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脱水症状にならないように、水分補給はこまめに。
汗も流しっぱなしにしないでタオルで拭いて体調を崩さないようにする。

部員の体調や体力を考えて、パフォーマンス度を最大にするのだ、と冬香が言ったことを葵は理解した。
マネージャーも大変だ、と昼休憩を取りながら1人小さく頷く。


(坂本さんといい陸部のマネは可愛い仔揃いなのに…パワフルだなぁー)


相変わらず頭の中では可愛い仔チェック。
陸上部はテニス部に並んでなかなか可愛らしい女子が多いのだ。
文化部ではやはり吹奏楽部が良い仔揃いらしい。
そんなことを考えながら、葵は1人木陰で弁当をもぐもぐ食べていた。
部員達は今回昼休憩が長いので、みんなで近くの食堂でジャンボオムライスに挑戦するらしい。
午後もあるのに、夕方にしろよと鷹島に言われたが夏休み中はその食堂が早めに閉まってしまうのだ。

齋藤くんも、と誘われたがせっかく兄が弁当を作ってくれたし、何より財布を持ってくるのをうっかり忘れた。
奢るよ!となんとも嬉しいことを言われたが、申し訳ないので弁当を理由に断ったのだ。

1人もぐもぐ食べるのはちょっぴり寂しい。
しかも、いくら木陰と言えども暑さは変わらない。
食欲失くすなぁー、と首を傾げながらも痩せないように頑張って頬張った。

すると、グラウンドを走る音が葵の元へ近づいてくる。
ゆっくり音のする方を見れば、鷹島が葵を呼びながら走りよってきた。

葵はちょっと嬉しくなって思わずへらへら笑う。


「鷹島先生もメシ?」

もしかして一緒に食ってくれンのかな?なんて淡い期待を抱きながら、木陰に入ってきた鷹島に座ったままにじり寄った。
しかし鷹島は、弁当を持てと命令。
疑問を浮かべている葵を急かしながら、


「ここ暑いだろ、教官室で食えよ」

そう告げた。
葵は目を丸くしながらも、慌てて弁当の蓋を閉じ、袋に詰める。
しっかりと弁当と飲み物を持つと、さっさと前を歩いていく鷹島の後ろを着いていった。
鷹島の影をちょっと踏みつつ早足で歩く。
隣に並ぶのは何となく気が引けて。
そんな葵のささやかなしおらしさに、鷹島は気づくこともなく無言で教官室へと向かった。


教官室への急な階段を上り、鷹島が先に入りドアを開けておく。
弁当を抱えながら頑張って上り終えた葵も、後に続いて教官室へ入った。
すると、


「…涼しいー!」


鷹島が付けておいてくれた扇風機が、室内を涼しくしてくれていた。
窓も開けて、時折自然の風が入る。
葵の髪が緩やかに揺れた。


「暑いトコで食っても、気分のらねーだろ」

鷹島は自分の席の隣に座りながら、葵を手招きする。
鷹島の椅子には、生徒から貰った椅子用クッションがあるので葵を気遣って座らせたのだ。
葵はちょっと遠慮するも、鷹島が有無を言わさぬ顔つきなので、少しびくびくしながら座る。
葵には少し高いのか、足がぷらぷらと宙をさ迷った。


「弁当作ってもらったのか」


鷹島は買ってきたであろうコンビニのおにぎりを頬張りながら、手作りらしい葵の弁当を見つめる。
今月はまだ金銭面に余裕があるんだな、と葵は何となく予測して、

「これ兄ちゃんが作ったンすよー」

自慢げに見せてみたり。
正直、自慢されてもあまり羨ましくない鷹島。
あのブラコン気質がある齋藤兄が、器用に弁当を作っても何のトキメキも生まれないのだ。

それは良かったな、とお世辞を適当に言って自分の食事に取り掛かった。


少し古い扇風機の軋む音と、人工的な風がそよぐ音だけが教官室に響く。
時折外から、やかましいセミの鳴き声。
夏の本番を感じさせる暑さと音に、葵は耳を預けながらまた一生懸命弁当を頬張った。

夏バテのおかげで食べるのが遅い葵とは対象に、鷹島は夏バテ知らずなのかさっさと昼食を終える。
今日の昼休憩は長いので、葵が食べ終えるまで暇だ。

何となく手持ち無沙汰になって、携帯を弄るでもなく仕事をする訳でもなく、なぜかおにぎりのパッケージだったフィルムや、その辺にあったビニール紐を使って遊び始める。
意識的ではないその遊びに、思わず葵は気づかれないように横目で鷹島の手を見つめた。


意外と工作が得意らしく、ゴミだったそれは器用に形になっていく。
丸めたり詰めたり、縛ったり。
そうして出来上がったものは、


「…うさぎ!?」

「あ?…見てたのかよ…」

いいから食え!と鷹島は照れ隠しにちょっと怒鳴った。
そう、葵の言うとおり、鷹島は何となくそれでうさぎのようなものを作り上げたのである。
怒られてちょっとビビるも、鷹島がそんな子どもみたいなことをするなんて笑えてくる。
思わずけらけらと葵は笑い声を上げてしまった。


「鷹島ちゃんおもしれぇー!」

宙に浮いている足をぱたぱたと動かして、腹を抱える。
さすがに鷹島もそこまで爆笑されたら腹が立った。
しかしあまり葵に怒りたくないので(十分今まで怒っているが)、腹の中で留めて、


「うっせぇな…お前に言われたくねぇよ」


作ったウサギもどきを近くのゴミ箱へと投げ捨てた。
自分でもなぜ作ったかわからない。
ウサギが好きな訳でもないのに。
それが葵の影響だということは、本人は気づかない。

綺麗に弧を描いてゴミ箱に落ちたウサギもどきを、葵は「あー…」と名残惜しそうに見つめた。
何だか面白くて貴重なので、ゴミだけれど頂きたかったのだ。
鷹島が作ったウサギもどき。
クラスの友人達に自慢というか、話題のネタになるであろう。

後でこっそりゴミ箱から拾おう、と計画立てて葵はまた一生懸命食べ終えようとオカズをもぐもぐ食べた。


またのんびりした沈黙が訪れる。
鷹島は食後の休憩と言わんばかりに、頬杖をついて静かに目を閉じた。
ふと、何気なく口を開く。


「…合宿、別の先生の部屋と一緒がいいか?」


葵の箸が止まった。
鷹島は目を閉じているので、葵の驚きに満ちた表情が見えない。


「え、別の先生って?」

他にもいるの、と葵はさりげなく話題を逸らす。

「副顧問の相澤先生。
俺と同室嫌だったら今日にでも頼んでおく」

相澤先生とは、生物担当教諭である。
葵は生物ではなく物理を習っているので、接点がほとんど無いが、大分ふっくらしていて暑苦しいので有名だ。
ただでさえ暑いこの夏。
あまり暑苦しい人と1泊したくないのが本音。
普段、ふっくらした人がいても気になどしないのだが、葵は鷹島が「どうする?」と聞く前に、


「え、やだ!…鷹島先生とでいい」

即座に拒否した。
どうせ一緒に泊まるなら、鷹島と同室の方が良い。
いくら皆と仲良くなったとはいえ、やっぱり葵にとって陸上部の中で1番距離が近いのは鷹島なのである。
それに、夏が始まる前からよく話していた仲だ。

鷹島と一緒にいると安心する。
さすがに葵もそこまでは言えなかったが。

鷹島は即座に一緒で良いと言った葵に心底驚く。
さっきの騒ぎでは「高木とがいい!」と言っていたのに。
よく分からないやつだ、と思いながらも内心ホッとしていた。



「…そうか、まぁ俺も相澤先生に頼む手間も無くなったし助かった」


安堵してゆっくりと瞼を上げる。
ちらりと横目で葵を見れば、未だに頑張って弁当を食べていた。残り少ないとは言え、大分遅い。
プチトマトを口に放り込み噛んで飲み込んだ後、葵はちょっと偉そうに、


「だろー?俺も臨時マネの身として、なるべーく先生に迷惑をかけないようにしてる訳よー」

ふふん、と鼻を鳴らしながらそんなことを言った。
鷹島は「バカだな」と苦笑しながらも、困ったように笑って、


「アホ、俺に迷惑かけねぇンだったらまず色々と直せ」

手を伸ばして、葵の側頭部に軽くでこピンを放った。


「うぐっ、…鷹島先生はそればっかしだよなぁ!」

「当たり前だ」

ちょっとむくれる葵に、鷹島は目を伏せて笑う。
太陽の光が差し込んで、鷹島の黒髪に光が当たり綺麗に光った。
葵はそれを見て、思わず綺麗だなぁと心の中で呟く。
鷹島は、時折綺麗に思えるのだ。

けれど、同性の教師相手に綺麗だなンて思うのは何だか嫌で、葵はそれを忘れるように一気に弁当を掻き込む。
慌てて食うな、と言われたがあえて無視してすぐさま食べ終えた。
案の定、ちょっと喉に詰まってむせてしまったのだが。

鷹島は大丈夫と心配しつつも、いつものようにちょっと意地悪めいたことを言う。

「ったく…合宿で盗み食いとかして詰まって死んだりとかすンなよ」

「しっ、しねーよそンなこと!」

俺そンなにアホじゃねぇし!とぎゃあぎゃあ抗議し始める葵を笑いながら嗜める鷹島。


そうこうしている間に、昼休憩の時間が終わりを迎える。
教官室の下から鷹島を呼ぶ声が聞こえた。
どうやらジャンボオムライスを食べ終えてきたらしい。
皆やいやいと楽しそうに話しながら、午後練のため軽くストレッチをしていた。


あと数時間。


「行くぞー」

「おっス!」

「敬礼はすンな」

鷹島と葵は各々準備しながら、一緒に教官室を降りてゆく。
部屋を出る前に、葵はふと後ろを振り返った。
以前までは教官室の光景を見るたびに、あの時のことを思い出してしまっていたが、今はもう忘れかけている。

それが安心して嬉しいと思うも、何だか少し寂しさを覚える葵。
自分のよく分からない心境に首を傾げながらも、葵は勢いよくドアを閉めて、先に行った鷹島を追うように階段をリズム良く駆け下りて行った。

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