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先ほどとは打って変わって騒がしくなった部室。
ドアの外からでも分かるやかましさに、鷹島は少々眉間に皺を寄せながら、ガンガン音を立ててノックをした。
こうでもしなければ聞こえない。

すると部室の中は少し静かになり、

「そのノックは鷹島センセか!皆ゲーム隠せー!」

ゲラゲラと笑い声が響く。
鷹島は容赦なくドアを勢い良く開け、


「大声で言っても意味ねぇだろうが!」

没収するぞテメーら!といつものように怒号を浴びせた。
しかし、陸上部の面々は本気で怒っている声であると知っているので「ごめんねごめんねー」とふざけ返した。
因みに陸上部の面々が遊んでいたゲームはポータブルゲーム機ではなく、なぜかツイスター。
ツイスター程度ならば特に没収する必要が無いので、鷹島は溜息を吐いて放置した。

そして、まだ騒ぐ面々の前で二度ほど手を叩き静かにさせる。


「黙れお前らー、今日から臨時マネジャー来たから」

そう言うと、一気に部室は静まり返った。
葵は静けさに驚きながらも、おずおずと部室に入ってくる。
恐る恐る部室を見渡せば、会った事のある部員たちが皆ぽかんと口を開けて葵を見ていた。
まさか、葵が来るとは思ってもいなかったのだ。
当たり前である。
葵が陸上部に来ることなんて誰が想像できただろうか。
いや、誰も出来ないだろう。むしろ気まずくなって部員の誰とも会話できなくなると思っていたのだ。

どうして、と部長が口を開く前に、奥にいた高木が部員達を掻き分けて葵の前に飛び出した。
端正な顔立ちを驚きに歪めて、まじまじと葵を見つめる。


「どうしたの?齋藤君…!また臨時マネだなンて!」

「え、っと」

初めて見た高木の緊迫した表情に戸惑いながら、葵は皆に向かって一礼した。
そして、珍しくおどおどしながらも、


「俺!またマネージャーやりたいと思って来ました!
…よろしくお願いします…!」


ハッキリと自分の意思を告げた。
もちろん、また熱失神などにならないように体調管理もしっかりすると付け足して。
また部員達は呆然とする。
葵がマネージャーをしたい、と言ってくれた事に。
高木も声を失くしてしまった。
すると、皆が困惑しまくっているなか、鷹島がひとつ咳払いをして、


「あー…、とにかく!
一応臨時ってことで俺が許可出してるから。
夏合宿の日まで…3日間よろしく頼む」

教師らしく、きちんと旨を告げた。
やっと皆納得し始め、緊張していた顔が綻び始める。
高木もいつもの爽やかな笑顔に戻って、


「齋藤くん、熱失神しないようにこれを頭に巻いたほうがいいよ!」

「え、タオル!?」

黒地のタオルを被せて、いわゆるほっかむりにした。
葵は「はずー!やだっつの!」と、ちょっと笑いながら怒った。その反応が面白くて、周りも「かわいいじゃん!」とからかいながら笑う。
一気に打ち解けた空気に、鷹島は高木に感謝しながらも「良かった」と誰にも聞こえない声で呟いた。

すると、


「鷹島先生!なーンで部長の俺に何にも相談しないでそういうこと決めるンすか!
それに、臨時雇うンならもっと忙しい夏合宿に来て貰えればいいいのに!」

部長が、置いてあった椅子に走り上って大声を出した。
鷹島はいきなり咎められて、驚きに言葉を失くす。
みんなの注目が、葵から鷹島に一気に移り変わった。
鷹島はあまり注目されるのが得意ではない。しかも、授業のような状態ではなく、皆が自分の意見を待っている状態。
鷹島の汗がこめかみから頬に緩やかに伝う。

また1つ咳払いをして、チラリと葵を見てから、


「いや、悪い。忘れてた…。
あと夏合宿はさすがに承諾書とか必要だからな」

そこまでは難しいだろ、と言えば一気にブーイングが飛び捲くった。
えー一緒に行こうよ!夏合宿厳しくするンだったら人手が必要じゃん!と様々。
もちろん高木も、葵に「齋藤君も行きたいよなー」と誘いかける。しかし葵は、1人ぽかんとして、


「え、合宿って…!?」

何!?と驚き呆けていた。
ばっと鷹島の方を見上げれば、言うの忘れてたと云わんばかりに目を逸らされる。
意外にうっかり屋さんなのだ、鷹島は。
そんな鷹島の代わりに、高木が笑顔で説明し始めた。


「夏休みを利用した、強化合宿だよ。
少し離れた所に競技場があるンだけど、そこを借りて泊りがけで練習するって訳。
毎年やってるンだけど…軽音の齋藤君は知らないか。
因みに泊まる所は安いコテージみたいなトコだけどね」

楽しいよ!おいでよ!と高木にノって皆も誘い始める。
どれほど齋藤を気に入ったんだ、と鷹島は呆れながら、


「アホ!もう承諾書出して部屋数も決まってンだっつの…急遽入れる訳が…」

無いだろ、と言おうとすると間髪居れずに先に来ていた冬香が、


「鷹島先生の部屋と一緒でいいじゃないですか!」


なんて、機転を利かせたことを告げた。
確かにそのコテージは部屋数は制限されているが、和室と洋室で取ったので、鷹島が和室になれば良い話しだ。布団を引けば2人など余裕。
しかし、葵と泊まりなんて色々な意味でシャレにならない鷹島は少々顔を青ざめさせて、できるか!と拒否しようとする。
が、それよりも先に葵がわくわくした表情で、


「…行きてぇかも!俺、頑張るし!」


なンて言うものだから、鷹島は押し黙ってしまった。
そんなに期待されては、困る。
そのワクワクした表情をしゅんとさせるのが1番嫌なのだ。
押し黙った鷹島を言う事に、部員たちは一気に捲くし立て始めた。


「決まり決まり!承諾書は先生が校長先生に直接届けに行けばいいしな!」

「冬香も楽になるだろー夏合宿!」

「そうだね!助かるよー!」


もう手遅れ。
結局、彼らの期待に負けた鷹島は渋々校長と葵の両親(しかも苦手な葵の兄も)に連絡をするはめになってしまった。
しかも、ただでさえ疲労する夏合宿に葵というオプションもついてくるのだ。更に、同室。

一気に脱力して、肩を落とす鷹島。

そんな彼を、葵は見上げながら少し笑った。
10も下な生徒達にこんなに言い包められて、何だか間抜けで可愛いなんて思って。
ケラケラ笑うのを我慢しながら、鷹島に近づく。

葵の存在に気づいた鷹島と目線を合わせて、イタズラににへっと笑って見せた。

「俺も親に言うから!よろしく、センセー」

一緒にお泊りだ!と何の危機感も無い葵はそんなことを言ってしまう。
おかげで鷹島の困惑は8割増し。
何言ってんだ!お前、自分の立場(ヤられた立場)分かってるのか!と、照れ隠しに怒鳴りたいがそんなことここで出来やしないので、

「…アホ!」

軽く葵の額を指で弾いた。
パシン!といい音が響いて、葵は目をつぶる。

「いってぇー…何すンだよ鷹島センセぇ…」

超痛い…と、泣きマネ。
大分調子に乗ってきた葵に、鷹島は身を屈めて葵の耳に口を寄せる。
急に縮まった距離に葵は目を丸くする。
ふわりと、汗の匂いとどこか冷たい香りが鼻腔を満たした。


「来るンだったらこき使うからな…!
それと、…絶対ありえねぇけど自衛しろよ?」

葵を再度襲うつもりなど(今のところ)微塵も無いが、脅し目的でそんなことを言ってみせた。
しかも元々低い声をさらに低くして。

葵は初め、「じえい?」と訳の分からない表情をしていたが徐々にそれが怯えと羞恥の表情に変わる。
ふるふる震えながら、頬を赤くして、


「…俺、高木と同じ部屋がいい!」

ぷいっと鷹島から離れて、また高木の近くへと行ってしまった。
高木はもちろん、喜んで同室予定の男子に「齋藤君とトレード!」なんて言う。
さすがの鷹島も焦って、

「冗談だっつの…!」

声を掠れさせながら何とか阻止しようと高木と葵の間に割って入った。

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