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大きな荷物を抱えて、鷹島が降車する。
ふぅ、と小さく溜息を吐きながら、一旦教官室に向かおうとすると、聴いたことのある2つの声が耳に届いた。

それは楽しそうにわちゃわちゃしている。
鷹島はバッとそちらを振り向く。それはもう反射的に。
するとそこには、


「でさー、そこで鷹島先生ったらバナナ味とコーヒー味をうっかり混ぜちゃってさー!」

「うっわー!おっちょこちょいッ」


けらけら笑い合う葵と冬香の姿。
しかも、鷹島の話題(失敗談)を冬香が暴露してそれに葵が食いついているという鷹島にとっては最悪の事態。
これ以上かっこ悪すぎる失敗談を暴露されては男の沽券に関わるので、鷹島はダッシュで2人の下へ向かう。
荷物を砂利に音を立てて落として。


「坂本!何言って…!!」


飛び掛るように冬香の口を掌で覆う。
小さな口から「もがっ!」と驚きの声が漏れた。
鷹島の大きくて骨ばった手が、美少女の口を覆う姿は何だかひどく性的な犯罪チック。
葵は驚きつつも、ちょっとドキドキしてしまう。
そのうえ、鷹島が冬香を触っている場面を見ると胸にもやもやが広まっていくのだ。

心の中がもやもやぐるぐるぐる。


「変なこと言うなっつの!」

「もがが…っ!!」

ばたばたと暴れ始めたので、鷹島はぱっと手を放す。
解放された唇が一番に紡いだのは、


「何すンですかいきなしっ!
変なことなンて言ってないですよー。
ただちょっと鷹島先生の情報を漏洩しただけです!
それより先生荷物持ってくださーい!そろそろ皆来ちゃいます!」


一言どころか、いつものように沢山の言葉を一気に吐き出したものだった。
どどどっ!と言われて、鷹島は思わず顔を歪める。
生徒としては構わないが、女としては苦手な部類だと呆れながら冬香の言う荷物を見る。
明らかに1人では運べない尋常な量。
さらに、自分の持ってきた荷物もあるのだ。

嫌がらせとしか思えない。


「ムリに決まってンだろが!」


がぁっ、と冬香に食って掛かるが冬香は知らーん顔して、じゃあ私はドリンクとタオルだけ持ってくのでーと軽いもの持って部室へと行ってしまった。
彼女がちゃっかり者なのは仕方が無い。
しかも、普段もっと重たいものを沢山持っているので、1回位は甘えたいのだ。

鷹島は仕方なく、朝から頑張るかと溜息を吐きながら荷物をひょいひょいと持ち上げていった。
すると、


「…これ俺が持つ?」


いつの間にか鷹島の隣に居た葵が、遠慮がちに笑いながら、鷹島が持っていた新品のスターターブロックを数個持った。
結構重いなーと言いながら、さすがに男子なので4つ程軽々と持つ。
しかし、鷹島からみて細いその腕。


「大丈夫か」


思わず心配すると、葵は一瞬目をくるくるさせたが、すぐににへっと笑って、


「平気ッ!これどこ持ってくンすかー?」


いつものように応対した。
相変わらず明るいやつだな、と鷹島は何だかホッとする。
鷹島は残りの荷物も軽々と持って、葵の前に進んだ。
葵の見上げる視線が軽く刺さる。


「とりあえず部活倉庫に持ってく」

新品の道具が多いので、とりあえず倉庫に一通り置いておこうと言う事だ。
しかし、倉庫は夏場特有の蒸し暑さがあるのであまり行きたくない。
だからか、ともう行ってしまった冬香をちょっとだけ鷹島は恨んだ。

しかし、後ろにちょこちょこ着いて来た葵はひたすら首を傾げて、


「…そんなんあんの?」


きょろきょろと辺りを見渡す。
葵は帰宅部なのだ。
一応、軽音部には入っているが文化部なので外で活動する部活動の倉庫なんて知らない。
運動部って色々あるんだなーと変な納得をしつつ、ちゃんと鷹島の後ろを着いて行った。


何となくカルガモの親子を思い出しながら、鷹島は「2棟の裏だ」と場所を教える。
ちょっと遠いその場所に「うえー」と葵が唸る声を聴きながら、遠くで懸命に鳴くミンミンゼミの声を聴く鷹島。
チラリと後ろに目をやる。


「今日もスターターできっかなー」


鼻歌交じりにちょっとスキップする元気そうな葵。
本当に元気そうで良かった、と鷹島は小さく微笑みながら視線を前に戻した。



「お前ちゃんと覚えてンのか?また失敗して待たせンなよ」

「だいじょーぶだって!鷹島ちゃんが教えてくれたじゃん?」

「すぐ忘れそうだな」

「なっ…!ンなに頭悪くねーしっ」



むむむっと怒ってみせる葵を見て、鷹島は思わず喉奥で意地悪に笑ってしまう。
葵をからかうのが何だか楽しいのだ、彼は。

そんな他愛の無い話をしている間に、2人は2棟の裏にある部活動用倉庫に着いた。
ポケットからがさがさと倉庫用の鍵を取り出し、開ける鷹島をじっと見つめる葵。

さっきから色々あったので、鷹島を観察するのもおざなりになっていたが、ちょっと新発見なのだ。

普段、長袖長ズボンの上下黒のジャージ。
暑い時は袖を捲くるか、脱いで腰に巻くかどちらかだ。
今時腰に巻くのは如何かと思うが、鷹島がガッチリした細身の体系で背も高いのでダサくはない。

しかし今日は、あまりにも暑いと予測してかTシャツだ。
どこかのスポーツブランドの黒いTシャツは、やっぱり鷹島に似合っていた。



「今日はTシャツなンすね」


思わず口に出してしまう。
呆けてそんなことを言う葵に、鷹島は「はぁ?」と訝しげに眉を顰めながら、


「お前、長袖で大丈夫か?また熱失神起こされたら困る」


逆に葵の服装を指摘してきた。
葵はうぐっと言葉に詰まりながらも、暑くなったら脱ぐと言い訳。
まあ、マネージャー業務は忙しいといえども激しい動きはしない。
あの時のように走らなければ大丈夫だろう、と鷹島は一応長袖を許可した。


「それより、ブロックこっちに置け」


ほら、と先に入った鷹島が寄こせと手を差し出す。
慌てて葵は持っていたダンボールを鷹島に預けた。
何だか、こうやって受け渡しするなんて思っても見なかったことだ。
葵は不思議な気持ちでいっぱい。

思わず「ウケる…」とひとりごちてしまった。


「…バカにしてンのか」

「えっ!?…してまっせん!」


2人しかいない倉庫のなかでその独り言はものの見事に鷹島の耳に届いてしまったのだが。
葵は慌てて、首を横に振りながら倉庫の端っこに逃げる。
おー、こんなところにサッカボールが!とか意味不明なことを言いながら。
鷹島は心底意味が分からないと言わんばかりに、溜息を吐いた。

何だかんだ、葵はまだ鷹島が恐ろしいのだ。




そんな葵を放っておいて、鷹島は荷物を全て置き終えた。
運動部の道具を興味津々で見ている葵に、「行くぞ」と声をかける。
呼べば、すぐに来る葵。


「どこ行くンすか?」


教官室か?と葵は様々な思い出が詰まっているそこを思い出す。
今ならまだあの時のコトは思い出せずに済むだろうと意気込んだ。
今、あの快感やら恐怖を思い出したら何だかもう部活には出れない気分。

しかし、そんな葵の予想とは裏腹に、



「いや、部室」



鷹島は軽くそう言って、部室棟へと向かった。
葵の目が丸くなる。
慌てて鷹島の前に回りこみ、わたわたと手を動かしながら、聞いた。


「な、なんで!?センセ、教官室じゃねぇの!?」


「ああ、俺はそうだけど…お前は部室に行けよ」


ヤツら心配してたから、挨拶して来い。
そう、まさしく先生らしいことを言って葵の腕を軽く引っ張りながら部室へとまた足を進める。
掴んだ腕が細いな、と思いながら鷹島はぼんやりと部室棟の辺りを見た。
ちらほら部員が集まっているのでちょうどよいだろう。

しかし、いきなり引っ張っていた腕に力が入る。

犬を散歩していていきなりその犬が立ち止まって拒否している、ような感覚だ。
鷹島は犬を飼ったことなど無いけれど。


必死に力を入れて立ち止まる葵に、


「…何嫌がってンだ!?」


驚いて声をかければ、



「だって、いや、そのさ、アウェイっつーか?心の準備がとても必要というか?」

相変わらずチャラい言葉遣いで返事。
しかし、中身はとても弱弱しい。

鷹島は溜息を吐いて、もう1度引っ張る。



「アウェイじゃねぇよ、そういう奴らじゃねぇから」


ちょっと怯んだ葵が、数歩動いた。
しかし、また立ち止まる。

とてつもなくめんどくさくなって、鷹島はまた担いでやろうかと振り向いた。
しかし、




「…せ、先生も一緒がいいっス…」




俺1人じゃ怖いから、ともじもじ足を揺らしてそうお願いしてきた。
鷹島の目が無意識に見開かれる。軽く呼吸も速くなった。
こうやって、葵にお願いされたことは数度あるようなないようなよく分からない鷹島だが、それを頑なに拒否することは出来なかった。
普段チャラくて、軽くデリカシーの無い葵が、180度変わってしおらしくなる所を見ると、変な感情が湧き出るのだ。
それを保護欲保護欲!と鷹島は何度も言い聞かせている。

今回も鷹島は、心の中でそう言い聞かせまくった。

そして、ひとつ溜息を吐いてから葵の手をぱっと離す。
体温が離れて葵はちょっと名残惜しく感じるも、鷹島が葵をじっと見下ろして小さく呟いた言葉に嬉しくなった。



「俺も行くから、ンな心配すンじゃねぇよ」


ったく、とめんどくさそうに鷹島は後頭部を掻くが内心満更でもない。
今まで接してきた生徒とはちょっと違う感覚に、鷹島は不思議がりながら早足で陸上部の部室へと向かった。

そんな鷹島の後ろを、もっと早足で葵は着いていく。
ふにゃふにゃと勝手に緩んでいく口元を片手で隠しながら。

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