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鷹島に連絡も取れず、金曜日になってしまった。
相変わらず葵は部屋に篭りっきり。
幸い、何とか家の中を歩けるほどには復活したが、まだ体がだるかった。

とりあえず滋養が付くようにと、玉子粥を食べたり栄養剤を飲んだり頑張る。
明日までには元気になって学校に行かなければ、と葵は決めたからだ。

土曜は恐らく陸上部も練習をしているはず。
何とか午後までには治して、鷹島に会いに行かなければ。
謝りたい、ありがとうと言いたい。
とにかく無性に会いたかったのだ。



しかし、そんな葵の努力も空しく土曜も外に出れるほどの元気は出なかった。
こんなことなら、早く携帯番号を交換しておけば良かった、と葵は落ち込む。
けれどそんな簡単に別のクラスの先生と連絡先など交換できない。

葵は何だかイライラして、思わずベッドの中に潜り込んでしまった。
クーラーの効いた部屋で、薄い毛布に包まる心地よさ。
散々寝たのにまた眠気がして、葵はうとうととまどろみ始めた。もう午後なので昼寝らしい。子どものようだと思いつつも葵は目を閉じた。


が、その時。


「葵ー、お客さん来たぞー」

いきなりドアが開いて、出かける準備をしている拓也が入ってきた。
葵は驚いて毛布から出れば、そこにはなんと。


「…さ、坂本さん…」

「おじゃまします、齋藤くん」


清楚な私服に身を包んだ冬香が居た。
いきなりクラスメイトが来て(しかも女子)葵は慌ててぼさぼさの髪を手ぐしで何とかする。
顔はちゃんと洗ったけれど、スウェット姿なのでちょっと恥ずかしい。しかも、葵は女子を自室に入れたのは初めてなのである。


「お見舞いだってサ。じゃ、葵 俺は仕事行って来るから」


夕飯は冷蔵庫にあるからチンして食べろ、と遅くなることを伝えて行ってしまった。
ちょっと沈黙が流れるが、葵はベッドから起き上がりどうぞとソファーに座ることを促した。
冬香はちょっと戸惑いながらも、葵に勧められた通りちょこんと座る。

そして、可愛らしい紙袋を取り出し、


「お見舞い、1回来たンだけど齋藤くん寝てたから…ちゃんと謝りたかったンだ」


これ元気になったら食べてね、と恐らく女子に大人気のクッキーを葵に差し出した。
葵は慌てて、


「え!そんな、坂本さんのせいじゃないし…それになんか悪いよ…」

と遠慮するが、冬香はぐいぐいとお見舞いの品を葵に無理やり渡しながら、


「ううん!私が無理やり手伝わせちゃったから…!本当にごめんね、齋藤くん…」


しゅん、と落ち込む。
いくら強引な性格であろうとも、根は優しい冬香。
しかもなかなかの美少女なので、葵は思わずドキリとしてしまう。
女子に優しい葵なので、紙袋を受け取りながら


「あ、ありがと…!でも、坂本さん気にしないで!俺元々体力無くてさ!それ言わなかったのも悪いし!」

お互い様!と冬香を元気付けた。
その笑顔と言葉で、冬香の暗かった表情がぱっと華やかになる。
ありがとう、齋藤君!といつもの元気な冬香に戻って葵はホッとした。


「齋藤君、まだ調子悪いみたいだし、私そろそろおいとまするね!」

「あ、うん!ありがと!…って、あ!ちょっと待って!」


帰ろうとする冬香を慌てて葵は引き止める。
冬香は不思議に思いながら、止まると葵はおろおろしながら、


「今日、陸上部の練習は…?」

と、気になっていたことを聞いた。
そういえば冬香はマネージャーである。それなのに、なぜ今ここに私服でいるのか。
もしかしてわざわざ休んだとしたら申し訳ない。

すると冬香はあっけらかんとして、


「え?夏休みだから土日は休みだよ?」

当たり前だろ、と言わんばかりの答えを出した。
葵の目が丸くなる。


「…そうなの!?え、鷹島先生は!?」

「鷹島先生は…しばらくちょっと別の顧問の人が来てたから分かんないけど、学校には来てたみたいだよ」


やっぱり、報告書や怒られたりしているのだろうか。
葵がしゅんとなるのを見て、冬香は何となくかわいそうに思えた。
体育館の裏で、仲良く2人のんびりしているのを見たときから、何となく察している冬香。

冬香は軽くコツンと葵の額を叩く。



「そんなに落ち込まないの!齋藤君が倒れたって聞いたときの鷹島先生凄かったンだから!
そりゃもう、世界記録でるンじゃないかってくらいの猛スピードで行ったからね」


ニコニコ笑ってみせる冬香。
不思議と元気が沸いてきた葵。何だか嬉しくて、思わずはにかんでしまった。

鷹島に心配されてる、ということが何だか嬉しくて。


冬香は「じゃあ、よく寝るんだよ」と言って部屋を出る。そしてドアを閉める直前に、



「大事にされてるンだよ!」


と、からかった。
ニカァと元気に笑う冬香の言葉に、葵は一瞬訳が分からなくなる。
鷹島に大事にされてる、なんて葵は考えたことも無かったから。
確かに、優しくしてはくれるけれど。
それはあの出来事があって、その負い目からくるものだと思っているから。


(…大事…?)


胸がくすぐったくなる。あったかくなる。
葵は不思議に思いながらも、慌てて窓を開けに行った。もう冬香は外へ出ている。
葵は冬香に向かって叫んだ。


「坂本さーん!お見舞いありがとー!」


冬香は声の方向に振り向き、両手を振った。


「どーいたしましてー!あ!ごめーん鍵閉めてねー!」


冬香の元気な声に、葵も元気良く「うん!」と返す。
夏のきらきらした日差しに負けないくらい、冬香が元気に駆けてゆくのを眺めながら、葵は思わず笑みを零す。
何だか、友達になれそうだ。
恋愛とかそういう感情じゃなくて、純粋に友達になりたい。


ふわり、と夏の生暖かい風が頬をすり抜けた。



ぼんやりと葵は空を眺める。
本当だったら、今日か明日は鷹島と水族館に行っていたのだ。
きっと、鷹島は初めて白イルカを見るのだろう。
「なんだこれ?」と不思議がる鷹島を想像して、葵は思わずふへへと笑ってしまう。

もし、許されるならばまた約束して今度こそ一緒に行きたい。水族館に、鷹島と。


(…はぁ…俺、鷹島ちゃんのことばっか考えすぎ?)


一瞬、そんなことを考える自分を冷静に見つめる。
男同士で水族館に行くこと自体、なかなか無いのに。しかも同級生とかではなく、教師と生徒。
ふと思い返す教師と生徒という近くて遠い距離。

葵は何だか空しくなって、窓を閉める。

冬香から貰ったクッキーを、机の上にちゃんと置き、またベッドに潜り込んだ。
眠気はさっぱり無くなったので、何となく竜一から借りた漫画を読みふける。
竜一は葵が一旦風邪をひくと長引くことを知っているので、一度お見舞いに来たとき置いていったのだ。


さすが親友、と思いながら葵は現実を忘れるように読み進めていった。




気づけば、漫画を読んでいる手が止まるほど部屋は薄暗くなっていた。
夏なので、まださほど暗くは無いが文字は読みにくい。葵はそろそろ電気を点けるか、とだるい体を起こす。
電気はドアの近くにあるのでめんどうくさいが、仕方ない。
スイッチを押そうと思ったそのとき、良いタイミングで玄関のチャイムが鳴り響いた。


(誰だろ…竜一かな?)


兄が帰ってくるのにはまだ早いし、もしお見舞いが来るならばちょっと遅い時間だ。
葵は不思議に思いながらも、玄関へと向かう。

訪問販売だったら面倒くさいなーと、心の中で嫌悪しながらドアを開ける。
インターホンは付いているのだが、めんどくさいらしい。



「はい?」

「うわっ」


ガチャリといきなりドアを開ければ、インターホンからの返事を待っていた人物は驚く。
無用心だなと思っているのだろう。
しかしここはそれほど都会ではないし、至って平和だから大丈夫なのだ。

葵は見たことの無い格好に不思議がりながら、背の高い人物を見上げた。
そこには、



「…もう歩いてて大丈夫なのか?」


心配そうに見下ろす、私服の鷹島が立っていた。


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