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「うあー、疲れたー」

ぐぅ、と背筋を伸ばしながら葵は空中に向かってひとりごちる。

いくら初夏とは言え、7時も過ぎれば明るくなどは無い。薄暗い中、齋藤はぼんやりと玄関に座っていた。


(先生、結局いつも手伝ってるもンなぁ)

思い出すは、先ほどの共同清掃。
本来葵に課せられた罰なのに、結局毎度毎度(掃き掃除くらいだが)鷹島は手伝ってしまう。

(変なの)

ふふ、と思わず葵は笑みを零す。
鷹島に怒られたり、バカにされたりするのは嫌いだが、一緒に掃除するのは嫌いじゃないのだ。
むしろ、あったかくなる。


最近買った新しい携帯をポケットから取り出し、ブログ更新用のメールを開く。
手馴れた手つきでボタンを打てば、そのテキストは。


『また罰掃除した…けど、今日も鷹島ちゃん手伝ってくれた!なンで罰掃除なのにセンセもやんだろ!変なの!』


装飾満載のデコメールを作り出す。
どちらかといえばそれは女子寄りなのだが、本人は可愛いものが好きなので気にしていない。
因みに齋藤の最近一番好きなキャラクターは、可愛らしいウサギである。

(うさちゃん可愛い)

へにゃへにゃと頬を緩めながら、葵はぴょこぴょこ跳ねるウサギのデコメを見た。
一緒に後ろで見ている男にも気づかずに。



「お前、これ誰に送るつもりだよ」



溜息と共に吐き出される言葉。
あまりの突然な言葉に、葵は声にならない悲鳴をあげて飛び跳ね、前に倒れこんだ。


「齋藤…大丈夫か」


「た たた鷹島、せんせー…びっくりした…」


未だやかましい鼓動を抑えようとしながら、葵は震える声を出す。
そんなに驚くことか、と鷹島は思いながら先ほどの拍子に落とした葵の携帯を拾い、眺めた。


「で、これは誰に送ンだ?友達か?」

じろり、と葵を見やる切れ長の瞳。
次いで鷹島は眉も人よりつっているので、相乗効果でいかつい。体型が細身ですらっとして、顔も爽やかな方なので助かってはいるが。
だが、怖いものは怖い。
葵以外の生徒には男前だと通っているが、葵にとっては恐怖以外の何者でもないのだ。

葵は怯えながら、


「ち、違、ブログ…ブログっす」

「ブログ!?オメー、何世界に向けて俺が間抜けな教師って報告してンだコラ!」

「え!?そンなに規模でかくねぇっすよ!友達、友達だけっ」

作り笑いをしてごまかすが、むしろ狭い範囲のほうが知られて困るのである。
だが、無情にも鷹島は無言で電源ボタンを2回押した。
せっかく綺麗にデコメで飾ったのに、と葵は心の中で打ちひしがれる。実際、口に出して言えないのだが。

葵も男。
プライドというものがある。

しかし、


「これ、家に帰ってから打つなよ。打ったら、お前がウサギやら猫やら可愛いもの好きって先生方にバラすからな」

ばっちりプライドは弱みとして握られてしまった。


「うわー!勘弁!言わないでください!」

頭を横に振り、必死に葵は鷹島に縋り付く。
そんな恥ずかしいことを先生方全員にバラされたら、各々の授業で笑われること間違いなしである。
そして全校生徒にバレることも、予測可能。

嫌過ぎる未来を思い浮かべ、葵はより必死にすがりつき、とうとう鷹島の足に抱きついた。


「鷹島先生ー…!だめ、それだけはだめっす!何でもするから…」


「じゃあその服装を正せ」


「イエッサー!」


葵は命令されるやいなや、シャキっと姿勢よく立ち上がり、瞬く間に服装を正した。
普段、チャラけている人が正しい服装をしていると何だか変な感じがするな、と鷹島は思いながらも満足する。
よし、と言いながら手の内にあった携帯を持ち主に返してやると、緩みきった顔で「よかった」と呟く。

その笑顔に、思わず鷹島も笑みを零した。
気づかれないように。


「つーか齋藤、お前帰らなくていいのか」


まさか今から昼間言ってた他校の女子とカラオケに行くのか、とまた眉間に皺を寄せる。
この時間からカラオケに行けば、自宅へ帰るのは9時過ぎるだろうと考えたからである。
教師として生徒の夜遊びは見逃せない。

だが、予想外なことに葵はきょとんと目を丸くして、

「ううん、今からちょっと音楽室行こうかと…」

そう言いながら、玄関の隅に置いてあったギターケースを担ぐ。
この学校に軽音部や器楽部は存在しない。
なので、合唱部が終わる6時以降に音楽室を借りてギターやベースを趣味としている連中は練習に没頭していると、薄っすら鷹島も情報として知っていた。

齋藤もその1人なのか、と思うと何だか不思議な気分になる。


「ふーん、お前ギターとかやるのか。俺はてっきりぐだぐだ遊んでばかりだと」


「ひどっ!俺だって色々やってるンだかンな!」


いーっ、と歯を見せて挑発。
いつの小学生の行動だ、と鷹島は思わず噴出してしまった。ガキすぎる。

その爆笑に更に齋藤は口を尖らせ、怒りながら靴を急いで履き、音楽室のある西棟へと向かってしまった。
その頼りない後姿に、鷹島は


「気ぃつけて帰れよ」

と呼びかける。
すると、葵は遠くながらも気づいたのか、歩きながら振り返り、笑顔で両手を振って去っていった。


懐っこい笑顔に、また鷹島は笑みがこぼれる。
あれだけ自分を怖がり、逃げていた憎たらしい校則違反生徒だというのに。
可愛い、だなんて。


(ま、アイツも16のガキなンだな)


機嫌良く鷹島は口笛を吹きながら職員室へと戻っていった。




それは葵も同じで。
へにゃへにゃと笑みをこぼれさせながら、中途半端なスキップで(スキップが出来ないから)音楽室へと向かう。
うずうずと何かがおなかの中でこそばったい。
むずむずと何かがむねの中でくすぐったい。


不思議な感覚に疑問を覚えながらも、嫌じゃない。
幸せに似たその感覚に、葵は何となく夜空を見上げる。
きらきら光る夜空の星が、いつもより何倍も綺麗に思えた。




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