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学校のジャージを着て、タオルと自分の飲み物をちょっと小さめの鞄に入れる。
外を見れば、夏の青空が広がっていた。
外に出ればきっと暑さにくらくらしそうだけれど、夏が好きな葵はワクワクする。

すっかり元気全開な葵は、部屋でちょっとくるりと回って見せたりした。
ふらふらしていた足元がしっかと床を踏む。

これなら、今日は元気にマネージャー業務が出来るだろう。
ぐっとガッツポーズをして、葵はばたばたと足音を立てて階段を駆け下りた。
朝から騒がしい音を響かせる葵に、またか…と拓也は目をしぱしぱさせながら台所へ向かう。
すると葵は、兄の姿を確認すると元気になった身体を見せ付けるかのように無駄な動きをしながら、


「兄ちゃん!弁当弁当!」

拓也に頼んでいた弁当を催促した。
最初は反対していた拓也だったが、葵が頑なに「行く!」と言ったので折れたのだ。
拓也はやれやれと肩を竦ませながら、作っておいた弁当を取り出す。



「はい、夏だから炎天下に置くなよ?」


腹壊したら大変だから、と兄は忠告しながら弁当を渡す。傷みやすい玉子などは入っていない。
尚且つ小さな冷却パックが入っているので、暑さで弁当がやられないようになっている。
両親がいない間培った兄のテクニックだ。
いない、と云ってもそれほどの期間では無いのだが。

そんな兄の愛情が詰まった弁当を「さんきゅ!」とお礼を言いながら受け取る葵。

これから部活に行ける喜びからか、一段と素直だ。
可愛い弟に思わず拓也の頬が緩む。
若干フィルターがかっているのだが。



「じゃ、俺行って来るから!」


ニヤニヤしている兄をスルーして、葵はさっさと玄関を出て行ってしまった。
いってらっしゃーい、と誰も居ない玄関に向かって呟く拓也。
そんなに陸上部のマネージャーは楽しいのだろうか、とぼんやり思いながら、次は母と自分の朝食を作るためにいそいそとまた台所へと向かっていった。





夏の朝。
きらきらした日差しが、いつもの道を輝かせる。


朝なのでまだ気温はそれほど高くないためか、上に長袖を着ていてもそれほど暑くない。
長袖と云っても、腕まくりをしているのだが。
葵は夏でもたまに七分を着たりするので、あまり焼けない。


ちょっと布に包まれた腕を、ぶんぶんと振りながらへたくそなスキップで学校へと向かった。
陸上部の人達に迷惑をかけないだろうか、嫌な顔をされないだろうかというちょっとした不安と、それ以上に楽しみな気持ちを乗せて。

そうしてる間にも、片道30分の道のりは簡単に過ぎた。




陸上部含む、部室棟は校舎より少し離れている。
その中でも陸上部は人数が多いため、大きい部室を使っているのだ。

1階の1番右端。
陸上部と書いてある看板が目印なのだが。
葵はうろうろとその前を行ったり来たりしていた。

いくら一度臨時マネージャーをしたとはいえ、部外者。
そう易々と入ることは出来ない。
葵がチャラい性格だとはいえ、最低限の空気を読むことは出来るのだ。

しかし、ずっと部室の前でうろうろしていても話にならない。
だけれど、葵は張り切りすぎて指定の時間よりも早く来てしまった。


うーん、と小さく唸りながら携帯を開く。
何度も鷹島の電話番号を押そうとするが、どうも気恥ずかしいというか緊張して押せずに居るのだ。
直接会って話す事は出来るのにどうして電話だとこんなに躊躇するのだろうか。

葵はまた携帯を閉じる。
パチン、と景気の良い音が静かな部室棟に響いた。


(…駐車場で鷹島先生待つかな)


うん、と小さく頭を縦に振って葵は決めた。
電話をかけるのも躊躇するし、かと言って今のところ陸上部で1番親しい…というか交流がある人物は鷹島だから。
何より、早く自分の元気になった姿を見せたい。
心配をかけたくないから。


葵はまたくるりと回ってから、鷹島がよく車を停める教諭用駐車場へと向かった。


夏の日差しが徐々に暑さを増す。
じりじりと砂利を焼くんじゃないかというくらい、強くなっていった。
その日差しから逃れるように、葵はいそいそと倉庫の屋根の下に座り込んだ。
そこから駐車場は見れるのでちょうど良い。
更に北側で日もあまり当たらないので涼しいのだ。

ふー、と息を吐きながら持ってきたドリンクを軽く飲む。
持ってきたばかりなので冷たくて喉に心地よかった。

何だか気分が良くなって、葵は思わず鼻歌を奏でてみたり。
今、竜一達と練習しているバンドの曲。
葵たちは軽いポップな曲ばかりなのだが、今回はちょっと重たいビジュアル系。
渚が下手なシャウトを頑張っている様子を思い出して、思わず思い出し笑いしてしまった。


すると、体育館の影からひょこっと見知った姿。
思い出し笑いでにまにましている葵の姿を、彼女は葵より先に見つけると、目を丸くしてダッシュで駆け寄った。


「齋藤くん!?どうしたの!?」


ずどー!と音を立てているのではないかというくらい迫力。
急激な迫力に葵はびくっと身体を跳ねさせ驚いた。
目の前に、葵と同じ位驚く美少女顔。


「…さ、坂本さん…!びっくりした…」


冬香だった。
彼女はマネージャーなので、他の部員よりも早く登校するのだ。
ちょうど体育館側から倉庫に行こうとしていた所らしい。

その倉庫に、半ば自分のせいで倒れてしまった葵がジャージを着て笑顔を浮かべながら座っていたのだ。
驚く以外何も出来やしない。


「びっくりしたのは私だよ!本当、どうしたの?もう身体大丈夫なの!?」


がーっと捲くし立てる冬香に、葵は慌てながら「元気!」と立ち上がって回って見せた。
葵の元気である証拠は回る動作らしい。
冬香は「なんで回るの…」と思いながらも口に出さず、良かったと安堵した。葵が元気になって、良かった。
きっと、今から来る鷹島も安心するだろう。

しかし、より気になるのは葵がなぜジャージを着てここに居るということだ。
先ほどから聞いているが、冬香はもう一度


「…で、その…どうしてここに?ジャージ着て…」

聞いた。
因みに、冬香は制服で着ている。
更衣室にジャージを置いてきてしまったためだ。
冬香より張り切ったその格好をじろじろ見ながら、もじもじする葵を見つめる。
冬香が今まで見てきたチャラ男が、もじもじしてもひたすら気持ち悪いのだが、葵がもじもじしていると何か可愛いなと思いながら。


すると、葵は。



「…その…。…今日も臨時マネしたいンだけど…」



ダメかなー?なンてちょっと舌を出して言って見せた。
途端、冬香の目がかっと見開く。
美少女顔のはずなのに、変顔というか恐ろしい形相になって葵は思わずビビってしまった。


「さ、坂本さん?」

やっぱり迷惑だったか、と諦め始める葵。
しかし冬香は目を少し泳がせながら、がっしと葵の両肩を掴んだ。
予想以上に細い肩に驚きながら、


「臨時マネしてくれるのは嬉しいけど…!
大丈夫なの!?だって、もしまた倒れちゃったら…」


心配する。
冬香は、また葵が生気を失くして倒れるのが怖かった。
それはきっと部員全員が思うであろうことだ。
葵がまた来てくれるのは嬉しい。けれど。


しかし葵はケロっとして、



「平気だって!ちょっと走るのは勘弁してほしいけど、後は大丈夫だし?」


Vサインを作ってみせた。
齋藤葵、がんばりまっす!なんて言いながら。

冬香の詰まっていた息が、ほっと吐かれた。
葵の無邪気な笑顔を見て。
冬香はちょっと困ったような、嬉しそうな表情を浮かべて、思い切り葵の肩を何度か叩く。
びっくりする葵を見ながら、



「よし!じゃあ、齋藤くん今日もよろしく!
でも長距離組は担当外でねー!
鷹島先生とはちょっと離れちゃうけど大丈夫かな?」



夏の日差しに負けない位の明るい笑顔を浮かべた。
その笑顔に、葵もつられて笑顔になる。


「よろしくー!
別に鷹島ちゃんと離れても俺はできるしッ」


「どうかなー?寂しいとか言わないでね」


「言わねーし!?」


2人はケラケラ笑いながら、早速道具を取り出し始めた。
葵の荷物は、ちょうど駐車場に現れた黒のハードトップセダンの持ち主に預けることを決めながら。

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