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高木達を置いて、先に行くことにした2人。
優しい風がさわさわと木々を静かに鳴らした。
その音だけが、やけに大きく響く。
砂利道を進むたび鳴ってしまう砂利が擦れる音も、一緒に。


「…もうすぐ着くな」


最後の方に脅かし役はいないのか、とちょっとガッカリしたような声を漏らす鷹島。
怖いものが好きなのだろうかと葵は不思議がりながら、鷹島を見上げる。
月光に照らされる鷹島の横顔。
今日はとても日が照っていたから、肌がちょっと前より黒くなっている。
あまり焼けない(焼いても赤くなって終わり)葵にはちょっと羨ましい。


「先生、焼けたなー…腕もほら、」


繋いでいた手を利用して、葵は鷹島の腕を自分の腕と一緒にちょっと上げる。
更に、葵の細い腕と並んで比較対象となるように。
鷹島には腕の筋肉も多少付いていて、血管が数本浮き上がっている。更に、焼けて少々小麦色。
対して葵は、バイトと趣味(ギター演奏)のおかげで多少なりとも付いているが細い。
更に焼けている人と比べれば、その白さはよりはっきりと分かる。

予想以上の細さと白さに、鷹島はびっくりして目を見開いた。
自分が焼けたのか、葵が単に白いのか分からない。
ふうん、と小さく呟きながら鷹島も腕を上げてみる。


「うわわっ!」

「あ、わりぃ」


すると、葵の方が背が低いためにバランスを崩す。
ふらっとよろけたため、鷹島はとっさに手を離し肩を支える。
相変わらず肩も薄くて、鷹島は何だか心配になった。ちゃんと食べているのだろうか。

困惑する鷹島をよそに、葵は自分でしっかと地を踏みしめる。
支えてくれてありがとうとお礼を言い、そのままぼんやりと自分の手を見つめた。
先ほどまで繋いでいた手が離れて、何だか違和感を感じるのだ。
鷹島の体温が、リアルに残っていて。


(なんか、変)


それだけで、なぜか葵の胸が苦しく締め付けられた。
分からない、どうしてこんな痛みが自分に襲うのか。
葵はぎゅっと手を握り締めて、何事も無かったかのように「早く帰ろう」と先に進む。
そんな葵を少し後ろから見つめて、鷹島も「そうだな」と返事をして一緒に進み始めた。
葵に見えない位置で、鷹島もまた自分の掌を見つめる。
彼もまた、葵の体温が現実のように残っていたから。



しばらくして、ゴールであるスタート地点が見えてきた。
みんなガヤガヤと話をしながら残りのメンバーを待っているらしい。
何だかホッとした葵は、早くゴールに着いて「イェーイ」なんて言おうと思い、駆け始めた。
おーい、と手を振りながらちょうど1番前に居た部長に「終わった」と話しかけようとする。
だがしかし、終わってなどいなかった。

ニヤニヤとするみんなの表情に気づかない葵の横から、残りの脅かし役がいっせいに葵を襲う。
3人ほどなのだが、葵はまさか来ると思わなかったのであまりの恐怖に悲鳴をあげた。

「ぎぃああぁああ!?」

びくん!と身体を跳ねさせて、葵は思わず尻餅をついてしまった。
砂利だったので、悶えるほどの痛みが葵の尻に襲うがそんなことを気にしている余裕など無い。
散々だと葵は泣きそうになったが、脅かし役含む部員達は葵の面白い反応に大喜び。
齋藤くんナイス反応!と口々に言いながら腹を抱えて爆笑していた。
それは、後ろを歩いていた鷹島も同じ。

去年も同様に最後の方で脅かされていたので慣れていた鷹島は、余裕なのだ。
よって、葵の叫び怯える姿に爆笑。


「最後になンて…悪質だろがぁ〜…!」

笑われた葵は悔しがって、みんなを軽く睨む。
しかし涙目なのであまり怖くはない。むしろ何だか可愛らしい。
そんな葵に更に爆笑する部員たちは、薄情というかただ単に葵を面白がっているだけである。

だが、葵はたまったもんじゃない。
なぜなら、


「た、立てねぇ…!?」

あまりの驚愕と恐怖に、腰に力が入らなくなったのだ。
いわば、腰が抜けてしまった状態。
ビビった姿を見られて笑われたあげく、腰が抜けるなどなんて恥ずかしい状況なのか。
葵はあまりのことに軽く泣いた。

すると、


「腰抜かしたのかよお前は…!ったく、」


笑いを堪えながら、鷹島がひょいと葵を抱えたのだ。
しかも、いつもの荷物のような運び方ではなくお姫様抱っこで。
周りが冷やかしに「おぉー」とか口笛を吹いたりだとかしている中、鷹島は葵を抱っこしてゴール地点を目指す。
あまりにも葵の反応がおかしかったので、抱っこすることに踏ん切りが付いたらしい。
だが葵は、簡単に抱えられたショックもあるが何よりも、


「ちょ…っと!?鷹島ちゃん何してンだよ!?はずいはずい!」

みんなに見られたり冷やかされたり、鷹島が自分を抱えているということがとてつもなく恥ずかしかった。
荷物のように運ばれたことはあるが、この抱き方は違う。
鷹島との距離がとても近くて、それでいて何だか大事にされているようで。
恥ずかしい反面、なぜか嬉しかった。
葵の部屋でぎゅっと抱きしめられたときと同じ感情が湧き上がる。

その感情を掻き消そうと、葵がぎゅっと目を瞑ると目の前からある筈の無い声が聞こえた。


「ゴールおめでと!ナイスビビりだねっ」

「…あれ?」


葵が目を開けると、そこには自分達より後に居たはずの冬香がニコニコと葵を見つめている。
にこにこというよりはニヤニヤして「結婚式みたーい」とからかっていた。
その冷やかしに鷹島は少しムッと眉間に皺を寄せたが、葵はそれよりも冬香がいることに驚き気にも留めない。
パクパクと口を開けたり閉じたりしながら、冬香を指差す。


「え…!?さっき俺らより後ろにいたはずじゃ…高木は!?」

テレポート!?と超能力の名前を挙げて少しパニックになる葵。
そんな葵をきょとんと目を丸くしながら冬香は見つめつつ、斜め後ろを指差した。
そこには部長達と笑顔で話している高木の姿。
あんなに怯えていたことが無かったかのように、いつもの爽やかな笑顔だ。

テレポートどころか、自分達が見たのはドッペルゲンガーだったのではないか。
葵はバカなことにそこまで考えてクラクラと船を漕ぐ。
どうした!?と鷹島が心配するやいなや、すぐに冬香が葵の耳元に口を寄せた。


「…抜け道があってね、それを使って早く来たの。
見たでしょ?遼平怖いもの苦手だからさー…」


めんどいからこうしてるの!と言いながら高木を軽く睨む冬香。
その視線に気づいた高木は、しーっと人差し指を唇に当てる。
どうやら、葵達が怯える高木を見たのはバレていたらしい。つまり、


「…え?俺らが見たの知ってたの?」

「ついでに2人が手ェ繋いでたこともね」


さすがに手を繋ぐのはどうかと思うよ、と冬香は呆れたように肩を竦めた。
ここまで無言で聞いていた鷹島が、思わず支えていた手を緩めて葵を落としそうになる。
しかし、砂利に落とすわけにはいかないのでしっかと支えた。
ついでにいつもの荷物のような抱え方に変えて。


「あれは齋藤がビビって遅いから引っ張っただけだっつの!」


変な言いがかりをするな、と焦った鷹島は思わず葵の太ももを叩きながら弁解する。
ばしばしといい音が響くと同時に、葵の「いてぇー!」という悲鳴も響いた。
そんな2人を見て、相変わらずよく分からない関係だと冬香はほとほと感じた。


「俺ビビってねーし!?太もも叩くなよ!」

「あ?どうみてもビビってただろうが!」


またまたぎゃあぎゃあと言い合う2人。
やれやれと冬香はまた肩を竦めながら、皆に解散の旨を告げるついでに2人へ小さく呟いた。



「手繋いでたってこと全校にバラされたくなかったら、抜け道使ったのバラさないでね」



それは、脅迫のような交換条件。
さすがの2人も、男同士(しかも教師と生徒)で手を繋いで歩いて居た事など全校に知られるのは嫌だ。
そもそも高校はそれほど大きくないので、回収しきれない速度で広まるだろう。
2人は力をなくして、ただただ冬香の提供した条件を飲んだのだった。



ほどなくして、肝試しは終わりそれぞれ就寝のため部屋へと戻る。
今年は齋藤君がビビりすぎて楽しかったな!なんて同級生の部員達に口々に言われながら、葵も部屋へ戻る。
さすがに腰に力が入ったので、鷹島に降ろしてもらった後だが。
そろそろビビらないように耐性を付けようと葵は心に決めながら、部屋へ入った。

鷹島は1度皆の所を回るので戻ってきていない。
静かな部屋に、外から少しだけ聞こえる蛙の声が滲むように響いた。
ぼんやりとその声を聞きながら、葵はゆっくり畳みの上に胡座をかく。
そのままころんと畳の上に転がり、目をぎゅっと閉じた。


唇にかかった、あの熱い吐息を思い出したのだ。
もしあのまま冬香が来なかったら、自分達はキスをしてしまっていたのか。


(…ありえねーよ…)

普通、同性にあそこまで迫られたり変なムードを作られた瞬間怯えるものだ。
たとえ仲良しな竜一でも、キスなんてされたら叩くし、今後の友人関係にヒビが入ってしまうのではないかと思う。
それは兄でも、バイト先の上司でも同じ。
けれど、葵はあの時恐怖とは違った怯えを体感していた。
今も、その怯えが蘇る。鼓動が早まって、頬が熱くて、胸が苦しい。


(…考えるの、やめろ俺!)


齋藤、と呼ばれる声を掻き消して葵はバッと起き上がる。
鷹島が来る前に布団を敷いて、俺は布団敷きのプロだと自慢してやろう。
そして感心させてやるのだ!と意気込んで、押入れにダッシュで向かった。
太陽の香りがするふかふかの布団を、机を退かした後に2つ並べる。
何だか遠慮して、布団との距離はは普通よりちょっと離しながら。

すると、

「…お、布団敷いてくれたのか」

敷き終ったと同時に、良いタイミングで鷹島が戻ってきた。
ちゃんと綺麗に敷いてくれた葵に「サンキュ」と礼を言いながら、眠そうにひとつ欠伸をする。
今日も疲れた、明日も朝早いと言わんばかりに。
早速寝ようと鷹島が布団に入ろうとすると、


「ふふん!凄いだろ?俺マジ仲居さんになれる」

隣で葵も布団に入りながらそんなバカみたいな自慢をしてきた。
相変わらずバカだな、と鷹島は呆れて苦笑する。
どや顔が腹立つはずなのに、やたら可愛らしいと思えて。


「進路調査票に、仲居業務希望とでも書いとけ。おやすみ」


だが、その煩悩を振り切って鷹島は布団に潜り込んだ。
アッサリした返事に葵はムッと口を尖らせつつも、電気のスイッチを切る。

「おやすみなさいっ!」

軽い怒りに荒げた声だが、しっかりと挨拶をして葵も横になった。


外からの月光だけが部屋を照らし、薄暗い空間の中無言がやけに染みた。
鷹島と眠るだなんて、そういえば初めてのことである。
未だ聞こえない寝息に、葵はまだ起きているのだろうかと鷹島の方を向いた。
少しずつ深く上下していく胸板。そろそろ眠るのだろう。
寝顔も、崩れることの無い男前だ。

すると、すーすーと寝息が聞こえる。
鷹島は眠りについたらしい。
深く胸板が上下して、すやすやと健やかな寝息が聞こえた。
何だか寝息を聞いて眠る姿を見ると、鷹島が前よりもっと近くにいるように感じる葵。
また、胸がしくしくと痛んだ。
嬉しいような、悲しいような、そんな痛み。

その痛みに怯えながら、葵も目を閉じて眠りに落ちる。
静かな狭い部屋の中、今日は少し涼しい空気に包まれて2人眠った。


葵は、少しずつ気づき始める。
けれどそれがあまりにも彼にとって恐ろしいことだから、彼は胸の痛みを我慢するコトを静かに決めたのだった。


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