5,
-------------

「やっぱ夏は麦茶っすよねぇー」

ごくごく美味しそうに飲む葵。
何だかアホ臭いことを言いながら、元気に発言する姿を見て鷹島は静かに笑いながら、


「俺はビールだけどな」

とからかう。
鷹島は結構酒が好きである。
どちらかといえば、ビールよりは焼酎派という若干親父臭い趣味。
だが今はキンキンに冷えたビールを飲みたい気分である。


「そういや最近飲んでねぇな…」

「…もしかして、忙しかったとか?」


小さな呟きに、葵はピクリと反応する。
今更だがやっと思い出したのだ。謝って、お礼を言いたいことを。
そして、PTAなどに怒られていないかと聞きたい。

鷹島は首を傾げて、


「あー…忙しかったといえば忙しかったが…」

自分の行動を振り返る。
だが大抵は、自宅に帰ると寝てしまうか、最近テレビが面白いので見てしまうかいずれかである。
ビールをわざわざ買うのも面倒くさいし、飲み屋に行くには外が暑くて出たくない。

ただのめんどくさい状態だっただけ。

そろそろ友人でも誘って飲むか、と考えていると。



「せ、先生…!俺、その すんませんでした…!」



「…は?」


いきなり切羽詰った声で葵が頭を下げてきた。
鷹島は謝られる理由が全く思い浮かばず、とことん不思議に思った。
しかし、葵は止まることなく、


「だ、だって校長先生に怒られたり、PTA会議とか開かれたりッ…心配、させちゃったし、絶対兄ちゃん怒ったし、その、…」


ひたすら頭を下げた。
思えば思うほど、鷹島に申し訳ないのだ。
迷惑なやつだと、面倒な奴だと思われたくない。

しかし、鷹島は思い切り深い溜息を吐いて、



「落ち着け!…報告書とか、謝罪はしたが…そこまで大事じゃねぇっつの!
熱失神でPTA沙汰だったら、貧血持ちのヤツとか毎回議題だ」


「で、でもっ…」


顔を上げてもオロオロする葵。
この様子だと、親にあまり迷惑をかけたことが無いのだろうか。にしても服装も素行も悪いが。


(あ、家にいねぇのか…)


葵のクラス担任に聞いた話では、両親は海外出張と単身赴任で居ないらしい。
兄はあの通り弟バカだし、多少自由にやっても怒られないからチャラいのだ、恐らく。
無駄に冷静な分析をしながら、おろおろする葵の肩を掴んで落ち着かせた。


「だから…俺がしたくてしたことなンだから、お前が落ち込むなっつの…何のためにしたンだ俺は」


「あ…」


そう言われて、葵はしゅんと落ち込む。
鷹島は葵とその周りのために色々したのに、葵が申し訳なく思っているのは心外だ。
むしろ、しなければ良かったかと思えてしまう。


(俺…バカすぎる…)


自分のボロがひどくあふれ出て、葵は胸が苦しくなった。どうしたら、いいんだろうと。
そして、しばらく黙って出てきた言葉は、


「…鷹島、先生…本当に ありがとうございました…」


ちょっと他人行儀だけれど、葵の精一杯の感謝の言葉。
それでもちゃんと鷹島には届いたので、肩を掴んでいた手はゆっくりと離される。


「いや、俺も炎天下の中走らせて悪かった。…臨時マネも断れば良かったな」


葵が倒れてしまったので、告げられなかった謝罪。
何だか齋藤には謝ってばかりだな、とちょっと切なくなる。

しかし葵は、ちょっともじもじしながら、




「いや…その…また臨時マネやりたいなーなンて」




鷹島の目が丸くなる。
へらへら笑いながら、あんな出来事があったのにマネージャーをしたいだなんて。
しかし葵は鷹島の驚いた表情を見て、


「あ!でも熱失神とかしちまったから皆嫌かな…!?」

陸上部の面々が嫌がるのではないかと焦った。
鷹島はそんなことはない、と首を振る。


「アイツらほぼ毎日お前ン家に代わる代わる行ってたンだぞ?それに、気に入ってたみたいだしな」

お前がマネージャーやるのを、と付け加える。
鷹島の言う通り、陸上部のみんなはもうとっくに葵を気に入っていたのだ。
甲斐甲斐しく自分達のために働いてくれ、応援もしてくれる人を受け入れないほど彼らは白状ではない。
むしろ、体育会系なので人情には熱い奴らだ。

それを一番良く知っているのは鷹島だ。
彼が言うのならば間違いは無い。


「…お前がやりたいっつーなら…暇な時に来たらいいだろ」


盆と日曜(時たま土曜)以外は基本部活を行っている。
秋の大会に向けて、皆暑い中必死なので3年が居ない今、マネージャーの人出は欲しいのだ。
しかし葵はバイトもしているし、元々部員ではない。
ボランティアと言うならば、問題は無いのだが。



「マジで!じゃあ、来週から行っていい!?」

「身体は大丈夫なのかよ」


頑張る!と張り切ってみせる葵。
その健気さと、明るさが笑顔に滲み出ていた。
これが友人の多い理由かな、と鷹島は小さく笑いながら、「無理はすんな」と優しく予防線は張っておく。
葵が陸上部に来てくれるのは、顧問としても助かるし、個人としても嬉しいから。


来週までにジャージと、タオル持って行こう!とメモ張を机に持ってきてメモし始める葵。
鷹島はもう予測が付いて来たが、そのメモ帳もそれまた可愛らしいうさちゃん(しかもえび天のようなものを被っているご当地特産)が描かれていた。


「…お前、それもウサギかよ…」

ちょっと呆れながらも、意地悪に笑って言えば、葵はばっと鷹島を見上げて口を尖らせた。


「これは、父さんが買ってきたンだしっ!」

俺が選んだンじゃねぇもん!とぷんすか怒り出した。
別に悪いとは言っていないが、何となく悪い気がして「そりゃ悪かった」と素直に謝る。
ふと、「父さんが」というフレーズに疑問を感じる鷹島。



「お前の父親もウサギが好きなのか?」


もしかしたら、この一家は総じて可愛いものが好きなのかもしれない。
そうすれば、遺伝だとか家庭要因とかで解決が付く。
しかし葵はきょとんと目を丸くして首を傾げた。


「ん?多分違う…かな?父さん真面目だし…なんか歴史好きだし」


しかし、この部屋に大量とまでは行かないがうさちゃん(しかもご当地)の数々が。
つまりは、父親は葵の趣味を把握していて、尚且つ葵のために出張先のうさちゃんグッズを買い占めているということだ。
とんだ、親バカである。


「…お前、愛されてンな…」


自分の息子の趣味をこれほどまで寛容に受け止めて、尚且つグッズを買ってあげるなんて相当な愛がありふれているとしか思えない。
鷹島はちょっと拓也を思い出しながら、苦々しい顔をする。
どう考えても、葵は甘やかされているというか、愛されすぎだ。



「えー…!そうっすか!?何かキモいような…父さん無表情だし…。先生の父親は?」



ピクリ、と鷹島の眉が上がる。
葵の父親が無表情、という所ではない。反応したのは。
父親と言うフレーズに何があるのか葵には分からないが、仲が悪いのだろうかと不思議がった。

そんな葵の心配そうな表情を見て、鷹島は表情をいつものポーカーフェイスに戻す。



「あー…長らく会ってねぇから分からねぇな」



覚えてない、とちょっとはぐらかしながら頭の後ろを掻く。
疎遠になってしまっているのだろうか、と葵は申し訳ないことを聞いてしまったのかなとちょっと焦った。


「まぁ、別にアイツはー…」


ふと、鷹島が何かを言おうとしたその時。


『ダビングが完了しました』と、機械の音声が部屋に響いた。
葵は「あ!」と呟いて、いそいそとDVDレコーダーの所へ行ってしまう。
鷹島は特に言いたいことでも無かったので「終わったか」と聞いて、葵の傍に近寄った。
ビデオカメラを返してもらうために。

葵は嬉しそうに「今日の夜見よう」と計画だてる。
早速かと鷹島は若干嫌がるも、嬉しそうにしているので許してしまう。


先ほどの、ちょっとだけ硬くなった空気も一瞬にして緩んだ。


「じゃあ、俺はそろそろ帰るから。
長い時間邪魔して悪かった」


その空気のまま帰ろう、と鷹島は腰を上げる。
すると、葵も玄関まで送ろうと一緒に腰を上げた。
立ち上がると一瞬にして開く身長の差に、ちょっと葵は悲しくなりながらも、鷹島より先に回ってドアを開ける。

本当はもうちょっと居て欲しかったりする心の奥底。
けれど、葵はそれに気づかず、ただちょっとだけもやもやする心を無視しながら鷹島と一緒に玄関へ向かった。



2人だけの齋藤家に2人分の足跡が静かに響く。
夏の夕方の空気は、少し篭っていてそれは鈍く聞こえた。

- 41 -


[*前] | [次#]

〕〔TOP
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -