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「お前、今日肩とか腕とか疲れただろ」


そう言って、背中や肩を摩ったり押したりした。
確かに、今日は様々なものを運んだり、競技場の手伝いとして掃除もしたので大分肩から腕にかけて疲れが出ている。
さりげなく鷹島が見ていた事に気づかず、葵はとろんと顔を緩めて、


「…はぁー…きもちいー…」


感嘆の息を漏らした。
疲れがじんわり取れていくような感覚が、心地よい。
まるで温かいお風呂に、肩まで浸かっているかのようだ。
痛くも無いが、くすぐったくもないちょうど良い力加減。


「こん位の力だ。あと、走ったヤツの脚はやるなよ。冷やした方がいいからな」

「んー…そういえば、スプレーあった…りょーかいっす…」


脚も疲れただろう、と鷹島は葵の腰を抑えて膝を上に上げる。
伸びる感じが心地よくて、葵はまたうっとりと涎を垂らさんばかりにだらしない顔をした。
うつ伏せになっているので鷹島からその少しエロい表情は見えない。

しかし、

(…細い…)

葵の細い腰に手を当てているのが、少し不安だった。
このままぐっと力を入れたらつぶれてしまうのではないかと。そんなことは無いのに。
少し怖くて、鷹島はふくらはぎのマッサージに移った。
ふくらはぎも細くて、柔らかい。
しかも、葵はハーフパンツなので生脚である。肌もスベスベで触り心地が良い。
掌でマッサージしてるので、薄っすら付いた筋肉すらも感じた。

すると、


「あ…!それ、ちっと痛い…」

葵はもぞもぞと動く。
どうやら、ふくらはぎの付け根を親指でぎゅっと押すのが痛かったらしい。
ごくり、と小さく鷹島の喉が鳴る。
半袖ハーフパンツという露出の高い格好で、うつ伏せになりもぞもぞと動く葵。
それが「痛い」と言って、とろんとした顔で振り向き、鷹島を見上げているのだ。

無意識に手が伸びる。
葵の脇腹に、優しく手を這わせてみた。


「…んっ…」


ぴく、と身じろぐ葵。
はぁっと甘い吐息を漏らした。
息を吐いたので、背中が動いた。それが、ひどく艶かしく思えた。
鷹島のつま先から胸の辺りにまで、ぐわっと欲望めいたものが駆け上がる。
しかしそれを必死に抑えて、葵の背中を再度マッサージしようとした。
すると、鷹島が背中を押そうとした途端、


「あ!俺も練習しなっきゃだから変わる…」

「!危ねっ!?」

ぐる、と葵が仰向けになった。
このままでは鳩尾を押してしまうので、鷹島は咄嗟に両手を広げ葵の両肩の脇に手を置く。
それはまるで、鷹島が葵を押し倒したかのような状態。

しかも、鷹島はバランスを崩したために、2人の距離はゼロに近い。
唇が触れるまでにはいかないが、鼻先が触れそうになるほどだ。

どっと、葵の心拍数が上がった。
何でなのか分からない。たかだが鷹島が自分に圧し掛かってきただけだ。しかも事故。
けれど、また襲われるんじゃないかという恐怖ではない心拍数の上昇。

また、あの時の緩い痺れが葵の身体を包んだ。
じんじんと痺れる、身体を動かさないその感覚。
葵はまた動けずに、息が荒くなりそうなのを必死にガマンした。

一方、葵に圧し掛かってしまった鷹島はというと。
彼もまた、動けずにいた。すぐにどけばいいものを。
しかし、葵のあたたかい身体に触れて、葵の表情を見て、動けなくなった。

頬を赤らめて、眉間を寄せ、伏せた睫毛が震えている。
きゅっと下唇を噛み、もじもじと脚を緩く動かしている。
その脚が、少し鷹島の脚に触れた。

「…あ、」

触れてしまったことに負い目を感じたのか、驚いたのか。
葵が小さく震えた声を出した。そのとき、

どくん、と鷹島の頭の中で何かが溢れて、目の前が真っ白くなった。

少し空いた、小さい唇。
女性のようにふっくらはしていないが、以前触れた時は柔らかかった。
その感触ばかりが、鷹島の脳内を支配する。
ゆっくりと、唇との距離をゼロにしてゆく。

葵はもう、何が何だか分からず、とにかく目をぎゅっと瞑ってしまった。
鷹島の息が唇に薄っすらかかるのが分かった。


葵の全身に鼓動の音が響く。
もう、身体全部が鼓動と同じ動きをしているんじゃないかと思うほど。
上唇に、柔らかいものが触れた、とき。


「鷹島先生、齋藤くん!夕飯だよ!」

元気な声と同時に、ガラッと引き戸が勢いよく開いた。
因みに、防犯のために鍵は付いているのだが、夕飯待ちなだけなのでかけていない。
それを声の主、冬香も知っていて遠慮なく開けてしまったのだ。

冬香は、おとなしくしていると思った2人の予想外の姿を見て、


「…なにしてンですか鷹島先生…齋藤くんも…」

呆れた。
それもそのはずで、鷹島は尻餅を付いたかのように部屋の中央に居る。
葵は、不思議なことに部屋の隅に丸まって転がっていた。
全く予想が付かない姿の上に、2人は沈黙。
全く持って意味が分からない。…冬香には。

「とにかく、早く来てくださいね先生!」

先に行ってますよ!という冬香をようやく鷹島は見て、

「お、おう…」

とぎこちなく返事した。
片手で頬が少し赤く染まっているのを隠しながら。

冬香が部屋を出て、引き戸を閉める音が静かな部屋に響く。
お互いに何を話せばいいか分からず、ひたすら無言で固まった。
しかし、いつまでもそうしている訳にはいかない。
鷹島は何度か咳払いをして、小さく「行くぞ」と呟いた。
こうすることでしか、この空気を打破する方法は見つからない。

葵も「っス…」と小さく返事。
鷹島が先に立ち上がって、廊下へ向かうのを待って。
それもそのはずで、葵の頬は耳まで赤く染まっていた。
まだ、全身がどくどくと鼓動を打っている。

なんで自分がこんなことになってるんだ?
なんで、鷹島相手に?とぐるぐる巡る思考がが止まらないのだ。

鷹島が出た後にやっと頬の熱さが取れて、葵も立ち上がり外に出る。
未だに心臓の鼓動は早いけれど、先ほどよりマシだ。
廊下では、1年生が喋りながら歩く音だけが響く。
もう既に、2・3年生は食事に向かったらしい。

無言で歩く鷹島の後ろで、葵は彼の背中をじっと見つめて付いていく。
先ほどのドキドキが、今度は胸の真ん中で重たいモヤモヤに変わっていった。

(…俺、なんで、…鷹島先生にキスされそーになって…)

こんな思いをしているんだろうか。
それが結びつくイコールの答えが、薄っすら浮かぶ。
ぞっと葵の身体に本物の悪寒が走り、身震いした。

鷹島が、嫌いな訳じゃない。
ただ、怖いのだ。その答えが、ひどくひどく。


(…無い、無い!びっくりしただけだし?
ったく、後でまた示談と称して何か奢らせるか…)

小さく頭を振って、楽しいことに頭を切り替える。
またバイキングに連れて行ってもらおう、と先ほどの事を忘れようとした。

夕食会場に付くと、高木含む同じクラスの陸上部男子がこっちに来いと呼んだ。
葵もぱっと気持ちを切り替えて、「やった、飯だー」とはしゃぐ。
高木の隣に座り、みんなの話を聞きながら笑ったり、つまみ食いをしたり。
先ほどのことが嘘みたいに振舞う葵。

けれど、ちょっとだけ鷹島の方をチラリと見た。
相澤の隣に座って、水を飲みながら穏やかに話す鷹島。


葵は小さく、溜息を吐いた。

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