脳内では先ほどから葵の柔らかい笑顔ばかりがリピートされる。


(…ンだよアイツは…くそっ!)


朝やたら可愛い行動をいきなりしてきた葵に戸惑うばかり。
そんなに俺に懐いていたか?と不思議がるも、確かに最近は一緒にいる事の方が多い気がした。
合宿という日常生活から少しばかり離れた事で、気分が浮ついてやたらくっついていたかもしれない。
頑張っている葵が、何だか眩しくて。
鷹島ちゃん鷹島ちゃんとへらへらしながら寄って来る葵が、可愛くて。



(俺は、 教師だぞ…)


今更ながら、色々な法律やら条令がぐるぐると思考を駆け巡る。
鷹島は生真面目な性格だ。多少ふざけたりする面はあるも、社会の秩序はしっかと守りたい。
自分が如何に違反していることをして、した事を徐々に自覚してきた。

吐き気がする。

なぜなら、自分にも確かに思うことがあるからその吐き気はリアルになるのだ。
葵の事を、恋愛感情として意識している。男なのに、生徒なのに。
鷹島は子どもじゃない、その意識が何なのか位分かってしまう。
けれど踏ん切りを着けられるほどの想いでもないし、自分の気持ちに正直すぎるバカでもない。
自分が葵を好いたら、と思うだけでどうしようもない嫌悪と吐き気がした。
葵が、嫌いなわけではない。


(ちくしょう、ちくしょう…)


意識じゃない。
葵が眩しいから、少し近寄りたいだけだ。そう思う事にした。

教師として、生徒は平等に扱って尚且つ高校教諭なのだから多少の距離を置かないとならない。
…理屈を捏ねるのは簡単だ。ただ、それで本心を押さえつけるのが難しい。

ガラ、とドアが開く音がする。
目ェ覚めた!と葵が小さくいらない報告をしながら戻ってきた。
すると、全く布団を畳んでいない鷹島を見て、

「あ!サボってンじゃねーか!やっぱ布団関係はプロの俺に任せないとー」

ちょっとしたお怒りと、ふふんと威張って見せる葵。
先ほどの事は全く気にしていないのか、と鷹島はちょっと不思議がる。
元々葵はスキンシップ過多の方だからだろう。そう思う事にした。

実際、それほど葵は人にベタベタ触ったりしないのだが。
先ほどは寝ぼけていたためか、あまり葵は自分の行動を覚えていない。
なぜかぼんやりとした意識の中に鷹島がいたから、無意識の行動だった。


「ほら!俺、すっげプロくね?ヤバくね?」

しかし、すっかり忘れている葵は特に気にもせず普段通りのバカっぽい行動。
やたら綺麗に布団を畳み、押入れの中にきっちりしまった。
シーツ外さないとならないんだけどな、と鷹島は思うも気を使って今は言わない。

「あープロいな。それよりここの朝飯はバイキングだぞ」

「え!?マジで!ホテルみてぇー!」

何か腹減ってきた!とはしゃぐ葵を横目で見つつ、鷹島も洗面所へ向かった。
もやもやする気分も洗い流せればいい、とぼんやり思いながら。

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