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葵はそっと鷹島の胸に耳を寄せてみた。
心音が、自分と同じくらい早い。
もしかして、緊張しているのだろうかと思うと、より葵の心拍数は急上昇。


何で抱き合ってるんだろうか、とかそういう初歩的な疑問は全部お互いに吹き飛んでいた。
鷹島は腕の中のぬくもりに、ちょっと安心する。

数日前、葵が熱失神で倒れたときは症状のせいか顔面蒼白、体温が死んでいるかのように低かったのだ。
今はこんなに温かい。生きている。



(…良かった…)



鷹島は安堵のあまり、思わずぎゅうと葵を抱きしめた。そっと包んでいたその体を、確かめるように。
水族館で出会った女性が言うとおり、鷹島は自覚の無いまま葵のことが大事になっていたのだ。

ただ、それは本人にとって見えなさ過ぎて分からない。そのうえ、それが好きだということすら認めずに、目を逸らしていた。
もしくは、この保護欲は教育精神もしくは犯してしまったことへの負い目だと。

そう、思っている。


鷹島は葵のふわふわした金茶の髪に鼻先を埋めてみた。
シャンプーの清潔な香りがすると同時に、何だか太陽に香りがふんわりとする。
ここ最近、外に出ていないはずなのに。


「…そういや、齋藤 いつもはワックスか何か付けてるのか」


いつもは今風にくしゃくしゃスタイルで、束感があったはず。
しかし、今日は鷹島の言うとおり、普段付けているワックスもお休み。
元々ストレートな髪質なので、寝癖は付いているが大人しくなっていた。
サラサラしていて、ふわふわしていて心地よい。


「ん?うん、毎朝頑張ってる!」


へらへら笑って鷹島から手を離してみせた。
自然と離れてゆく体。
体温が離れるのはちょっと名残惜しいけれど、何気なく会話を始めたからなので仕方ない。

葵はちょっとそわそわしながら、


「鷹島先生はセットしてンの?」

と聞いた。
鷹島は自分の髪をちょっと触りながら、

「いや別に」

と返した。
鷹島はそれほどオシャレに気を使う人ではない。
それでも、キリッとした彼によく似合うウルフカットはかっこいい。普通にモテるだろう、その髪型をも含めて。

葵はちょっとむぅっとしながら、


「そうやってイケメンは怠れるからいーよな…」


と理不尽な怒りをぶつけた。
鷹島は不思議そうな顔をする。
彼にあまり自覚は無い。


「イケメンってなぁ…よく怖いって言われるンだけどな俺は」

「うそっ!」

「だから俺の好みは大体逃げてく」


はぁ、と深い溜息を吐く鷹島。
少々苦い思い出が蘇っているのだろう。ちょっと遠い目をした。
そんな鷹島を、興味津々に目を丸くして見上げる葵。
ちょっと何度かどもりながらも、わくわくした口調で聞いた。


「鷹島先生の好みって?」


葵はただ好奇心で知りたい一心なのだが、心の奥底で薄っすら期待をしている。
それは本人も知らない。好奇心がまだ打ち勝っていた。


「大人しくて、料理が上手いのが好きだ。
…そういうのは俺みたいのが怖いらしい…」

大体、図書委員みたいな大人しいヤツと付き合っちまっていた。と、意外な過去を暴露。
しかし、時たま上手くいっていたらしいが。


「す、好きそう…」


なぜかちょっと傷つく葵。
ぎゅっとズボンを握ってしまった。


(俺とはま逆だな…って!何考えてンの俺!?別に鷹島ちゃんの好みじゃなくてもどうでもいい…)


ぐるぐると自分の中の矛盾に思考を巡らせていると、


「お前はギャルが好きそうだな」

ちょっと小ばかにした鷹島の声。
明らかにチャラ男はギャルが大好きだという偏見丸出しだ。確かに、葵の友達のチャラい奴らは大体ギャルの子や騒がしい子と付き合っている。
しかし葵は、ギャルは恋愛対象に無い。


「違いますー!俺はァ、色白でー笑顔が可愛くてー優しくてーそばかすの似合う子っ!!」


そばかす可愛いっすよねぇー!と、いつものノリ丸出しで鷹島に力説してしまった。
鷹島はちょっと眉間に皺を寄せながらも、意地悪に笑って「なかなか居ないだろ」とキツい現実を言い放つ。

葵は「うっ」と詰まる(実際出会った事が無い)が、何とか気を持ち直して「いつの日か!」と意地を張った。



ふと、2人の間に沈黙が訪れる。



何だか照れくさくなってきたのだ。
葵はそわそわして、辺りをきょろきょろ見る。
鷹島も何度も頭を掻いたり、息を吐いてみたりした。

お互いに何を話したらいいか分からないのだ。
今更だが、先ほどの抱き合ったことが今になって恥ずかしくなり、意識し始めている。
人間、強烈に相手を意識し始めると話しにくくなるものだ。


しかしこのまま沈黙はつらいものがある。
2人もとりあえず適当なことを言うか、と決めた。

が、しかし。


「おい、」「あのっ!」


ものの見事にハモってしまった。
お互いに驚いて、また同じタイミングで「そっちから」と譲り合う。
また2人の間に沈黙が流れた。



「…あ、あの、」


その沈黙を小さな声で破ったのは葵。
俯いてもじもじしながら、鷹島の持ってきたビデオカメラを持つ。

そして頬をちょっと赤らめて、ちらちらと鷹島を見ながら、


「これ、ダビングしてもいいっすか?」


このビデオが欲しいと頼んだ。
鷹島はそんなことなら、と一旦承諾する。
だが直後思い出すは、自分の恥ずかしいセリフが入った事実。
鷹島はちょっと焦りながら、


「あ、いや、別にビデオはいいが。俺の…だな、キモい言葉は消せねぇのか?」


あまり何度も聞かれたくない。
ましてや、友人達に見せて「うわ!鷹島ちゃんキモ!」と言われたら終わりだ。プライド的に。

そんな焦る鷹島を、きょとんとした顔をして、


「え、キモくねーし?実況入ってた方が面白い!」

そう言って見せるが、本心はあのセリフを何度も聞きたかったりする。
大事にされてるということが、何だか嬉しくて仕方ないのだ。なぜかその理由を、葵は分からないけれど。


鷹島はさすがに困った顔をして、「あー…」と呻き声を呟きながら考え込む。
葵が「お願い!」と目で訴えているのだ。
いつもの「お願い勘弁してー!」と言う悲しんでいる目ではなく、本当のお願いだ。

なぜか、逆らえない。

鷹島はもう仕方ねぇな!と心の中で自分を殴りながら、


「わーったよ!ダビングしていいから…そン代わり他の人に見せンじゃねぇぞ!」


「よっしゃー!うん、見せない見せない!」


葵はるんるん気分で、ダビングするために空いたDVDを探し出す。
そんなに水族館の映像が楽しいのか、と鷹島はちょっと不思議に思う。
けれど、自分がした事を素直に喜んでもらえるのはとても嬉しい。葵のそういう素直に喜んだり、笑ったりする所は嫌いではない。


無意識に葵の背中に手を伸ばす鷹島。


また、その体を腕の中に入れて抱きしめたい。
体温を、香りを、その質感を。



「あった!じゃ、ダビングすっから、もちょっと家に居て下さい!」



はっと鷹島は伸ばした手を下に下ろす。
ああ、分かったと声は冷静に保ちながら返事をした。
葵はまた楽しそうにしながらダビングを始める。

待ってる間に、何か飲んでもらおうと葵は立ち上がり、鷹島に聞いた。


「飲み物持ってくる、麦茶でいい?」

「ああ…別にいいぞ、気ィ使わなくても」

「いいからいいから!すぐ持ってくる」


ぱたぱた、と走りながら出てゆく葵を心配しながら部屋に残された鷹島。

先ほど伸ばしかけた手を見て、小さく溜息を吐く。
まだ掌には、葵の体温と髪の感触が残っていた。


(…俺は何してンだ…)



もう、葵に触ってはいけないと決めていたのに、こうもあっさりと触れたりましてや抱きしめたりなど。
どうしても抑えられなかった自分に反吐が出そうになった。

けれど触れたことで、鷹島が葵を犯してしまった恐怖を思い出したのではないか。
葵は顔に出していないだけかもしれない。
ぐるぐると、鷹島に後悔と触れたいという想いが矛盾の輪を描く。



(…もし、あの日俺がヤらなければ、)


触れることが出来ただろうか、それとも普段と変わらない教師と生徒で居られただろうか。


瞼を閉じて、拳を握る。
もうどうしようもない時の流れを諦めた。
これからどうするかを考えるしかない。


ぱたぱた、とまた葵が走ってくる音がする。
「うわ、こぼれた」という声が聞こえてきて、何だか笑ってしまう鷹島。
そして、鷹島の予想通り、


「た、鷹島先生、開けてください…」

「やっぱり…」


両手が塞がってドアを開けられない葵。
鷹島は喉奥でクククと笑いながら開けてやった。



「お前こぼしたろ」

「こぼしてませーん」

「思い切り聞こえてた」

「うそっ」




ダビング完了まであと30分。

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