19,
-------------

静かな雑木林に、なぜか葵の歌声が響く。
歌声というより鼻歌に近い。色々な曲がミックスされて変なメドレーになっていた。
葵は歌が結構上手いので(現にバンドでギター兼ボーカルをしているだけある)聴いていて不快では無い。
しかし、鷹島は大きく溜息を吐いて、意味不明と言わんばかりの視線を送った。

「何歌ってンだ…怖いなら無理すンなよ」

そうハッキリ言えば、ギクリと葵の肩が上がる。
葵は慌てて歌うのを止めながら、また見栄を張って


「…いいじゃんか!静かなンだから!」


と、強がる。
そのバカな強がりに、思わず鷹島は噴出してしまった。
笑われた葵は、更にムムムッと強がって「ンだよ!」と怒りながらちょっと先に進む。
自分が懐中電灯を持っているので大丈夫と踏んだのだ。
しかし、木がより鬱蒼と茂っている所の近くを通ってしまった。
そう、そこには脅かし役の部員達が潜んでいる。


「うああぁ…待てぇ…」


全てに濁音が付いてそうな薄気味悪い声が聞こえた。
更に、その声の主は茂みから血まみれ(ペイント)の手を出して葵の足をちょろっと触ったのだ。
いきなり掴んで転ばせてはいけないので、ちょっとした配慮。
しかし、まんまと脅かし役の罠に引っかかった葵はというと。

一気に心拍数が運動後のように上昇し、真っ青になって悲鳴をあげた。

「ぎぃええぁああ!!手ー!手ー!!」

パニックになりながら、慌てて鷹島の下へ駆け寄り彼の後ろに隠れる。
カタカタ震えながら鷹島のTシャツをぎゅっと握り締めた。
鷹島はその面白い驚き方にゲラゲラと笑いながらも、縋られて嬉しかったりする。
無駄に高揚しながら、後ろの方にスタンバイしているもう1人の脅かし役に「もっとやれ」と合図した。

もちろん、了解の合図。

後ろからゆっくりと迫り、貰ったコンニャクを葵の首筋に当てた。
ぞぞぞ!と勢い良く寒気が葵の背筋を駆け抜け、腰の力を奪う。
気味悪さへの恐怖と一緒に、死角からのドッキリに葵は涙を滲ませた。
思わず、鷹島の背中に縋るように抱きつく。
風呂上りのためか、石鹸の良い香りと温かい身体が葵を少し落ち着かせた。

しかし、抱きつかれた鷹島はというと、

「お、おい齋藤…マジびびりかよお前…」

指示した張本人だというのに、葵に抱きつかれて緊張していた。
男子生徒に抱きつかれても今まで何とも思わなかったというのに。
むしろ暑苦しいと鬱陶しがっていたくらいだ。
けれども、葵に抱きつかれると緊張と興奮が相まって変な気分になる。
その感情を知ってはいるけど、鷹島は認めたくなくて少し身を捩った。

すると、脅かし役の部員達がさすがに心配し始める。
優しく葵の肩を叩いて、カラカラ笑いながら声をかけた。


「齋藤君ビビりすぎだってー」
「俺らだっつの!つか、むしろ女子と当たンなくてラッキーだったじゃん」
「鷹島先生は別の意味でラッキーだけどな」

なんて口々に冗談でその場の雰囲気を明るくさせる。
最後に鷹島への冗談を言った生徒は、もちろん鷹島からのチョップという制裁を貰ってしまったが。

彼らの声を聞いて、慌てて身体を離す葵。
抱きつく気は無かったのだ。自分の行動にパニックになりながらも、また見栄を張ってしまう。


「ビ、ビビってねーし?怖がった方がおもれぇかなって思って!」

思いやりボランティア!と腰に手を当てながら声を上擦らせる。
あまりにも見え見えな嘘に、呆れを通り越して爆笑してしまう脅かし役と鷹島。
雑木林に似合わない笑い声が、風の無い夜空に響く。
口々に嘘吐け嘘吐けと言われては、葵も恥ずかしくて仕方ない。
笑わせようと思って笑われることの何と恥ずかしいことか。

あーもう!うっせー!と半ば自棄になって、葵はさっさとこの場から去ろうとする。
しかし鷹島が脅かし役と「アイツ面白いよな」なんて会話をしているものだから、つい。


「先生早くッ!」


鷹島の手を握って、引っ張る。
掌を握るのではなく、人差し指中指の2本を掴んだ。急いでいたためである。
大きくて少し冷たいその指を握って、葵は一生懸命引っ張ってその場を離れた。

後ろで「お幸せにー」とからかう声が聞こえるが、葵には聞こえない。
しかし、バッチリ聞こえている鷹島はというと、いきなり手を繋がれて少しパニックになっていた。
自分よりも大分小さくて細い手が、ぎゅっと自分の指を握っている。
変に力が入って痛いのだが、温かい掌は少し柔らかい。
けれど、指の腹は少し硬い。恐らく、ギターを弾いているためだろう。

葵に手を引かれながら、ぼんやり彼のつむじを見下ろす。
風呂上りなのでワックスも付けていないから、髪がサラサラと揺れた。
あの頭に手を伸ばして、髪を梳けばどれほど心地よいのだろうか。
なんて、夏の夜に浮かされたのかそんなことを考えてしまった。


だが、そんな思いに浸る間もなく次の脅かし役が潜んでいた。
勢い良く茂みの中から、白い布を被った2人組が葵に襲い掛かるように飛び出す。
大きな音の上に、暗闇の中で白は恐怖を思わせる。
案の定、葵は持っていた懐中電灯を放り投げて悲鳴をあげた。
ついでに勢いで鷹島の手も離し、別の茂みに逃げ込む。

葵のビビり具合に、脅かし役もびっくり。
チャラいので、女子と頻繁に遊園地や心霊スポットにに行ってそうだと思っていたのだ。
残念ながら、葵はチャラくとも幽霊が大の苦手。
実は、家族全員が結構な怖がりなためである。遺伝というか、影響というか。

そんなことは知らない鷹島は、新たな一面を見て何故か機嫌がよくなる。
脅かし役に「おつかれさん」なンて労いの言葉をかけて、放り投げられた懐中電灯を拾った。
そして、奥の茂みで息を整わせている葵に声をかける。


「ったく、ビビりなら見栄張ンなよ」

「ビビりじゃねぇって…!…うわっ、と!?」

細い腕を掴んで立たせたついでに、先ほど握られた手を今度は鷹島が握った。
温かい掌を包み込むようにしっかと繋ぐ。
葵は驚いてわたわたしながらも、必死に歩いていく鷹島の傍に追いついた。


「何で手ェ繋ぐンだよー!?ガキ扱いすんなし!」


ばたばたと手を揺らしながらも、あまり離す気は無いらしく緩い抵抗。
鷹島は暴れるなと静止しつつ、速度を葵に合わせながら


「うっせぇな、お前がビビって迷子にならねぇようにしてンだろが」

ぶっきらぼうに告げた。
むっと葵は一瞬口を尖らせるが、すぐにもじもじし始める。
迷子呼ばわりされるのも、ビビり扱いされるのも男の沽券に関わるので嫌だったが、手を繋ぐことは何だか嫌じゃないから。

フクロウの声だけが響く静かな雑木林で、鷹島と2人歩くことが何だか心地よかった。


「俺の家族、皆幽霊とか苦手…じゃなくて嫌いなンだよねー」

「家族全員で怖がりかよ」

「違いますー、嫌いなだけですー」

変わンねぇだろ、と鷹島が可笑しそうに笑う。
その少しくしゃっとした笑顔が見たくて、葵は手を繋いだままより近よる。
月明かりしか無いのであまり見えないけれども。

葵の心がふわふわと浮き始める。
お腹の中がくすぐったい、という感覚は以前にもあった気がした。
それも、鷹島と一緒にいた時だということを葵は思い出す前に、自分からぎゅっと掌を握り返す。
硬めの掌。手の甲は骨ばっていて、腕は脈が浮き出ている。
運動をしている大人の男性の腕だ。

いいな、なんて羨ましがりながらまた鷹島を見上げる。


「もうすぐ折り返しだな」

「やっと…」

チラリと葵を見る鷹島の視線と交差する。
何だか気恥ずかしくて、葵はつい顔を逸らしてしまった。
すると、ちょうど逸らした先に見えたのは1組前の高木と冬香の姿。
コースを外れて2人でしゃがみこんでいる。
一体何をしているのだ、と葵は興味が沸き、ついつい鷹島の腕をまたぐいぐいと引っ張った。

「なんだ?」

不思議に思って声をかける鷹島に、しーっと小さく言いながら人差し指を唇に当てる葵。
何だかその仕草が可愛らしくて、鷹島は思わず静かになる。
葵の手の引くほうへ着いていけば、鷹島の目にも高木と冬香が映った。
案の定、鷹島も気になって葵と一緒に茂みに身を隠して彼らの様子を伺う。
会話がなかなか聞こえなくて、身を乗り出せばやっと会話が聞き取れた。


「…遼平…もう、ダッシュして早く帰ろう…」

「ダッシュなンてしたら…ビビってると思われるじゃないか…」

「あーもう…私が先に行けば大丈夫でしょ?」

「後ろは怖い…」


見れば、座り込んでいる高木を必死に起こそうとしている冬香。
実は、高木と冬香がペアなのは裏工作なのだ。
幼い頃から幽霊やお化けが苦手な高木のためにと、冬香の幼馴染だからこその気遣い。
すっかりイケメンになって人気者な彼は、怖がりだと皆に知られたくないらしい。

だが、蹲っていたせいで鷹島と葵に見つかってしまったのだが。
高木の意外な一面と、冬香の幼馴染思いな所に彼ら2人は少しだけ息を止めた。


「…先に行くか…」

「そうっすね…」


自分達は邪魔をしてはいけない、と悟った鷹島と葵は物音を立てないようにその場を離れる。
このことはイザという時のために取っておこう、と明らかに強請る事を相談しながら2人はまだ手を繋いで折り返す。

高木と冬香に話しかけなかったのは、きっと心の底でこの手を離したくないと思っていたのかもしれない。
そうだと彼らは思ってもいなかったけれども。

- 55 -


[*前] | [次#]

〕〔TOP
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -